◇SH1666◇シンガポール:シンガポール裁判所が投資仲裁判断を取り消した初めての事例 青木 大(2018/02/23)

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シンガポール:シンガポール裁判所が投資仲裁判断を取り消した初めての事例

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 青 木   大

 

 2017年8月14日、シンガポールの裁判所(High Court)において、投資仲裁の仲裁判断についてその全部が取り消される初めての判決が下されたので紹介する(Kingdom of Lesotho v Swissbourgh Diamond Mines (Pty) Ltd and others [2017] SGHC 195)。

 

事案の概要

 本事案は、アフリカ南部に位置するレソト王国と、同国に投資を行った複数の投資家との間の争いである。投資家は、レソト王国の一定の区域を採掘するための賃借権を取得したが、かかる権利が1991年から1995年にかけてレソト王国により不当に収用されたと主張した。

 レソト王国は「南アフリカ開発共同体」という組織の一員であるが、同共同体は南アフリカ15カ国間における国際協定に基づき設立された組織で、同協定(以下「本協定」)は締約国が他の締約国の投資家に対して一定の保護を与えることを規定しており、締約国による協定違反について投資家は同共同体の設立する審議体(以下「本審議体」)において訴えを提起することができることも本協定に規定されている。

 投資家は、本協定に基づき、2009年にレソト王国に対して本審議体において訴えを提起した。ところが、本審議体は加盟国各国の足並みが乱れたことにより2010年にその機能を停止してしまった。

 そこで投資家は、2012年、かかる機能停止にはレソト王国自体も関与しており、本審議体において適切な救済を得る機会を不当に奪われたと主張し、そのことが本協定違反に該当するとして、新たな仲裁を提起した。

 

投資仲裁の仲裁廷の判断

 かかる新たな仲裁は、本協定に関して2010年に新たに締約国間で締結された「投資プロトコル」条項(以下「本プロトコル」)に基づき、ハーグ常設仲裁裁判所(PCA)においてUNCITRAL仲裁規則に基づき提起された。仲裁廷は、両当事者の主張を勘案の上、仲裁地をシンガポールと決定した。

 レソト王国は、①新仲裁の争いは先の賃借権の不当収用についての争いと実質的には異ならず、かかる賃借権についての争いは本プロトコルの発効前に生じたものであり、本プロトコルに基づく紛争解決手段を用いることはできないこと、②本プロトコルにおいて保護の対象とされる「投資」には、本審議体において救済を得る権利は含まれないこと、③投資家は本協定が規定する締約国裁判所での手続の完遂の要件が果たされていないこと等を理由に仲裁廷の管轄権を争った。

 2016年4月、仲裁廷は、レソト王国の主張をいずれも退け、自らの管轄権を認めた上で、賃借権の不当収用の問題について別の仲裁廷による仲裁に付託することを当事者に命じる仲裁判断を下した。さらに仲裁廷は、2016年10月、仲裁費用をレソト王国が負担すべき旨の仲裁判断を下した。そこで、レソト王国は、仲裁地であるシンガポールの裁判所に対し、両仲裁判断の取消訴訟を提起した。

 

シンガポール裁判所の判断

 シンガポール裁判所は、上記①の問題については、本仲裁における争点と賃借権の不当収用の問題は異なる問題であるとしてレソト王国の主張を退けたものの、②については、本プロトコルにおける「投資」の定義は、一般的な投資協定でよくみられる「any kind of asset」という規定よりは制限的な規定ぶりとなっていることなどから、そこには本審議体において救済を得るという投資家の二次的な権利は含まれないと判示し、仲裁廷の管轄を否定した。また、③についても、レソト王国の主張をいれ、現地裁判所での手続が完遂しておらず、この点からも仲裁廷の管轄が否定されると判示し、実体に関する仲裁判断、仲裁費用に関する仲裁判断双方について取消を命じた。

 

コメント

 同判決は、仲裁廷の管轄権については、(商事仲裁であれ投資仲裁であれ)裁判所が仲裁廷の判断に拘束されず白地の状態から再審査できる(de novo review)という、他の裁判例(Sanum Investments Ltd. v Government of the Lao People’s Democratic Republic [2016] 5 SLR 536同裁判例は「裁判所は当該問題を最初から検討しなおすべきである。その際、仲裁廷が何を述べたかは、説得的な内容であろうから、もちろん検討する。しかし、それ以上には、仲裁廷の当該問題についての判断に拘束されたり、それを受け入れたり、考慮したりすることはない。」と述べている。)において確立された立場を踏襲した上で、仲裁廷の管轄権無しとして仲裁判断を取り消した。

 シンガポールの裁判所は親仲裁的な立場(仲裁手続・仲裁判断に対する原則非介入主義)をとるということで一般的には知られているが、仲裁廷の管轄権の問題についてはこのように独自の立場から再審査を行うという立場をとっていることについては留意する必要がある(ただし、このような姿勢はシンガポールに限られたものではない。)。すなわち、仲裁廷の管轄権に関わる問題については、裁判所において紛争の実質的蒸し返しが許される余地があるため、仲裁合意のドラフティングにおいては、仲裁廷の管轄を不要に制限するような文言を用いることは極力避けるべきである。

 実際問題として、4年の年月と相当のコストをかけてようやく得られた仲裁判断が(仲裁費用に関する仲裁判断を含めて)全て取り消されるという事態は当事者(投資家側)に相当のインパクトがあったものと推察される。最終審である上訴裁判所(Court of Appeal)の判断が待たれる。

 

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