実学・企業法務(第15回)
第1章 企業の一生
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
(2) 金(カネ)
1) 資金調達
③ 借入れ
借入れは、銀行等から、当座貸越・手形貸付・証書貸付(借手が借用証書を差入れて借金する)等の方法で行う。
当座貸越は、銀行が、当座預金の取引先との間で締結した当座貸越契約[1]に基づいて、その取引先が振り出した手形・小切手の支払いに当座預金残高を超えて契約限度額の範囲内で応じる。
手形貸付は、企業が銀行を受取人とする約束手形を振り出し、銀行がこれを割り引いて企業に資金を提供する方法で、銀行としては金利を確定し、企業が支払不能に陥っても手続きが簡便な手形訴訟で取り立てることができる利点がある。手形が1度でも不渡りになると手形交換所の参加銀行に不渡報告され、以後の銀行折衝[2]だけでなく、事業の仕入先等との取引継続も厳しくなる[3]ので、企業は不渡りの回避に向けて最善を尽くす。
通常の証書貸付(借手が借用証書を差入れて貸付)では、(a)人的担保(保証・連帯保証)又は(b)物的担保が設定される。(b)物的担保には、典型担保物件(当事者間の契約で成立する[4]質権・抵当権・根抵当権と、法律により当然に発生する[5]留置権・先取特権がある)と、非典型担保物件(仮登記担保・譲渡担保・所有権留保)があり、この中から適切な方法が選ばれる。
これらの担保以外に、実質的に担保的機能を果たす方法として、相殺・代理受領・振込指定が用いられる。特に、相殺は、回収を確実にする方法として重要な役割を果たしている。
信用力や担保力に乏しい中小企業の場合は、信用保証協会[6]に信用保証料を支払って債務保証して貰い、銀行から融資を受けることができる。
企業の決算では、借入金は、1年内返済の短期借入と1年超の長期借入に区分して計上される[7]。
〔銀行等の貸し手のスタンス〕
(ⅰ) 与信審査、与信管理
銀行は、(a)自己責任の原則に基づき、貸付の収益性・安全性・社会性を考慮しつつ自社の規模・特性を反映して方針・内部規程等を作成するとともに、(b)取引先ごとに与信審査を行って与信限度額・担保・貸付期間等の貸付条件等を設定し、基本的に、(a)及び(b)の枠内で貸付を行う。
〔信用リスク・貸倒引当〕
取引先の信用リスク評価は、融資先の経営者・役員/従業者・企業活力・社歴・出資者・決算状況(規模、利益、資金繰り・資金使途等)・担保力(物、人)・市場競争力・取引先・業界動向等の定量的及び定性的な分析に基づいて、与信部門・与信業務の担当者から機能的に独立した信用リスク管理部署で行う[8]。
発生可能性が高い将来損失額を合理的に見積もった金額を貸倒引当金として、銀行の決算に計上する。銀行の融資先は、信用リスクの高低によって次のランクに分けられ、それぞれの融資額はランクに応じて厳しく評価される。
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債務者区分[9]
1) 正常先:「正常債権」と評価
2) 要注意先:「要管理債権」と評価
3ヵ月以上返済が延滞した債権、貸出条件を緩和した債権
3) 破綻懸念先:「危険債権」と評価
契約に従った債権の元本の回収、利息の受取ができない可能性が高い
4) 実質破綻先及び破綻先:「破産更生債権及びこれらに準ずる債権」と評価
借り手にとっては、自社が銀行の中でどのように評価され、どの債務者区分に格付けされているのかが融資額・金利・担保等の条件に直結する関心事になる。繰越欠損・元利払いの延滞・金利減免等の管理項目に該当すると、銀行では「2) 要注意先」以下のランクに評価して貸付金の回収に向かい、追加融資には消極的になる。もし、借り手が「銀行で自社が高リスク取引先に格付けされている」という情報を得た場合は、早急に抜本的な経営改善に取り組む必要がある。
(ⅱ) 担保の設定
銀行が融資を行うときは、基本的に融資額に見合う担保を取得する。不動産(土地、建物)を担保にする例が多いが、現預金や動産も対象になる。
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例1) 現預金の担保
銀行が融資する際に、借り手に一定額を(自行に)定期預金することを求め、それに質権設定する方法を提案する。この方法は取引先の資金繰りを圧迫するが、取引先が有事の際には、預金の範囲内の貸付金を確実に回収できる。 -
例2) 棚卸資産・機械設備等の動産の担保
