国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第36回 第7章・Defect等(2)
京都大学特命教授 大 本 俊 彦
森・濱田松本法律事務所
弁護士 関 戸 麦
弁護士 高 橋 茜 莉
第36回 第7章・Defect等(2)
3 Defect Notification Period(DNP)
⑴ 意義
FIDICは、Defect Notification Periodという用語を定めており、その定義規定(1.1.27項)によれば、defectと損害の通知期間を意味する。その略称が、DNPである。
この期間の始期は、基本的にはTaking-Over Certificateが発行された時である。期間は、契約書で定められた期間であるが、定められなければ1年間である(1.1.27項)。ただし、下記のとおり、延長される可能性はある。
なお、DNPの最終日から28日以内に、Engineerは工事履行証明書(Performance Certificate)を発行することが義務づけられている(11.9項)。従って、DNPは、大凡、Taking-Over Certificateが発行された後、Performance Certificateが発行されるまでの間であるといえる。
⑵ FIDICの規定内容
FIDICが、DNPにつき規定していることは主に二つで、一つは、Contractorの義務であり、遅くともDNP満了までに、次の事項を完了させる必要がある。
- (a) パンチリスト(punch list)等において確認された残課題(なお、パンチリストというのは、契約どおりに行われていない部分や、未完成の部分をリストアップしたものであり、一般に、引渡に際して作成される)
- (b) DNP満了までに、Employer側から通知されたdefectまたは損害の回復
もう一つは、Employer側の義務であり、DNP中にdefectまたは損害が発見された場合に、Contractorに速やかに通知(Notice)を送付することである。
日本の民法で、defectに関して定めている期間は、担保責任を行使するための期間制限であるが(民法637条1項等)、上記のとおり、DNPは、請求権の期間制限として定められておらず、defectの修補その他の残課題を完了するべき期間として定められている。
ただし、上記のとおり、Employerの側にも通知義務が課されており、また、Contractorの義務の対象も、パンチリスト等で確認された残課題と、Employerから通知を受けたdefectまたは損害に限られている。すなわち、パンチリスト等で確認された残課題以外については、Contractorが自らdefect等を発見し、対処する義務までは課されておらず、Employer側から通知されたdefect等にのみ対処すれば、Contractorの義務としては足りるとされている。
したがって、Employerから見て、DNPに請求権の期間制限としての意味、すなわち、DNPの間にEmployer側が通知を怠った場合には、請求権を失うという効果も考え得る。この点につきFIDICは、明示的な規定を置いておらず、当該契約の準拠法に従い解釈されることになるところ、英国の判例では、Employerが請求権の一部または全部を失うとの効果を認める傾向にある[1]。
DNPの延長が認められ得る場合は、契約の目的が達成できないほどのdefect等が残存する場合である(11.3項)。ただし、延長は、当初のDNPの満了日から、最大で2年間までとなっている(11.3項)。
⑶ DNP経過後の請求の可否
上記のとおり、英国の判例では、DNPの経過によって、Employerが請求権を失う可能性があるが、DNPが経過したからといって、Contractorは安心できる訳ではない。DNP経過後のdefectに関する請求の可否については、以下の視点に留意する必要がある。
第1に、請求の主体である。請求の主体はEmployerに限られず、たとえば、工事目的物のdefectによって負傷した者がいれば、その者がContractorに対して損害賠償を請求する可能性がある。DNPは、EmployerとContractor間の契約上の取り決めであり、その拘束力の根拠は両者の合意にあるから、第三者には拘束力が及ばないことが原則である。したがって、第三者からのContractorに対する請求は、DNPによって妨げられないことが原則である。
第2に、請求の法律構成である。請求には、大きく分けて契約に基づくものと、契約に基づかないものがある。EmployerからContractorに対しても、契約に基づかない請求が考えられ、たとえば日本法上、民法の不法行為に基づく請求や、製造物責任法に基づく請求といった契約に基づかない請求を、契約当事者間で行うことが考えられる。
このような契約に基づかない請求が、DNP経過後に許容されるか否かは、契約の定めによることになる。したがって、Contractorとして、DNP経過後には、契約に基づく請求のみならず、契約に基づかない請求も、Employerのdefectに関する請求は許容しないこととしたければ、その旨をEmployerおよびContractor間の契約で、明示することが望ましい。
また、そもそもFIDICでは、DNP経過後の請求の可否が明確ではないため、この点を契約書上明確にすることが、望ましいとも考えられる。
第3に、defectが見て分かるものか、隠れたものかという視点である。見て分かるものであれば、後の請求が許されない可能性が高い一方、隠れたものであれば、後の請求が許容されやすくなる。
この方向の定めの代表例は、英国のLatent Damage Act 1986である。上記のとおり、英国の判例では、DNP経過によって、EmployerがContractorに対する請求権を失う可能性があるが、これは、見て分かるdefectについてである。Latent Damage Act 1986においては、隠れたdefect(latent defect)については、その請求権を基礎づける事実を認識した時点(あるいは認識したと評価し得る時点)から3年間は、請求が可能である。
ただし、Latent Damage Act 1986によって認められる請求は、negligence claimというもので、Employerは、Contractorの過失を主張立証する必要がある。
また、この過失等が生じたときから15年が経過した時は、隠れたdefectについても請求権を失うというのが、Latent Damage Act 1986の定めである。
なお、日本法のdefectに関する担保責任は、過失の主張立証を必要としない、無過失責任である(民法562条、559条等参照)。
また、日本の民法は、改正により、隠れた瑕疵であることを要件としなくなったものの、見て分かるdefectについては、引渡後は、その存在を認容したとして、請求が妨げられることが考えられる。
⑷ DNPと資材のwarranty periodとの間に期間の相違がある場合
Contractorが調達した資材には、その製造者によるwarranty period(保証期間)が定められていることがある。たとえば、地下鉄の駅の工事において、Contractorが駅に設置する火災警報器を調達した際に、当該警報器の製造メーカーによるwarranty periodが定められている場合が考えられる。
このようなwarranty periodが、DNPと別途に定められた結果、両者の期間が相違する場合が考えられる。Contractorとすれば、DNPよりwarranty periodの方が長い場合(後に終わる場合)には、当該資材に関する問題は、製造メーカーの保証によって対応してもらえると期待できるが、逆の場合には、製造メーカーのwarranty period終了後、DNP終了までの間は、基本的には、Contractorが当該資材の故障についてリスクを負担することになると考えられる。このように、資材のwarranty periodと、DNPとの期間の相違は、Contractorが負担するリスクに影響するため、特に修補に多額のコストがかかり得る資材については、Contractorとしては留意が必要である。工事の遅延等が原因で、DNPがwarranty periodより後に終わることとなった場合には、メーカーと交渉して、warranty periodの延長に努めることも検討に値しよう。
[1] Pearce and High v Baxter [1999] BLR 101 (CA)、Woodlands Oak Ltd v Conwell [2011] BLR 365、London and SW Railway v Flower (1875) 1 CPD 77等。