◇SH3760◇契約の終了 第16回 賃貸借契約終了後の有益費償還請求権と建物買取請求権(上) 蓮田哲也(2021/09/16)

未分類

契約の終了
第16回 賃貸借契約終了後の有益費償還請求権と建物買取請求権(上)

日本大学准教授

蓮 田 哲 也

 

Ⅰ はじめに

 契約の終了原因について、民法では一般的終了原因としての解除(民法540-548条)の他、期間満了(民法597条)、目的物滅失等(民法616条の2)、当事者の死亡等(民法653条)、といった特定の契約類型に即した規定が設けられている。これら以外にも、両当事者の目的とする給付利益・給付結果を実現させるための債務(いわゆる主たる給付義務)が履行されると、契約によって当事者間に認められる特別な法的結合関係(いわゆる契約債権債務関係)はその目的を達成し消滅するため、契約が終了すると考えられている[1]。契約が終了すると、契約当事者は契約による拘束から解放され、両者には契約によって生じる債権債務は存在しないと考えられる。しかし、裁判例を見ると契約が終了したとされるにもかかわらず一定の債権債務が存在している場合があることが明らかとなっている[2]。このような契約終了後の債権債務は「契約余後効」の問題として議論されており、なぜ契約が終了したにもかかわらず当事者には債権債務が存在するのかを解き明かす試みがなされている。契約終了後の債権債務は裁判例にのみ現れるのではなく、民法の規定の中にも存在する。特に、賃借人の費用償還請求権について定める民法608条では、必要費については支出後直ちに償還を求めることができるのに対して、有益費については「賃貸借の終了の時」に償還を求めることができると定められている。さらに、賃貸借契約の終了に着目するならば、建物の所有を目的とする土地の賃貸借契約においては借地借家法13条に基づいて建物買取請求権も認められる。

 両者は個別的に取り扱われ研究されることが多いものの、契約の終了と直接関わる条文構造から適用場面が類するとして両者を比較する研究も行われてきた[3]。なお、両者を比較する研究は相違点、特に権利行使によって賃貸人(借地権設定者)が支払うべき金額の対象やその範囲に着目して行われており、なぜ賃貸借契約が終了したにもかかわらず賃借人(借地権者)には有益費償還請求権や建物買取請求権が認められるのか、すなわち、終了した賃貸借契約との関係についてはこれまであまり検討されてきたとはいえない。これは、両者の関係をどのように捉えるべきか、換言すれば、民法と借地借家法とが一般法・特別法の関係に立ち民法の規定は排斥されるのかという問題にも関わってくる。

 そこで本稿では、賃貸借契約の終了の時に問題となる民法608条2項に定められた賃借人の有益費償還請求権と借地借家法13条に定められた建物買取請求権との異同に着目して、賃貸借契約終了後の賃貸人(借地権設定者)と賃借人(借地権者)との関係性を分析することとする[4]。分析にあたっては、有益費償還請求権と建物買取請求権の制度趣旨、対象、法的性質、行使、排除特約の有効性について整理し、両者の異同を明らにした上で終了した賃貸借契約との関係について言及することとする。

 

Ⅱ 賃借人の有益費償還請求権

1. 制度趣旨

 賃貸借契約において、賃借人が賃借物に物理的な改良を加えたことでその価格を増加させたとしても、原則として、賃借人は賃貸借契約終了時に原状に復して返還しなければならない(民法621条)。賃借人によって加えられた改良(付加物等)が物理的・経済的に分離不可能であったとしても、賃借人に原状回復義務を課すことは、当事者関係及び国民経済的見地からも妥当性を欠くことから、賃借人のために付加物等が付加された状態での賃借物の返還を認めつつ、賃借人に一定の範囲で有益費償還請求を認めることで、賃借人が加えた付加物等から生じる利益を賃貸人が無償で享受するという衡平の原則に反する状態を防ぐことを目的とするとされる[5]

 

