信託協、「企業のESGへの取り組み促進に関する研究会 中間報告書」を公表
岩田合同法律事務所
弁護士 堀 譲
1 はじめに
一般社団法人信託協会は、本年4月に設置された企業のESGへの取り組み促進に関する研究会(以下「本研究会」という。)により取りまとめられた「企業のESGへの取り組み促進に関する研究会 中間報告書」(以下「本報告書」という。)を公表した。以下では、本報告書で報告されているESG取り組みの意義や、ESGへの取り組みに先進的な企業の対応、ESGへの取り組み促進に向けた今後の課題等の概要を紹介する。
2 ESG取り組みの意義
近年、国内外の資本市場において、環境・社会・ガバナンス(Environment Social Governance/ESG)の観点で投資判断を行うESG投資が活性化している。資本市場や機関投資家がESGを重要視し、さらには、欧米を中心に消費者や取引先が環境や社会への配慮を企業選定基準とする傾向が高まる中で、企業によるESGの取り組みは、企業価値に影響を及ぼす大きな要素となっている。
本報告書は、企業がこのような意義を再認識してESGの取り組みを積極的に企業経営に取り入れると共に、ステークホルダーに対するESGに関する活動についての情報開示の質を高めていくことが重要であるとしている。
3 ESGへの取り組みに先進的な企業の対応
本報告書では、次のようなESGの取り組みに先進的な企業の対応例を報告されている。
⑴ ESGへの取り組みが企業価値向上につながるという社内での意識共有
ESGの取り組みに先進的な企業では、役職員全員で、ESGへの取り組みがステークホルダーに対する価値の提供であり企業価値の向上につながるという意識を共有するように取り組んでおり、その意識向上の具体例として、ESG関連のNPO法人等に対する助成を目的とした基金の設立や、従業員のNPO活動を支援するボランティア休暇の創設などの事例が挙げられている。
⑵ PDCAサイクルの確立
ESGへの取り組みに先進的な企業では、企業理念や存在意義の明確化、重要課題の特定、計画・目標の策定と推進、進捗のモニタリングと成果・効果の検証という一連のPDCAサイクルを確立しており、適時、目標や取り組みの見直しを図っている。
本報告書は、重要課題の特定や計画・目標の策定において、企業視点だけでなくステークホルダー視点で「事業を通じて解決する社会的課題」と「ステークホルダーの期待に応える課題」を抽出し、事業成長と社会的課題解決を一体とした中長期計画・目標を策定することが有効であるとし、ステークホルダーである従業員を意識した事例として、従業員の意識調査による「働きがい指標」を目標値と設定した例を挙げている。
また、進捗のモニタリングと成果・効果の検証において、外部アドバイザリーボードなどの第三者評価を活用することも効果的であるとしている。
⑶ エンゲージメントによる実効性向上
ESGの取り組みに先進的な企業では、様々なステークホルダーとの対話を通じた評価や提言を、随時、経営に取り入れる仕組みを確立しているとし、本報告書は、その例として、経営会議に株主である機関投資家が参加し、経営に対して直接提言する機会を設けている事例を挙げている。
⑷ 役員報酬との連動
本報告書では、経営課題と企業価値向上に連動するESG課題を役員報酬の成果指標へ組み入れることで、経営陣の本気度を示すことになると指摘している。
2021年時点で役員報酬にESG指標を設定している企業の割合は、英国では、代表する上場企業(FTSE100)のうち、年次賞与で66%(前年42%)、長期インセンティブ報酬で27%(前年11%)であり、その割合は増加傾向にあり、米国でも、S&P500銘柄に採用されている企業のうち、年次賞与で51%、長期インセンティブで3%との割合となっている。また、米国の機関投資家の69%(2020年当時)が、役員報酬とESG指標の連動が企業への信頼に大きく影響すると考えていると指摘されている。
日本においては、欧米企業と比較すると低い水準にあるものの、ESGへの取り組みに先進的な企業73社のうち18社(25%)が役員報酬にESG指標を設定していると報告されている。
他方、役員報酬のESG指標については、ステークホルダーへの理解を得るために、評価の透明性、恣意性の排除、客観性の担保、業績との連動等の解決すべき課題があると指摘されている。
出典:企業のESGへの取り組み促進に関する研究会 中間報告書(概要)(別紙2)
4 ESGへの取り組み促進に向けた今後の課題としての情報開示の質の向上
企業のESGの取り組みに対するステークホルダーの理解向上や効果的な対話のため、情報開示の質が重要であるところ、現状、標準化された非財務情報や共通フレームワークは整備されていない。今後、当該内容については、経済産業省の研究会や金融審議会で議論される見込みであり、その動向を注視する必要がある。
本報告書では、本研究会のメンバーである機関投資家から、企業のESG情報の開示について、経営戦略や財務パフォーマンスとの連動性、成長性(社会・環境課題ビジネスの売上高や研究開発費等)に資する目標値、企業価値との関連性などが求められたとのことであり、ESGに係る情報開示につき参考になるものと思われる。
5 終わりに
本報告書では、役員報酬のESG指標の導入に際し、米国・英国では税務上の優遇措置があるのに対し、日本ではそのような法人税法での優遇はなく、制度面での課題があることを指摘している。また、SFDR(EU資産運用会社等のサステナビリティ開示規制)などの規制を踏まえた開示状況や、役員報酬のESG指標、報酬制度の在り方などについては検討課題であり、今後、本研究会で掘り下げて議論するとしている。
本報告書は、近年注目が集まっている企業のESGの取り組みについて有識者が調査等を行って報告したものであり、今後のESGに対する取り組み方について参考になるものと思料されたため、紹介した次第である。企業における役員報酬の在り方などについて、今後の動向が注目される。
以 上
(ほり・ゆずる)
岩田合同法律事務所所属。2010年中央大学法学部卒業。2013年立教大学法科大学院修了。2014年12月検事任官。東京地方検察庁、高松地方検察庁、神戸地方検察庁勤務を経て、2020年4月「判事補及び検事の弁護士職務経験に関する法律」に基づき弁護士登録。
岩田合同法律事務所 http://www.iwatagodo.com/
<事務所概要>
1902年、故岩田宙造弁護士(後に司法大臣、貴族院議員、日本弁護士連合会会長等を歴任)により創立。爾来、一貫して企業法務の分野を歩んできた、我が国において最も歴史ある法律事務所の一つ。設立当初より、政府系銀行、都市銀行、地方銀行、信託銀行、地域金融機関、保険会社、金融商品取引業者、商社、電力会社、重電機メーカー、素材メーカー、印刷、製紙、不動産、建設、食品会社等、我が国の代表的な企業等の法律顧問として、多数の企業法務案件に関与している。
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