特定投資家私募制度(日本版レギュレーションD)等の制度整備について
日本証券業協会 エクイティ市場部
部長 丹 生 健 吾
主任 片 寄 直 紀
1 はじめに
日本証券業協会(以下「本協会」という)は、2021年6月15日、「非上場株式の発行・流通市場の活性化に関する検討懇談会」の報告書(以下「報告書」という)を公表した。報告書では、発行者・投資家・証券会社のニーズや期待を踏まえ、レギュレーションDをはじめとする米国のプロ投資家向けの発行制度等を参考としつつ、リスク許容度の高い特定投資家向けの私募制度(日本版レギュレーションD)等を整備することにより、企業の開示負担等と投資者保護のバランスのとれた非上場株式の取引制度を整備すること等を提言している。報告書では、このほか株主コミュニティ制度や株式投資型クラウドファンディング制度などの改善についても触れているが、本稿では、特定投資家向け私募制度を中心として紹介させていただくこととする。
なお、本稿の意見にわたる部分は筆者らの個人的見解であり、本協会としての見解を示すものではないことを申し添える。
2 検討の経緯
我が国においては、戦後、非上場株式の店頭取引が活発に行われていたものの、上場株式と比較すると流動性が低く開示される情報も少ないため、投資者保護の観点から1980年代以降は本協会の協会員である証券会社による投資勧誘が原則として禁止とされてきた(図表1)。現在、株主コミュニティ制度や株式投資型クラウドファンディング制度、適格機関投資家私募等においては例外的に非上場株式についての投資勧誘が認められているものの、総じて我が国の証券会社等が非上場株式の発行・流通に関与する場面は極めて限定されている。
(図表1)戦後における店頭市場の沿革
(出所)「非上場株式の発行・流通市場の活性化に関する検討懇談会」第2回会合資料
一方、新規・成長企業等の非上場企業へのリスクマネーの供給促進については政府の成長戦略等で謳われており、2020年7月の政府の規制改革実施計画等では、非上場企業に対する成長資金の供給を促進するために制度を見直す旨の提言がなされている。また、同年10月に設置された金融審議会「市場制度ワーキング・グループ」(以下「市場制度WG」という。)においても、成長資金の円滑な供給に向けた非上場株式等の発行・流通市場の見直し等について検討が行われた。2021年6月18日に公表された市場制度WGの第2次報告では、成長資金供給に係る制度のあり方として、特定投資家制度、非上場株式のセカンダリー取引の環境整備、株式投資型クラウドファンディング等について記載されている。
本協会の懇談会では、こうした非上場企業への成長資金の供給促進という社会的要請に証券業界として貢献するため、金融庁等と連携しつつ、市場関係者(発行者、投資家、市場仲介者)のニーズを踏まえながら、非上場株式取引制度の改善策について検討を行った。
3 欧米の動向
海外の動向を確認すると、米国では、米国証券取引委員会(SEC)への登録届出が必要となる募集(Registered Offering)よりも、登録免除募集制度(Exempt Offering)による有価証券の発行額の方が大きくなっている(図表2)。米国では、これまで半世紀に亘り登録免除募集制度の整備と修正が継続的に行われており、この10年では2012年のJOBs法(the Jumpstart Our Business startups act)による規制緩和や2020年の登録免除募集制度の更なる見直しなど、より一層規制緩和が進んでいる。
(図表2)米国におけるRegistered Offering及びExempt Offeringの発行額の推移
(出所)SEC, “Concept Release on Harmonization of Securities Offering Exemptions.”