2. 有益費償還請求権の対象

 民法608条2項に基づいて償還請求の対象となるのは、賃借物の「改良のために支出した金額その他の有益費」である(民法196条2項)。これらは、賃借人が賃借物になした物理的・経済的に分離不可能な改良(付加物)や賃貸借契約の目的から客観的に判断して目的物の価値を増加させる費用として論じられている[6]。そのため、賃借物の価値増加が認められなければ有益費とならず、さらに賃借物の価値を増加させる改良費用であっても賃借物の通常の使用のあり方から見ると奢侈的である場合や賃借人の嗜好によるものである場合には有益費償還請求の対象とは認められない。

 

3. 有益費償還請求権の法的性質

 民法622条による民法599条1項および2項の準用に基づいて、賃貸借契約存続期間中に賃借人が賃借物に附属させた物を賃貸借契約終了時に賃借人は収去しなければならない。原則として、賃借人が権原によって物を附属させたならば、当該物は賃借人の所有権に帰属したままであり、賃貸借契約の終了によって賃借物の占有権原を喪失した賃借人は付加物等を収去することを強いられるが、これによって生じる経済的損失を避けるために付加物等を収去せずに有益費償還請求権として費用償還が認められるという[7]。換言すれば、有益費償還請求は、賃貸借契約終了時に付加物等を収去できない(しない)ことを前提にしているのであり、付加物等の収去の要否が定まる時点が賃貸借契約終了時であることから、有益費償還請求は賃貸借契約の終了の時に初めて可能となるという[8]

 このように、原則として賃借人の所有物である付加物等を賃借人が収去できないときに、賃貸人は付加物等が附属したまま賃借物の返還を受け、結果として付加物等につき所有権を獲得することは不当利得に該当し、増加した賃借物の価値に対する対価支払請求権として有益費償還請求権は位置づけられるといえる[9]。しかし、単に不当利得返還請求権の一種として取り扱うべきものではない点に注意が必要であろう。民法599条2項において賃借人には収去権が認められているが、これは、賃貸借契約の解釈によって、賃借人は賃借物の使用収益に限り賃借物に物を附属させる権原があるために、民法242条ただし書によって付加物等の所有権が賃借人に帰属したままであることから導き出すことができる。しかし、たとえ付加物等の所有権が賃借人に帰属していたとしても、賃貸借契約の終了時に付加物等を収去することで賃借物の価値が著しく減少する場合には収去権が制限され、専ら有益費償還請求権の問題として扱われる[10]。賃借人が付加物等につき所有権を喪失していないにもかかわらず、収去義務(権)が軽減(制限)される根拠として、当事者の合理的意思を挙げることができる。賃借人が(過分な費用を要して)付加物等を収去したとしても、付加物等のみでは利用することができないなど収去した物の経済的価値がほとんど損なわれてしまい、賃貸人としても付加物等の収去後に収去された物と同等の物を後に設置しようとすれば多額の出費を要することとなる場合が認められる。そのような場合には、経済的利益を損なわないよう賃借人の収去義務(権)を制限し有益費償還請求権を認めることが、両者の合理的意思に適うと評価されている[11]

 このように、有益費償還請求は賃借人が附属させた付加物等を収去できない(しない)場合に初めて問題となることから、収去義務が問題となる時点とあわせる形で、賃貸借契約終了の時に有益費償還請求権の行使が認められるとされるが[12]、有益費償還請求権は単に不当利得返還請求権の一種として捉えるべきものではなく、付加物等の利益帰属に関連した利益調整を目的とする当事者の合理的意思から導き出される債権としての性質を有するものであるといえよう。

 

4. 有益費償還請求権の行使

 賃借人の有益費償還請求権の行使によって、賃借人は賃貸人に対して賃借人が支出した費用額又は賃借物の価格の現存増価額のいずれかを償還請求することができる。このような選択がなぜ認められるのかについては、賃借物の返還に伴って賃貸人が獲得する利益に着目して説明されているといえる[13]。そもそも、賃貸借契約の終了の時に付加物等によって賃借物の価格の増加が存しない場合には、賃借人の出費による利益は賃貸人に帰属することはないため、有益費償還請求権は否定される。これに対し、賃貸借契約の終了の時に付加物等によって賃借物の価格の増加が存する場合には、賃借人の出費による利益が賃貸人に帰属することから有益費償還請求権が認められる。なお、付加物等に要した賃借人の出費額と賃貸借契約の終了の時の賃借物の価格増加とを比して後者が多い場合には、賃貸人が得る利益は価格増加額にとどまるのであって、賃借人の出費額を償還する必要はないとされる[14]

