租税における公平の実現
第11回
首都大学東京法科大学院教授・弁護士
饗 庭 靖 之
第4 地方税における租税公平主義
1 地方団体の財政力の均等化のため、法人住民税と法人事業税を地方交付税の原資として、地方団体に配分する仕組みの必要
東京、大阪、名古屋等の大都市部、とりわけ東京都に大きな担税力のある大会社等の法人が集中していることから、法人住民税と法人事業税の税収は、大都市圏に偏在することとなっている。
このような状態の結果として、大都市圏の地方団体の高い税収により、大都市圏所在の住民、法人が、他の地域とは異なり、高い税収によって可能となる高い行政サービスを享受するか、あるいは大都市圏の地方団体が豊富な財源を支出に自由に使用できる状態にあるのがよいのかという問題が顕在化している。
租税公平主義は、税負担は国民の間に担税力に即して公平に配分されなければならないという法原則である。租税の根拠について、税負担は国家から受ける保護や利益に比例して配分されるべきという利益説は、19世紀までの考え方として捨てられている。
しかし、地方税は、行政のサービスに対応した住民の納税義務という応益負担による課税という性格が強いとされ、地方税を課する根拠として、担税力に応じた課税という応能負担の考え方のみならず、行政からの受益に応じた課税という利益説に基づいた応益負担の考え方がある。
そして、法人住民税と法人事業税については、地方自治体の自主財源主義の下で、管内の法人事業所が納税する法人住民税と法人事業税を、地方自治体が固有の財源として取得することとされている。法人の所在が大都市圏に集中し偏在していることから、その結果税収が大都市圏に集中していることについて、利益説を基にして、地方税の応益的な性格から、大都市圏が取得することは正当だとの主張が大都市圏の地方団体によってなされている。
しかし、応能負担に基づき、地方税の主要税項目である法人住民税と法人事業税の課税においては、税負担が担税力に応じて法人間で公平に配分されている中で、法人住民税と法人事業税の課税根拠として、応益負担と応能負担として考えてよいのかということが問題となる。
また、地方団体の財源の確保のために、地方団体が法人住民税などの地方税の税収によってもなお財政力の弱い地方団体を、国が支える仕組みとして地方交付税制度があるので、地方交付税制度によって地方団体の財政調整の解決を図り得る限界を踏まえて、法人住民税と法人事業税のあり方を検討することが必要と考えられる。
2 自主財政主義と地方税
(1) 地方団体の法人住民税と法人事業税の課税権
地方団体が、国に依存することなく、地方自治の本旨に従ってその事務を処理するためには、課税権、すなわち必要な財源を自ら調達する権能が不可欠であることから、地方自治の要素として、地方団体に課税権があると解されている。
地方自治体の税収の中で、住民税、固定資産税と並んで、法人住民税と法人事業税が中心的な収入となっている。
そして会社は大都市圏に集中し、法人住民税と法人事業税の税収は、大都市圏に偏在している。このため、大都市圏の地方団体と、それ以外の地方自治体の間で、財政的な不均衡が生じ、財政力の格差が生じている。
(2) 地方税における標準税率の役割
このような中で、地方税について全国一律の税率で運営するのは不合理と考えられる。しかし、地方団体ごとに税制がまちまちになり、住民の税負担がはなはだしく不均衡になるのを防ぐために、地方団体の課税権に対して国の法律で統一的な準則や枠を設けることは認められる。
そのため、地方税の税率については、標準税率が定められているが、自主財政主義の観点から、地方税法は、財政上その他の必要がある場合には、標準税率によることを要しないことを規定している。
「財政上その他の必要があると認める場合においては、これによることを要しない」という地方税法1条1項5号の規定は、標準税率によらないこととできる理由を「財政上その他の必要」に限定しているので、財政上標準税率までの高い税率である必要がないとの理由で標準税率を下回る税率とすることを認めているとは言い難い。
財政力が貧困な地方団体は、標準税率を上回って、法人住民税と法人事業税を課するべきである。しかし、もともと法人が集まらない過疎な地方団体で標準税率を上回って、法人住民税と法人事業税を課するとすれば、ますます法人が当該地方団体の管轄地域から去り、税収が乏しくなるおそれがあり、標準税率を上回って、法人住民税と法人事業税を課することは困難であろう。
これに対して、財政力を過剰に有する地方団体は、標準税率を下回って、地方団体が租税を賦課・徴収すべきだと考えられる。しかし、標準税率による財政上の必要がなければ標準税率を下回ることも認めるべきであるが、「財政上その他の必要があると認める場合においては、これによることを要しない」という地方税法1条1項5号の規定は、それを正面から認めているとは言い難い規定となっている。
(3) 東京都における標準税率の扱い
東京都は昭和49年から、法人住民税と法人事業税、固定資産税について超過課税を行って、平成15年以降外形標準課税を導入し、5種類の課税標準について1.2倍の超過課税を行っている。
東京都の基準財政収入額と基準財政需要額は、次のとおり、29年度は、4兆7672億円、3兆5725億円、差引き1兆1947億円、30年度は、4兆7322億円、3兆5635億円、差引き1兆1687億円となっている[1]。
全国の地方団体の中で東京都だけが、基準財政収入額が基準財政需要額を超過し、東京都は、このような巨額の基準財政収入額の基準財政需要額に対する超過が存在する。その中で、東京都が5種類の課税標準について、標準税率を超えて、1.2倍の税率の超過課税を行っている。このように、自主財政主義の下で、標準税率制度が超えた超過課税が東京都で行われている。
3 地方交付税
(1) 地方交付税の経緯
地方税としては、税収が十分でかつ安定性と伸長性に富み、しかも地域的普遍性に富んだ租税が好ましい。しかし、これらの基準をみたすような、すべての地方団体の財政需要を満たしうる制度を作るのは不可能であって、富裕な地方団体と財政力の乏しい地方団体の間で財政力の格差を生ずることは不可避である。このため、国が財政力の弱い地方団体を支える仕組みが必要であり、地方交付税制度が設けられている。
制度の経緯としては、シャウプ勧告に基づく地方税制度の一環として、地方財政の必要に応じて毎年交付総額を決定し、それを国の特定の収入からではなく一般財源から支出する地方財政平衡交付金が設けられていたが、国と地方団体との間で紛争が絶えなかったため、昭和29年に廃止され、代わりに、所得税収の33.1%、法人税収の33.1%、酒税の50%、消費税の22.3%等を地方交付税として地方団体に配分している。
地方交付税は、国が賦課・徴収した租税を、財政力の均等化ないし補強のために地方団体に交付するものである。普通交付税(総額の95%)は、法定の基準に従って計算した各地方団体の基準財政需要額と基準財政収入額の差額、すなわち各財源不足額に応じて交付される。ただし、財源不足額の総計が、普通交付税総額を超えるときは、一定の算式で不足額を減額した額が交付される。
(2) 財政格差の調整
東京都の基準財政需要額と基準財政収入額の差額が、29年度は、1兆1947億円、30年度は、1兆1687億円となっていることについて、東京都は、「『財源超過額』は都の実態を表したものではなく、都に財源余剰があるという主張は妥当とは言えません。[2]」と主張しており、基準財政需要額は自治体の提供するサービスの実態をあらわすものではなく、基準財政需要額の算定は大都市に不利な算定方法になっていると主張している。
しかし、東京都は、1人当たりでみて標準的な自治体の2倍の税収を得ており[3]、東京都が他の自治体に比べ、豊かな財政基盤を持っていることは明らかである。