複数存在する登録免除募集制度の中でも、自衛力認定投資家(Accredited Investor)と呼ばれるプロ投資家向けの募集制度であるレギュレーションDの利用が活発であり、2019年には1兆5,580億ドルもの有価証券の発行に利用されている。レギュレーションDによって資金調達を行うメリットとして、発行のために求められる開示資料が簡素で、自衛力認定投資家に対してのみ募集が行われる場合には会計士等による外部監査の受検が必須とされていない点が挙げられる。また、レギュレーションDは、非上場株式だけでなく社債やファンドなどの発行にも活用することが可能であり、特に金額ベースで見るとファンドによって積極的に活用されていることが分かる(図表3)。レギュレーションDで発行された有価証券は、一定の要件の下で流通が認められており、こうした有価証券を取引するためのインターネット上の取引プラットフォームも存在する(図表4)。この取引プラットフォームでは、レギュレーションDで発行された証券のほか、シード・アーリーステージの企業に投資した投資家や非上場企業の役員・従業員が保有する株式も取引されている。
(図表3)レギュレーションDの利用におけるファンド事業者・非ファンド事業者の割合(2009年-2019年)
(出所)SEC, “Report to Congress on Regulation A / Regulation D Performance.”
(図表4)米国における取引プラットフォーム
シェアーズポスト |
ナスダック・プライベート・マーケット (NPM) |
フォッジ (Forge) |
エクイティ・ゼン (Equity Zen) |
ザンバト (Zanbato) |
|
業態 | ATS及びBD | ATS及びBD |
サイト運営者 ※仲介を行う提携先がBD |
BD | ATS及びBD |
設立年 | 2009年 | 2013年 | 2014年 | 2013年 | 2010年 |
買い手 | 自衛力認定投資家 | NPMによる発行体への情報提供をもとに発行体が指定 | 自衛力認定投資家 | 自衛力認定投資家 | ヘッジファンド・富裕層等 |
取引実績 (設立時からの累積) |
50億ドル以上 | 310億ドル以上 |
26億ドル以上 (2020年3月時点) |
不明 | 400億ドル以上 |
※ATS:Alternative Trading System(代替的取引システム)
BD :Broker-Dealer(証券会社)
欧州については、米国のような包括的な非上場株式の発行・流通制度は確認できなかったものの、英国では株式投資型クラウドファンディングによって発行された非上場株式についての流通取引の場が存在している。また、上場投資法人を通じた非上場株式への投資に対してはVenture Capital Trust(VCT)と呼ばれる税制優遇策が、個別の非上場株式への投資に対してはEnterprise Investment Scheme(EIS)やSeed Enterprise Investment Scheme(SEIS)と呼ばれる税制優遇策が導入されており、一定期間非上場株式を保有した場合には大きな所得税還付が受けられることになる(図表5)。これらの税制優遇措置は、スタートアップ企業に投資をするというリスクに対する対価であると考えることができ、英国では政府主導で非上場企業への投資が促進されている。
(図表5)英国における税制優遇措置
VCT | EIS | SEIS | |
年間投資限度額 | 20万ポンド | 100万ポンド | 10万ポンド |
所得税還付率 | 30% | 30% | 50% |
所得税還付のための最低保有期間 | 5年 | 3年 | 3年 |
キャピタルゲイン非課税 | 有 | 有(3年以上保有) | 有(3年以上保有) |
配当非課税 | 有 | 無 | 無 |
損益通算 | 不可 | 可(所得もしくは他の投資利益) | 可(所得もしくは他の投資利益) |
相続税控除 | 無 | 有(100%) | 有(100%) |
(出所)金融審議会「市場制度ワーキング・グループ」(第7回)株式会社野村資本市場研究所提出資料
上記のような欧米の動向に鑑み、我が国において非上場株式の発行・流通市場を活性化するためには、非上場企業・投資家のニーズに即した発行制度・取引プラットフォームや税制優遇策を整備することが重要であるという認識が懇談会では共有された。
