◇SH3942◇北京2022オリンピックCAS事例報告――CASオリンピック仲裁の概要からワリエワ事件まで(3) 宮本聡/細川慈子/簑田由香(2022/03/17)

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北京2022オリンピックCAS事例報告

―CASオリンピック仲裁の概要からワリエワ事件まで―(3)

弁護士法人大江橋法律事務所 東京事務所

弁護士 宮 本   聡

弁護士 細 川 慈 子

弁護士 簑 田 由 香

 


  1. Ⅰ.CAS AHDについて(2022/03/15)
  2. Ⅱ.北京2022オリンピックのCAS AHD事例(総論)(2022/03/16)
  3. Ⅲ.北京2022オリンピックの個別事例①:ROCモーグル選手のワクチン接種に起因する出場枠の割当事件(2022/03/17)
  4. Ⅳ.北京2022オリンピックの個別事例②:ROCワリエワ事件(2022/03/18)
  5. Ⅴ.北京2022オリンピックの個別事例③:フィギュア団体表彰式事件(2022/04/13)


 

III 北京2022五輪の個別事例①:
  ROCモーグル選手のワクチン接種に起因する出場枠割当事件(CAS OG 22/02)

1 事案の経過

 国際スキー連盟(以下「FIS」という。)は、北京2022オリンピックのモーグル出場枠について、各選手の2020年7月から2022年1月までのワールドカップ(以下「W杯」という。)成績等によるポイントに基づき選考することとしたが、新型コロナウイルスの蔓延により、複数のW杯が中止となり、選考対象となるW杯は2020年12月から2022年1月までの間に開催される10大会のみとなった。

 ロシアのモーグル選手Andrei MakhnevおよびArtem Shuldiakov(以下、併せて「申立人選手ら」という。)は、最初の6大会に参加したものの、残り4大会(2022年1月のカナダ大会および米国大会)については、米国・カナダで承認された新型コロナウイルスワクチンの未接種を理由に両国に入国できず、参加できなかった。申立人選手らは、当初、カナダ大会および米国大会への招待を受けていたものの、2021年11月、米国・カナダに入国するには、両国で承認されたワクチンの接種が条件とされ、申立人選手らは、米国・カナダで未承認のロシア製ワクチン・スプートニクVを接種していたのみであったため入国を許されず、ROC等が求めた特例措置も認められなかった。

 2021年12月31日、ROCはIOCとFISに対し不服を述べ、米国大会・カナダ大会に参加できない選手のため追加出場枠を認めるよう求めた。

 2022年1月17日、FISは五輪フリースタイルスキー出場枠配分表(以下「配分表」という。)を発表し、申立人選手らはオリンピックに出場できない次点候補に位置づけられた。

 2022年1月25日、申立人選手らとROC(以下、併せて「申立人ら」という。)は、FISに対し、フリースタイルスキー出場枠をすでに獲得した別のロシア選手2名が五輪に出場できなくなったため、その2枠を利用し申立人選手らのために出場枠を追加すべきだと主張したが、同月26日、FISは、IOCに直接連絡するよう促した。

 2022年1月27日、申立人らは、ワクチンの種類により入国を認めなかったのは差別的取扱いと主張し、上記のロシア選手2名の未使用出場枠を申立人選手らに与えること等を求めて、CAS AHDにFISを被申立人として仲裁を申し立てた。

 本件では、本案を審理する前提として、申立人らとFISとの紛争が「オリンピック競技大会の期間中またはオリンピック競技大会の開会式に先立つ10日間」(本件では2022年1月25日以降)に生じた(arise)紛争といえるか、という管轄の有無が主要な争点となった。

 

2 判断要旨

 “arise”(「生じる」)とは、英語辞書の定義によると、“to come into existence or begin to be noticed, happen”(生まれる、気付かれる、発生する)とあり、CASOG仲裁規則の“arise”は、紛争の終結または終了ではなく紛争の始まりを意味する。

 本仲裁廷は、紛争は、恐らく早ければ2021年12月31日にROCがFISにレターを送付した時点、遅くとも2022年1月17日にFISが配分表(ROCが要求した申立人選手らへの調整を行っていないもの)を発表した時点で、生じたと考える。この間、FIS・ROC間で多くのやりとりがあり、同月17日までに紛争が生じていたことに疑いはない。

 したがって、本件ではCASOG仲裁規則で求められる期間である1月25日以降に紛争が生じておらず、CAS AHDの管轄が認められない。

 

3 コメント

 本件はオリンピック代表の出場枠の割当に関する紛争であり、申立人は、CAS AHDに仲裁を申し立てたが、オリンピック競技大会の期間中またはオリンピック競技大会の開会式に先立つ10日間に生じた紛争とは認められず、管轄が否定され、本案についての判断は示されていない。本仲裁廷は、CASOG仲裁規則上の“arise”(「生じる」)との用語の意義から、紛争の「開始」時期について幅をもって認定したが、開始時期を遅く捉えても審理の対象期間外の紛争であるとの結論に至った。

 申立人選手らは、米国等で承認されていない新型コロナウイルスのワクチン接種に起因して海外のW杯に参加できなくなり、オリンピックにも出場できなくなったものであり、2020年から2022年にかけての世界的なコロナ禍の影響を感じさせる案件である。

(4)につづく

 


(みやもと・そう)

弁護士(弁護士法人大江橋法律事務所東京事務所)・ニューヨーク州弁護士。2006年3月筑波大学第一学群社会学類法学専攻卒、2007年9月弁護士登録・弁護士法人大江橋法律事務所東京事務所入所。2016年5月University of Virginia, School of law卒業(LL.M.)、2016年8月~2017年7月米国法律事務所Wilson Sonsini Goodrich & Rosati(Washington, D.C.)Antitrust Practice Group勤務。2018年ニューヨーク州弁護士登録。
主な取扱分野は事業再生、紛争解決及びスポーツ法。主な著書論文(共著)として「東京オリンピックのCASスポーツ仲裁 第1号案件」NBL1211号(2022)43頁。

 

(ほそかわ・あいこ)

弁護士(弁護士法人大江橋法律事務所東京事務所)。2008年東京大学法学部卒業、2010年東京大学法科大学院修了、2011年弁護士登録。2017年University of California, Berkeley, School of Law卒業(LL.M.)、2017年~2018年ドイツ大手法律事務所の国際仲裁プラクティスグループへ出向。主な取扱分野は国際仲裁を含む国際・国内紛争解決。主な著書論文として「国際仲裁入門――比較法的視点から」JCAジャーナル2018年1月号・2月号、『約款の基本と実践』(商事法務、2020)他。

 

(みのだ・ゆか)

弁護士(弁護士法人大江橋法律事務所東京事務所)。2015年慶應義塾大学法学部法律学科卒業、2017年東京大学法科大学院修了、2018年弁護士登録。主な取扱分野はコーポレート・M&A、紛争解決、消費者法。

 

弁護士法人大江橋法律事務所:https://ohebashi.com/jp/

1981年に設立され、弁護士150名以上が所属し企業法務中心にフルサービスを提供する総合法律事務所である(2022年3月現在)。東京、大阪、名古屋を国内の主要拠点としつつ、上海事務所及び各国の有力な法律事務所との独自のネットワークを活用して積極的に渉外業務にも取り組んでいる。会社法、M&A、紛争解決、労務、知財、事業再生、独禁法、情報法、ライフサイエンスなどの幅広い分野において、総合的な法的アドバイスを提供している。

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