 このように、有益費償還請求権の行使によって償還される内容は、賃貸人が獲得することのできる利益に着目して分析されている[15]

 

5. 有益費償還請求権排除特約の有効性

 当事者関係及び国民経済的見地から経済的利益の調整を図っているとされる賃借人の有益費償還請求権は、特約によって予め排除することが認められている。特に、大判昭和8・3・23(新聞3543号15頁)において、有益費償還請求権排除特約は、土地の開発発展を妨げる非公益的なものであり無効であるという主張に対し、住宅地の賃貸借において長期間の賃借が予定されている場合には有益費を賃借人が負担するという約定は珍しくなく、また、当該約定は公序良俗に反するものではないから有効であると判示されている。これに対して、賃借人の費用負担による原状回復に関する特約があったとしても、賃借人の承諾を得た改良行為につき原状回復が不能である部分については有益費償還請求権が認められるとされる事例(大判昭和10・4・1裁判例9巻民86頁)や、特に異常なものでない限り賃貸人の同意なくして行った改修工事につき有益費償還請求権が認められた事例(札幌高判昭和34・12・18高民12巻10号508頁)がある。

 これらから、有益費償還請求権排除特約は、付加物等の収去が社会通念上不可能であっても有効であるが、有益費の支出に関する賃貸人の許諾等の特別な事情が認められる場合に限って無効となることがあるとされる[16]

(下)につづく

 


[1] 渡辺達徳=野澤正充『債権総論 弘文堂NOMIKAシリーズ3』(弘文堂、2007)58~59頁〔渡辺達徳〕、潮見佳男『新債権総論Ⅰ』(信山社、2017)182頁。

[2] 契約が終了したにもかかわらず債権債務が存するとして問題となった事例として、眺望及び日照を阻害する建物を建築しない信義則上の義務(仙台地決平成7・8・24判時1564号105頁)や補修用性能部品を供給する義務(大阪高判平成5・7・30判時1479号21頁)、診療録開示義務(東京地判平成23・1・27判タ1367号212頁)などがある。

[3] 両制度の比較検討を行っているものとして、後藤淸「賃貸借における費用償還請求権」民商30巻2号(1941)1頁、澤野順彦『借地借家法の経済的基礎』(日本評論社、1988)225~251頁、星野英一『法律学全集26 借地・借家法』(有斐閣、1969)200頁以下、などがある。

[4] 賃貸借契約や借地借家法上の借地権が問題となる契約においては、他人物賃貸借契約や転貸借契約、借地上建物が譲渡された場合など、複数人の関係をいかに整理分析するかが重要な場面が多く認められる。しかし、紙幅に限りがあることから、本稿では賃貸人(借地権設定者)が所有する物を賃借物とする賃貸借契約のみを対象として賃借人(借地権者)の有益費償還請求権および建物買取請求権につき論じていくこととする。

[5] 幾代通=広中俊雄編『新版 注釈民法(15) 債権(6)』(有斐閣、1989)233~234頁〔渡辺洋三=原田純孝〕。また、賃借人が賃借物に改良を加えたことで現に価値が増加しているにもかかわらず、これに対して償金を認めないことや賃借物を傷めずに収去しなければならないとするのは賃借人にとって酷であり、外国の多数の例に倣って有益費償還を認めることとしたとされる(『法典調査会 民法議事速記録 第33巻』(日本学術振興会、1935)30~31頁〔梅謙次郎〕)。

[6] なお、賃借物以外のものに加えた改良によって、賃借物の価値が増加している場合であっても、当該費用は有益費となることが認められている(大判昭和5・4・26新聞3158号9頁)。

[7] 後藤・前掲[3] 193~197、200頁。なお、民法599条に基づく賃借人の収去義務(権)について、賃借物の附属物については民法242条等の規定が適用され付合が生ずることはあり得るが、この場合であっても、附属物を収去して目的物を返還するのが通常の契約内容に沿うと考えられるため、附属物が賃貸人または賃借人のいずれの所有権に帰属するかに関わらず、賃借人は収去義務を負うことを前提としているとされる。特に、同条1項ただし書は、収去義務につき履行不能となる具体的場面であるとされ、履行不能であることを理由に、民法412条の2第1項に基づいて賃借人は収去義務の履行を請求されないとされる(筒井健夫=村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務、2018)307~308、325~326頁)。