4 懇談会において挙げられた意見
我が国において非上場株式による資金調達の活性化について検討するにあたり、証券会社の関与のニーズがある発行者・投資家の類型や、証券会社に期待される施策について議論を行ったところ、次のような意見が挙げられた。
⑴ 発行者のニーズ
資金調達に際して、証券会社の関与を期待する非上場企業には、スモールIPOを目指さず、非上場時の多額の資金調達により大きく成長した後に上場を目指したい企業、ビジネスモデルの特徴として、いわゆる「死の谷」が深く長いため、短期間での上場が難しい企業、地元発の新規企業で地元企業や地元富裕層から広く資金調達を望む企業などが挙げられる。これらの非上場企業が資金調達に際して証券会社等に期待することとしては、幅広い投資家とのネットワークを生かした海外投資家・機関投資家の紹介や、投資家が反社会的勢力に該当しないことの確認等のサポート等がある。また、非上場企業は買い手となる投資家との条件交渉や、そのための資料作成などのリソースが限定されていることから、証券会社等に投資家との条件交渉や資料作成のサポートを望むほか、株主管理やガバナンス支援、内部管理体制の整備への関与にも期待がある。
一方で、証券会社等による審査や財務情報及び事業計画の提供・公表は、成長スピードを優先したい発行者にとって負担となりうるほか、競合企業等への情報流出になる惧れもあるため、投資者保護とのバランスを考えながらも、発行者による負担が過度にならないように配慮すべきである。アーリーからミドルステージにおいては、相対的に高いリスクを許容でき、テクノロジー分野に明るいベンチャーキャピタルやエンジェル投資家による支援が引き続き重要と考えるとの指摘もあった。
また、非上場株式のセカンダリー取引について、創業期メンバーや事業会社等による資金化ニーズが存在するとともに、流通市場が整備されることでエグジットの自由度も増すため、セカンダリー取引の場の提供は必要である。一方、セカンダリー取引についても、非上場企業に係る情報の提供・公表の負担は合理的な範囲となることが望ましく、仲介者である証券会社等がデューデリジェンスや株主とのコミュニケーション等を取りまとめて実施することが望ましいとの意見があった。
⑵ 投資家のニーズ
非上場企業への投資に際して、証券会社等の関与を期待する投資家には、ビジネス経験等が豊富で余裕資金のある企業経営者や社会的意義のある投資に関心を持つ富裕層や地元富裕層などの個人投資家のほか、長期投資を行う国内外の大規模投資家、事業のシナジー効果を期待する企業等が挙げられる。また、これらの投資家に限らず非上場企業の株式を保有している者は、IPOやM&A以外でのエグジット手法として、買い手とのマッチングや、売却価格の算定などの関与を証券会社に期待しているものと考えられる。
非上場企業への投資を証券会社のサポートを受けて行うことの利点は、投資先となる企業の紹介のほか、IPOに関してノウハウを有している証券会社等の関与により、発行者の資本政策や内部管理体制について投資家が信頼感を持って投資できるようになるという点がある。証券会社等の関与によって多様な投資家が非上場企業に投資を行うようになれば、非上場株式の流動性の向上が見込まれることでエグジット手段が多様化する等、非上場企業への投資のすそ野が広がりうる。
他方で、シード・アーリーステージの企業の資金調達においては、株主間契約等、「暗黙知」をベースに効率化されている部分があるところ、スタートアップ企業への投資の際の慣行をよく理解していない富裕層等からの投資はスタートアップコミュニティの運営に支障をきたすのではないかとの指摘があった。
⑶ 仲介者に期待される施策
証券会社が非上場企業の資金調達や、投資家の非上場企業への投資をサポートすることについては、投資家の投資の機会創出につながるというメリットに加え、成長資金の供給を増やすことによりユニコーン企業の育成という社会課題への貢献にもつながりうる。投資の機会創出という観点では、非上場株式への直接投資だけでなく、私募の投資信託等の商品を活用しやすくすることも重要である。また、非上場株式に投資をしたい投資家層(富裕層)は増えていることを踏まえると、いわゆるプロ投資家が多数参加して活発な取引が行われる仕組みや流通市場の育成が重要である。