法人が所有する在庫・機械設備等の動産を担保にして融資する。稼働中の事業場の動産を担保にする場合の第三者対抗要件の具備は、従来は占有改定(民法183条)によるしかなく実務の運用が困難だったが、動産譲渡登記[10]の制度が導入されて容易になった。動産譲渡登記を行う[11]には、借り手の店舗・倉庫・工場等を現場確認し、第三者が譲渡担保対象物を明認できるように管理場所を区分して名札を貼付等する必要がある。登記後も定期的に実査や帳簿確認等を行って登記時の管理水準が維持されていることを確認するとともに、対象物の実態(品番ごとの在庫数等)を掌握し、かつ、在庫の経済的価値を処分可能価額で評価する等して、担保割れが生じないようにする。
(ⅲ) シンジケート・ローン
複数の金融機関が協調して同一条件で融資を行うシンジケート・ローンでは、その中の特定の金融機関が主幹事(アレンジャー)として、契約条件検討・融資者の募集・契約締結実務等の取りまとめ役を果たす。主幹事は契約締結後もシンジケートの統括事務局の形で融資案件の進捗状況や融資先の経営状況を把握する等して回収実務を行う代理人(エージェント)の役割を果たすことが多い。これによって他の金融機関は、重複管理のロスを排除し、融資管理レベルの高位平準化を図ることができる。
(ⅳ) コベナンツ
銀行は融資に際して、情報開示義務、財務制限[12]、資産処分・投資の上限の制限等に関する融資条件(コベナンツCOVENANTS=約束事)を定め、予め設定した条件に抵触する場合に貸付金を引きあげる旨を規定することがある。
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(注) 融資を受けた会社では、借入金の期限の利益を喪失させるコベナンツ条件により企業の事業継続の前提に重大な懸念が生じる可能性があるときは、決算情報で開示することが義務付けられている[13]。
経済激動期の企業・銀行の動きと、法改正
日本でバブル経済が崩壊した1990年以降、資金繰りが行き詰まって倒産する企業が激増する一方で、融資した銀行側も巨額の不良債権を抱えて窮地に追い込まれ、日本経済全体の活力が失われた。企業が手がけている複数の事業の中の一部に競争力があっても、企業全体が廃業に追い込まれる例が多く、債権・債務の処理にも手間がかかった。また、倒産とは無縁と思われていた銀行の破綻も、現実のものになった。
この時期、既存の倒産法の問題点が誰の目にも明らかになり、逐次、法整備が行われたが、それが一段落したのは経済が窮地を脱した後のことである。
企業法務は、事業を守る観点から、既存の法律を十分に使いこなすとともに、既存の法制度の使い勝手が悪い箇所を見つけて改善案を考え、当局に迅速な是正を促したい。
以下に、バブル経済崩壊時の状況を記すので、企業法務が法制度の整備に向けて、どのように貢献すればよかったかを考えて欲しい。
(1) バブル経済崩壊と銀行の苦闘
日本では、バブル経済が崩壊した1990年代前半から資産デフレが急速に進み、土地・株式等の資産価値・担保価値が大幅に下落して、経営が破綻する企業が続出した。
大蔵省(現、金融庁・財務省)が主導する護送船団方式の金融政策のもとで安定経営を行っていると見られていた銀行業界もその例外ではなかった。
銀行が事業資金(事業者)や住宅資金(個人)を融資するときは、一般に、借り手の土地・家屋に抵当権を設定する。地価等が上昇するとその分だけ担保に余裕が生じて追加融資が可能になるが、バブル崩壊期のように下落すると、その分だけ担保価値が減少し、下落相当分が無担保状態に陥って不良債権化する。
そして、1995年に東京証券取引所に上場していた兵庫銀行が戦後初めて銀行として破綻し、これ以後、破綻する銀行が相次いだ[14]。このときから、銀行にとって、BIS規制[15]や早期是正措置の厳格化[16]が自行の存続に係わる重大問題となり、自らの財務体質の改善が経営の最優先事項とされた。
(2) 倒産の連鎖的増加
こうして、融資業務で、貸し渋り(=融資規制)と貸し剥がし(=貸付金を強硬に回収)が行われ、それまで資金繰りが悪化していた多くの企業が倒産の危機に直面する事態に至って社会問題になった。金融庁は、2002年10月に「貸し渋り・貸し剥がしホットライン」を開設し、中小企業等への金融の円滑化を図る等している。
銀行が破綻すると、その後長期にわたってその銀行の融資先等において連鎖倒産が発生する。1997年から2003年にかけて、毎年、負債総額10兆円を超える倒産が発生し[17]、2002年には上場29社が倒産して戦後最悪を記録した。
(3) 企業の早期再建に向けた中小金融機関の取組
地方銀行・第二地方銀行[18]・信用金庫・信用組合等の中小・地域金融機関の融資は地域の中小企業の事業と密接に関係しているため、大手都市銀行[19]が行う債権売却・企業再生等の手法をとり難いことが多い。
