◇SH4091◇国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第67回 コラム・仲裁の実務と当事者の心構え(1) 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2022/08/04)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として

第67回 コラム・仲裁の実務と当事者の心構え(1)

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第67回 コラム・仲裁の実務と当事者の心構え(1)

1 はじめに

 今回から次回にかけては、コラムとして、国際仲裁という紛争解決手続そのものの実態や、これを利用するうえでの当事者の心構えに触れたいと思う。

 国際仲裁は、国際取引に関する紛争解決手続として非常にポピュラーな選択肢であり、日本企業も、国外の相手方との契約には、仲裁条項を設けている場合が多い。とは言え、日本国内の訴訟に比べれば、日本企業が国際仲裁を経験した回数はまだ少なく、企業内の配置転換もあるため、担当者にとっては目の前の案件が初めての国際仲裁であることも珍しくないであろう。本コラムが、そのような担当者諸氏にとって、国際仲裁における「サプライズ」を緩和する一助となれば幸甚である。

 

2 国際仲裁のスケジュール

 前回、仲裁手続における全ての手順を終えるのに必要な時間は、事案によるものの、最短でも1年~2年半程度はかかると考えるのが妥当と述べたが、各手順をいつまでに終えるかという具体的なスケジュールは、手続の序盤に決定されるのが通常である。すなわち、当事者及び仲裁廷が初めて一堂に会し、手続的な論点について議論するCase Management Conference(対面または電話・ビデオ会議の形式で行われる)とほぼ同時期に、Procedural Timetableと呼ばれる日程表が作成され、当事者による主張書面の提出期限や、文書開示手続の有無及び開示要請や文書開示の期限が決定される。ただし、口頭審理であるヒアリングの日程は、初めに大体の時期だけ決めておき、尋問の必要がある証人の人数などが判明した後で具体的な日程を決定する場合も多い。また、仲裁廷が仲裁判断を下す日付は、日程表には組み込まれず、基本的には仲裁廷の裁量に委ねられる(もっとも、迅速な解決を促進すべく、仲裁規則において仲裁判断までの目安の期間が設けられていることもある)。

 日本国内の訴訟では、手続全体の日程を序盤で決めることはせず、第1回口頭弁論の後は、約1~2ヵ月ごとに、裁判所の指定した論点に関する書面を各当事者が交代で提出し、全ての主張が出そろったと裁判所が判断した段階で、証人尋問の期日が決定されるのが一般的である。つまり、国内訴訟では、いつ書面のやり取りが終わるかは裁判所次第であり、その意味では、仲裁の方が予測可能性はあると言える。また、仲裁における書面のやり取りのスパンは、(全ての論点に関する主張を一度に行う必要があるため)少なくとも数ヵ月単位であることが多く、国内訴訟よりも比較的長い準備期間が織り込まれる傾向にある。

 しかしながら、国内訴訟より国際仲裁の方が常にスケジュールに余裕があるわけではないことには、注意が必要である。と言うのも、仲裁手続は普通、数年単位で続くため、その途中で事態が変動し、当該紛争の主論点とは別の点について仲裁廷の判断を求める必要が生じることもある。相手方が仲裁合意を無視して国内訴訟を起こした場合に、その差止を求めるなどの暫定措置(interim reliefまたはinterim measures)の申立てや、相手方の財務状況が急激に悪化するなどして、仲裁費用を支払わない懸念が生じた場合の担保金(security for costs)拠出命令の申立てなどはその例である。こうした申立ては、手続日程表に組み込まれた手順とは無関係に行われるものであり、一般にunscheduled applicationなどと呼ばれている。かかる申立てに関する判断は、相手方当事者の反論(及び、場合によっては申立当事者の再反論や相手方の再々反論)も踏まえて行われるのが通常であるが、いずれにしても、数週間以内には決着することが前提となるため、スピード感のあるスケジュールとなり、当事者双方に迅速な対応が求められる。このような場合、当事者の担当者としては、代理人弁護士と密に連携し、かつ、提出書面や証拠についての社内確認に要する時間をできるだけ短縮するように動くことが肝要となる。

 

3 仲裁人の「心証」

 国内訴訟でも国際仲裁でも、判断権者の「心証」に悪影響を与えないような手続追行が重要であることに変わりはないが、日本の国内訴訟との対比では、国際仲裁の方が、判断権者の「心証」、すなわち仲裁人の感じたことが当事者の請求に対する判断にも反映されやすいように思われる。これは、仲裁には原則として上訴がなく、先例拘束性もないため、他者の意見との整合性よりも、当該事案においての判断権者である仲裁人自身の考えや、当事者に対する感じ方が前面に出やすいからではないかと推察される。また、日本では、「代理人弁護士の能力(当事者を適切にコントロールする能力を含む)等によって、結論が変わるのは良くない」と考える傾向にあるといったような、文化的な違いも影響しているように思われる。

 仲裁人の「心証」と言っても、その具体的な内容は様々であるが、当事者としては、少なくとも、自らが「合理的な当事者」であることを仲裁人に印象づける努力は怠るべきでない。仲裁廷からの指示に誠実に従う(求められた情報・説明の提供や、上記で言及した書類提出期限の遵守等)のはもちろんのこと、相手方当事者からの要請に対しても、受け入れ可能な範囲で真摯に対応するのが望ましい。たとえば、既に当事者同士でやり取りした情報であっても、相手方代理人から改めて提供の要請があれば、以前に提供した情報であることは指摘しつつも、再度提供するのが基本的には望ましい。

 当然のことながら、自らが「合理的な当事者」であると印象づけることができたとしても、それだけで請求が認められるというわけではない。しかし、「合理的な当事者は、軽率に不当な請求をしたり、相手方の正当な請求を拒否したりしない」というのが常識的な見方であり、仲裁廷にそのような見方をしてもらうことは、主張立証を行うにあたっての大事な前提である。逆に言えば、当事者として不合理な振る舞いをしていると、新たな請求の追加や、請求内容の変更の必要が生じた場合でも、そのような請求は「真摯でない(frivolous)」のではないかとの疑念を仲裁廷に抱かせるおそれがある。

 これは、紛争の本体部分をなす請求だけでなく、上記のunscheduled applicationや、より細かな手続的な動き(たとえば書面提出期限の延長など)にも当てはまる。つまり、「この当事者は合理的であるから、相手方への嫌がらせや、手続の進捗妨害等の目的で、申立てを行うことはないだろう」と考えてもらえるようにするということである。裏を返せば、不合理な当事者であるとの心証を抱かれてしまうと、本当に必要な手続的命令が得られなくなるリスクが生じる。期限の延長を例に取れば、書面の提出や仲裁廷への回答の期限の延長を何度も求めると、不合理な当事者であるとの心証を抱かせ、いずれ一切の延長が認められなくなる可能性が考えられるということである。

 

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