こうした現状認識の下、懇談会では、特定投資家向け発行・流通市場の整備を整備し、証券会社等が特定投資家による非上場株式や私募投資信託への投資に関与できるようにすることが適当であるという結論に至った。特定投資家私募制度を活用すれば、証券会社等が非上場企業と特定投資家のマッチングやデューデリジェンス、投資の条件交渉におけるサポートなどを行いやすくなることが期待できる。
5 制度改善案
上記のような発行者・投資家・証券会社のニーズや期待を踏まえ、米国のプロ投資家向けの発行制度等を参考としつつ、リスク許容度の高い特定投資家向けの私募制度(日本版レギュレーションD)等の整備を提言している。
具体的には、現在TOKYO PRO Marketでの活用のみが想定されている特定投資家私募制度につき、非上場株式や私募の投資信託で活用できるように制度の整備を行うことを提言している(図表6)。特定投資家私募制度について、投資者保護の観点から、本協会が内部管理体制等を確認したうえで指定した証券会社等のみが取り扱えるようにすることが適当とされた。また、投資家への提供資料である特定証券情報については、特定投資家が適切に投資判断を行えるものであるか及び発行者に係る情報の提供・公表の負担に考慮したものであるかを十分に考慮して検討を進めることも適当であるとされた。報告書の提言を踏まえ、詳細な制度設計については、現在、本協会のワーキング・グループ等において検討中であり、早ければ、年内には規則改正案のパブリックコメントの募集を実施する予定である。
(図表6)特定投資家私募制度の整備(概要)
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6 おわりに
先述のとおり、非上場株式の投資勧誘については長年本協会の自主規制によって原則禁止とされてきたため、証券会社等が非上場企業に提供できるサービスは限定されているとともに、投資家に非上場企業の株式を勧誘すること自体があまり行われていない。しかし、非上場企業への成長資金への供給は社会的に極めて重要な課題となっているところ、懇談会や市場制度WGで議論された内容について制度整備を進め、証券会社等が非上場企業の資金調達に関与できる範囲を拡大すれば、長年企業の資金調達に携わってきた証券会社等が果たすことのできる役割は大きいものと考える。また、海外等では長い年月をかけて非上場株式の取引制度の整備や非上場企業への成長資金の供給に関するエコシステムの形成が行われてきていることを踏まえると、我が国においても今後も継続的に議論を重ね、制度の見直しを行っていくことが重要であろう。また、非上場株式や私募投資信託といった商品をリスク許容度の高い投資家に向けて勧誘できるようになれば、非上場企業への成長資金の供給を増やすことができるだけでなく、投資家の投資機会の創出にもつながる。
本協会では、投資者保護の観点を十分に考慮しつつ、懇談会で制度改正が適当とされた事項について自主規制の整備に向けた検討を進めている。それに加え、非上場企業への成長資金の供給を拡大し、ユニコーン企業の育成のための環境整備や日本経済全体への好循環を与えることができるよう、継続的に議論を行ってまいりたい。
懇談会の設置に先立ち、2020年春ごろから、関係省庁等にも協力いただき、いわゆるシリアルアントレプレナー、エンジェル投資家、ベンチャー企業経営者の方などと個別にオンラインで意見交換をさせていただく機会があった。米国と比べて周回遅れとなっている日本のプライベートエクイティマーケットの環境整備の必要性を説く声が多数寄せられた。また、多額の資金調達やエグジットの際の証券会社の関与や規制の見直しに期待する声も多数寄せられた。このような大変貴重な生の声を今後の検討に活かしていきたいと考えている。コロナ禍にも関わらず、懇談会座長、メンバー、オブザーバー、ゲストスピーカーの方々を含め、多くの関係者の方に懇談会の内外で様々な視点での御意見そして御助言をいただき感謝申し上げたい。
以 上
(にう・けんご)
1995年4月日本証券業協会入職、企画部、公社債部、会員企画部、自主規制企画部、証券税制部等を経て、2019年7月エクイティ市場部統括部長(現職)。
(かたよせ・なおき)
2016年4月日本証券業協会入職、自主規制企画部、株式会社野村資本市場研究所出向を経て、2020年7月よりエクイティ市場部主任(現職)。
主に海外の非上場株式取引制度の調査や店頭有価証券規則など非上場株式関連の規則改正を担当。