そこで金融庁は、不良債権問題の解決と、中小企業金融の再生に向けて(1)早期再生への積極的取り組みと、(2)新しい取り組みを勧めた。この中に、地銀等が採ることのできる次のような施策が網羅されている。
- 〔金融庁からの施策紹介[20]〕
- ⑴ 早期再生に向けた積極的取り組みとして、地域の中小企業を対象とした企業再生ファンドの組成、デット・エクイティ・スワップ、DIPファイナンス等活用、RCC[21]の「中小企業再生型信託スキーム」等活用、中小企業再生支援協議会の機能活用等
- ⑵ 新しい取り組みとして、キャッシュ・フローを重視する新たな中小企業金融の促進、基本的考え方を作成・公表(デット・エクイティ・スワップ、財務制限条項等)、証券化の積極化、信用リスク・データ・ベースの整備・充実とその活用等
(4) 経済回復の兆し
日本で年間2万件弱あった倒産件数が減少に転じたのは2003年(16,255件、前年比15%減[22])のことである。
2004年の総理大臣施政方針演説[23]では、「『民間にできることは民間に』『地方にできることは地方に』との方針で改革を進め」たところ、「日本経済は、企業収益が改善し、設備投資が増加するなど、着実に回復して(略)経済成長はこの1年半連続で実質プラスになり、名目でも過去半年プラス」になったとして、2004年を「日本再生の歩みを確実にする年であります」と述べている。こうして、国と地方、官と民で、さまざまな取り組み[24]が進められた。
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〔東京都が行った中小企業融資策〕
2005年に東京都は、銀行から融資を受けるのが困難な中小企業を支援するために新銀行東京を設立[25]して無担保貸出による事業を開始したが、同行は多額の貸倒れが発生して経営危機に陥り、2008年に再建手続き[26]がとられた。
(5) 倒産法制の整備
日本全国で企業の経営破綻が相次ぐ中で、日本の倒産法制が再建型と清算型の両方で使い難く、処理スピードも遅いことが明らかになって、さまざまな倒産関連法が制定・改廃され、その運用も改善された。
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〔法整備の経緯〕
民事再生法制定(2000年4月施行)、民事再生法一部改正(2001年4月施行)、和議法廃止(民事再生法制定に伴い1999年12月に廃止、2000年4月施行)、外国倒産処理手続の承認援助に関する法律制定(2001年4月施行)、会社更生法改正(2003年4月施行)、破産法改正(2005年1月施行)、会社法制定に伴い特別清算規定を整備(2006年5月施行)
ただし、各種の倒産法制が整備されて選択肢が増え、全体的に使い勝手が良くなったのは、山積した問題の処理が進んで社会が落ち着きを取り戻す2000年以降のことである。立法関係者には、国民が本当に必要とする時期に適切な法制度を利用できるよう、適時の法整備に向けた一層の尽力が望まれる。
なお、日本市場では、優勝劣敗の競争原理に基づいて敗者に退場を促すのが原則だが、社会の安定確保の観点から、脱落した会社関係者のためのセーフティネットの構築・充実が求められる。
[1] 通常、担保を設定し、その範囲内で、貸越極度額、貸越利率等を定める。
[2] 金融機関が取引停止するのは不渡手形の交換日から6ヵ月以内に発生した2回目の不渡り(2015年の取引停止処分数は1,367件〈全国銀行協会 平成27年版決済統計年報〉)からだが、1回目で信用不安が全金融機関に知れるので、その後の資金調達は難しくなる。また、取引先等の債権者の回収(取り立てや新債権発生の抑制)姿勢も厳しくなる。
[3] 仕入先・販売先との継続的な取引基本契約書に「期限の利益の喪失」条項を設け、「振り出した手形もしくは小切手が不渡りとなった」ときに債務者が「期限の利益を喪失し、直ちに、残債務全額を相手方に支払う」旨を規定するとともに、この事態が生じた場合は、「何等の催告を要することなく、直ちにこの契約を解除することができる」旨を定める例が多い。
[4] 借手と貸手の間の契約で成立する担保物件を総称して「約定担保物件」という。
[5] 法律によって当然に発生する担保物件を総称して「法定担保物件」という。
[6] 信用保証協会法に基づいて各都道府県及び横浜市等に設置(全国に51協会)され、返済に窮した債務を代位弁済する。また、農業信用基金協会(農業信用保証保険法基づいて全国に47協会設置)・漁業信用基金協会(中小漁業融資保証法に基づいて全国に42協会設置)等が所定の産業分野において保証制度を運営している。
