◇SH3990◇最三小判 令和3年11月2日 損害賠償請求事件(長嶺安政裁判長)

未分類

 交通事故により被害者に身体傷害及び車両損傷を理由とする各損害が生じた場合における、被害者の加害者に対する車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)724条前段所定の消滅時効の起算点

 交通事故の被害者の加害者に対する車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)724条前段所定の消滅時効は、同一の交通事故により同一の被害者に身体傷害を理由とする損害が生じた場合であっても、被害者が、加害者に加え、上記車両損傷を理由とする損害を知った時から進行する。

 民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)724条

 令和2年(受)第1252号 最高裁令和3年11月2日第三小法廷判決 損害賠償請求事件 一部破棄自判、一部却下(裁判所時報1779号1頁)

 原 審:令和元年(ネ)第2660号 大阪高裁令和2年6月4日判決
 第一審:平成30年(ワ)第1386号 神戸地裁令和元年11月14日判決

1 事案の概要

 本件は、交通事故により身体傷害や車両損傷を理由とする各損害を被ったⅩが、加害者であるYに対し、不法行為等に基づき、損害賠償を求める事案である。

 XのYに対する車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権が平成29年法律第44号による改正(以下「本件改正」という。)前の民法724条前段所定の3年の消滅時効(以下「短期消滅時効」という。)により消滅したか否かが争われた。

2 事実関係等の概要

 平成27年2月26日、Ⅹが所有し運転する車両(以下「本件車両」という。)とYが運転する車両が衝突する事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

 Xは、本件事故により傷害を負い、同年8月25日に症状固定の診断がされた。また、本件車両には、本件事故により損傷(以下「本件車両損傷」という。)が生じた。

 Xは、平成30年8月14日、本件訴訟を提起した。Xは、本件車両損傷を理由とする損害の額について、本件車両の時価相当額に弁護士費用相当額を加えた金額であると主張し、同金額の損害賠償を求めていた。これに対し、Yは、本件車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権について、本件訴訟の提起前に短期消滅時効が完成していると主張して、これを援用した。

3 裁判所の判断

 原判決は、同一の交通事故により被害者に身体傷害及び車両損傷を理由とする各損害が生じた場合、被害者の加害者に対する車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の短期消滅時効は、被害者が、加害者に加え、当該交通事故による損害の全体を知った時から進行すると判断し、Xは症状固定の診断がされた日に本件事故による損害の全体を知ったと認め、本件訴訟が提起された時点では本件車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償権の短期消滅時効は完成していなかったとして、Xの請求を一部認容すべきものとした。

 これに対し、本判決は、判決要旨のとおり判断し、Xは本件事故の日に(少なくとも弁護士費用に係る損害を除く)本件車両損傷を理由とする損害を知ったなどと認め、本件訴訟提起時には不法行為に基づく上記損害の賠償請求権の短期消滅時効が完成していたなどとして、原判決中、本件車両損傷を理由とする損害賠償請求に関する部分を破棄し、同部分につき1審判決を取り消し、同部分に関するXの請求を棄却した。

4 説明

⑴   問題の所在

 短期消滅時効の起算点である被害者が「損害及び加害者を知った時」(本件改正前の民法724条前段)とは、被害者において、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に、その可能な程度にこれらを知った時を意味するものと解されており、損害を知ったというためには、損害の発生を現実に認識しなければならないが(最三小判平14・1・29民集56巻1号218頁)、その程度又は数額を知ることは必要ないとされている(大判大9・3・10民録26輯280頁)。

 Xは、本件事故時に本件車両損傷による損害の発生を現実に認識したといえ、本件訴訟の提起時には上記損害の賠償請求権の短期消滅時効も完成していたとみるほかないようにも思われるが、本件事故によりXには身体傷害を理由とする損害も生じていることから、このように同一の交通事故により被害者に身体傷害及び車両損傷を理由とする各損害が生じた場合、短期消滅時効の起算点をどのように解すべきかが問題となる。そして、一般に短期消滅時効は請求権ごとに各別に進行するため、上記の問題は、人的損害(身体傷害を理由とする損害等)の賠償請求権と物的損害(車両損傷を理由とする損害等)の賠償請求権の異同(個数)をどのように解するのかによることとなる。

⑵   人的損害の賠償請求権と物的損害の賠償請求権の異同

 ア 不法行為に基づく損害賠償請求における請求権の個数については、多くの議論があったが、最一小判昭48・4・5民集27巻3号419頁(以下「昭和48年判例」という。)により、その少なくない部分が解決された。すなわち、昭和48年判例は、同一の交通事故により生じた同一の身体傷害を理由とする財産上の損害(治療費等)と精神上の損害(慰謝料)とは、原因事実及び被侵害利益を共通にするものであるから、その賠償の請求権は1個であるとしたが、人的損害の賠償請求権と物的損害の賠償請求権の異同については、判断していなかった。

 もっとも、昭和48年判例が示した実体法上の請求権の異同のメルクマール(原因事実及び被侵害利益)によれば、人的損害と物的損害とでは、被侵害利益を異にすることが明らかであるから、同一の交通事故により同一の被害者に生じたものであっても、人的損害の賠償請求権と物的損害の賠償請求権は異なる請求権であると解される。そうである以上、上記の各賠償請求権の短期消滅時効の起算点も、請求権ごとに各別に判断されるべきものであるといえる。

 イ なお、昭和48年判例の背景には、いわゆる慰謝料の補完的作用(当事者の主張する額と裁判所の認定額との間に差が生ずる場合に、請求額総額の範囲内で各損害項目間の流用を認めることにより妥当な結果を得ようとするもの)への配慮があったとされる。しかし、任意保険や示談契約において人的損害と物的損害は別に処理されることが少なくないことや、物的損害については原則として慰謝料が認められないことからすれば、人的損害と物的損害との間ではそのような配慮は不要であるし、むしろ、両者の被侵害利益の違いからすれば、そのような配慮をすることは相当でないといえる。

 また、被害者保護の必要性の観点からみても、同一の交通事故により同一の被害者に人的損害と物的損害の両方が生じた場合であっても、通常、被害者において、人的損害を知らなければ、物的損害の賠償請求権の行使が困難となるものではなく、その短期消滅時効について、人的損害を含めた損害の全体を知った時からまとめて進行すると解する必要性はないと考えられる。

⑶ 本判決の内容

 本判決は、以上のような考慮から上記の判断をしたものと考えられる。

 なお、本件改正前の民法724条前段は、本件改正後の民法724条1号にそのまま引き継がれており、本判決の判旨は、本件改正後においても妥当するものである。本件改正では、人の生命又は身体に関する利益は一般に財産的な利益等の他の利益と比べて保護すべき度合いが高いといった考慮から(筒井健夫=村松秀樹編著『一問一答民法(債権関係)改正』(商事法務、2018)61頁等)、人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効の特例(時効期間の延長)が定められており(同法167条、724条の2)、本件改正により、人的損害と物的損害とが被侵害利益を異にするものであることがより明らかになったということができる。

5 本判決の意義

 本件は、交通事故により被害者に身体傷害及び車両損傷を理由とする各損害が生じた場合における、被害者の加害者に対する車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の短期消滅時効の起算点という、多数の事案に当てはまる法律問題について最高裁として初めて判断を示したものであり、理論的にも実務的にも重要な意義を有すると考えられる。

 

タイトルとURLをコピーしました