[8] 有益費償還請求は賃借人の収去権(義務)と密接不可分の関係に立っており、賃借人は付合させたまま返還する場合には有益費償還請求ができるにとどまり、付合のまま返還する義務を負うことはないという(三宅正男『契約法(各論)下巻 現代法律学全集9』(青林書院、1988)805~806頁)。また、有益費償還を請求することのできる時点は賃貸借契約の終了時であり、有益費償還請求の相手方は賃貸約契約終了時の賃貸人であることを判例は明示しているが(最二判昭和46・2・19民集25巻1号135頁)、このことは、賃貸借契約終了時において賃貸人は現に賃貸借契約の目的たる建物を所有しているため、有益費償還請求の相手方として認められることは賃借人にとって一般に有利であるといわれる(鈴木重信「判批」曹時23巻10号(1971)416頁)。

[9] 八尾新助『民法修正案理由書 第1-3編』(1898)521頁。三宅博士は賃借人の有益費償還請求権は、賃借人の収去権と切り離して取り扱われるものではないことを強調している。賃借人の出費によって当然生じる賃貸人の利益は、改良(付合)の態様・収去の難易得失とあわせ、賃貸借の付随的条件の一つとして、当事者が当然に考慮し、必要なら賃料額の低減を含めあらかじめ合意を取り付けるはずであるため、不動産又は主たる動産の所有者が他人の動産を付合させた場合と異なり、民法248条(付合、混和又は加工に伴う償金の請求)も適用されないことを理由に挙げている(三宅・前掲[8])803~804頁)なお、事務管理との関係で有益費償還請求権が論じられることもある(後藤・前掲[3] 189~192頁)。

[10] 我妻榮『債権各論 中巻一』(岩波書店、1957)466~467頁、石田穣『民法Ⅴ 契約法 現代法律学講座13』(青林書院新社、1982)226頁、平野裕之『債権各論Ⅰ 契約法』(日本評論社、2018)297頁など。

[11] 三宅・前掲[8] 803~806頁、平田春二「造作買取請求権」中川善之助=兼子一監修・西村宏一編『借地・借家〔改訂版〕不動産法大系第3巻』(青林書院新社、1975)546~547、550頁。

[12] なお、賃貸借契約の終了原因は期間満了によるものの他、債務不履行解除や合意解除など種々の原因が認められるが、有益費償還請求権は、賃貸借契約終了原因がいかなるものであっても認められると解されている(成田喜達「修繕義務・造作買取請求権・費用償還請求権」水元浩=田尾桃二編『現代借地借家法講座2 借家法』(日本評論社、1986)286頁)。

[13] この点について明確に論じているものは管見の限り見出すことができなかったが、占有者の有益費償還請求権(196条2項)において言及されていたので、これを参考とした(川島武宜=川井健編『新版 注釈民法(7) 物権(2)』(有斐閣、2007)238頁〔田中整爾〕)。

[14] 有益費償還請求権が行使された結果、賃貸人が賃借人に対して償還すべき額は、賃借人が支出した費用額又は賃借物の価格の現存増価額のいずれかである。その選択は賃貸人がすることができるのは、付加物等によって賃貸人が獲得する利益に重点を置き、いずれを選択するかにかかる紛争を避けるために賃貸人に選択権を認めたとされる(田中・前掲[13] 238頁)。

[15] 有益費償還請求権の行使によって償還できる内容につき、賃貸人が獲得する利益に着目する限りで、有益費償還請求権が不当利得返還請求の性質を有することが強調されているといえる。しかし、賃貸借契約終了時に賃借物の価格増加が現存する限り賃貸人がいずれの費用を償還すべきか選択することができることは理論的に否定することができず、この点を鑑みると有益費償還請求権は単に不当利得返還請求の一種ととらえるべきではなく、賃貸人と賃借人との利害関係調整を目的とする当事者意思が機能しているといえよう。

[16] 渡辺=原田・前掲[5] 250頁。

 

タイトルとURLをコピーしました