[7] 「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則」47条6号、49条1項3号、51条、52条1項2号
[8] 「金融検査マニュアル」(金融庁)
[9] 「金融機能の再生のための緊急措置に関する法律施行規則」4条、「金融検査マニュアル」(別表1、別表2)
[10] 1998年に「債権譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律」が施行され、法務局で債権譲渡登記を行って第三者対抗要件を具備できることになった。2004年に同法に動産譲渡登記を加える改正を行った際に「動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律」と改題され(2005年施行)、同法3条で「法人が動産(略)を譲渡した場合において、当該動産の譲渡につき動産譲渡登記ファイルに譲渡の登記がされたときは、当該動産について、民法178条の引渡しがあったものとみなす」とされた。
[11] 動産譲渡登記所として東京法務局(中野区)が指定され、全国の動産譲渡登記事務を取り扱う。
[12] 「四半期決算における経常利益の黒字維持」「純資産**億円以上の確保」等の財務条件
[13] 日本では、連結財務諸表提出会社の利害関係人が企業集団の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に関する適正な判断を行うために必要と認められる事項があるときは、当該事項を追加情報として注記しなければならない(連結財務諸表規則15条、財務諸表等規則8条の5、中間連結財務諸表規則13条、中間財務諸表等規則6条)。なお、米国SECでは、ローン契約がSECの定める重要事象に該当する場合、そのコベナンツの種類・内容が適時開示される(臨時報告書:Form8-K)。
[14] 主な銀行破綻:兵庫銀行1995年8月、太平洋銀行96年3月、阪和銀行96年11月、京都共栄銀行97年10月、北海道拓殖銀行97年11月、徳洋シティ銀行97年11月、日本長期信用銀行98年10月、日本債券信用銀行98年12月、国民銀行99年4月、幸福銀行99年5月、京都相和銀行99年6月、なみはや銀行99年8月、新潟中央銀行99年10月、朝鮮銀行2000年12月(朝銀近畿信用組合が2次破綻。この前後、各地の信用組合が破綻)、石川銀行01年12月、中部銀行02年3月、足利銀行03年11月
[15] Bank for International Settlements(国際決済銀行)で合意された銀行の財務の健全性を確保するための自己資本比率規制のこと。国際業務を行う銀行は8%、国内業務のみ行う銀行は4%の自己資本比率を下回らないようにすること等が求められる。日本では1993年3月末から適用され、この比率を下回ると、金融庁が経営改善計画の作成及び実施を命令等する。
[16] 2002年12月に金融庁が銀行法に基づく事務ガイドラインを改正し、早期是正措置を命令した。金融機関が自己資本比率を改善するための期間は、それまでの3年から1年に短縮された。
[17] 東京商工リサーチ経済研究室「全国企業倒産状況 倒産件数・負債額推移」2005年3月22日公表
[18] 2016年4月現在41行。大半は相互銀行から普通銀行に転換したものである。
[19] みずほ銀行、三菱東京UFJ銀行、三井住友銀行、りそな銀行。この他に信託銀行、ネット銀行、政府系金融機関(日本政策投資銀行、ゆうちょ銀行、整理回収機構)、外国銀行等がある。
[20] 平成15年(2003年)3月28日金融庁「リレーションシップバンキングの機能強化に関するアクションプログラム―中小・地域金融機関の不良債権問題の解決に向けた中小企業金融の再生と持続可能性(サステナビリティー)の確保―」
[21] 株式会社整理回収機構(The Resolution and Collection Corporation)。1999年に設立された国策会社で、主として、公的資金を投入した金融機関や住宅金融専門会社の不良債権を買い取り、回収する業務を行う。
[22] 東京商工リサーチ「全国企業倒産状況 倒産件数・負債額推移」より
[23] 第159回国会 小泉内閣総理大臣施政方針演説(平成16年1月19日)
[24] 郵政事業・道路公団の民営化、年金改革、産業再生機構の活躍、知的財産立国を目指す取組、知財高裁創設、国立大学を法人化等
[25] 1999年設立のビー・エヌ・ピー信託銀行株式会社に東京都が1,000億円出資して発足した。
[26] 東京都が400億円を追加出資し、無担保・無保証貸付業務の廃止、店舗・ATMの大幅削減等が行われた。2016年4月に、新銀行東京は東京TYフィナンシャルグループの傘下に入った。