◇SH2300◇最一小判 平成30年10月11日 各損害賠償請求事件(池上政幸裁判長)

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 金融商品取引法19条2項の賠償の責めに任じない損害の額と民訴法248条の類推適用

 金融商品取引法18条1項に基づく損害賠償請求訴訟において、請求権者の受けた損害につき、有価証券届出書のうちに重要な事項について虚偽の記載があり、又は記載すべき重要な事項若しくは誤解を生じさせないために必要な重要な事実の記載が欠けていたことによって生ずべき当該有価証券の値下がり以外の事情により生じたことが認められる場合に、当該事情により生じた損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは、裁判所は、民訴法248条の類推適用により、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、金融商品取引法19条2項の賠償の責めに任じない損害の額として相当な額を認定することができる。
(補足意見がある。)

 金融商品取引法18条1項、同法19条、民訴法248条

 平成29年(受)第1496号 最高裁平成30年10月11日第一小法廷判決 各損害賠償請求事件 棄却(判例集登載予定)

 原 審:平成27年(ネ)第1789号 東京高裁平成29年2月23日判決(資料版商事法務402号61頁)
 原々審:平成20年(ワ)第27292号、同第31456号、同第37903号、同21年(ワ)第20847号、第34020号 東京地裁平成26年11月27日判決(証券取引被害判例セレクト49巻1頁)

1 事案の概要等

 本件は、東京証券取引所第1部に上場されていたYの株式(以下「Y株」という)を募集等により取得した投資者であるXらが、Yが提出した有価証券届出書に係る参照書類のうちに重要な事項について虚偽の記載があり、それにより損害を被ったなどと主張して、Yに対し、民法709条、会社法350条、金融商品取引法(以下「金商法」という)18条1項又は平成26年法律第44号改正前の金商法(以下「改正前金商法」という)21条の2第1項に基づき損害賠償等を求める事案である。

 本件の事実関係の概要は次のとおりである。

 (1) Yは、東京証券取引所第1部に上場している株式会社である。

 (2) Yは、平成18年12月、関東財務局長に対し、同年9月中間期の連結純損益額につき28億1700万円の損失と記載した同中間期半期報告書を提出し、上記半期報告書が公衆の縦覧に供された。

 (3) Yは、平成19年1月、関東財務局長に対し、この半期報告書を参照書類とする有価証券届出書を提出して、Y株につき、第三者募集をした。Xらは、同月、1株391円でこれに応じ(合計3万2000株)、その後同年6月7日までに、流通市場からY株(合計4万1000株)を購入した。

 (4) Yは、平成19年6月27日、関東財務局長に対し、同年3月期の連結純損益額につき158億2500万円と記載した同期有価証券報告書を提出し、上記有価証券報告書が公衆の縦覧に供された。

 (5) Yは、平成19年9月28日、過年度の営業損失が最大で280億円加わるなど平成18年9月中間期半期報告書及び平成19年3月期有価証券報告書には誤りがあり、これらを訂正する可能性がある旨を公表するとともに、平成20年3月期の通期連結業績予測に係る営業利益につき570億円下方に修正する旨の公表をした。同日におけるY株の終値は1株361円であった。なお、同日を公表日とした場合の改正前金商法21条の2第2項により推定される損害額は1株69.66円である。

 (6) Xらは、平成19年10月、Y株を1株276円(第三者募集で取得した合計2万株及び流通市場から購入した合計1万1000株)又は269円(第三者募集で取得した1万株)で売却した。

 (7) Yは、平成19年12月12日、半期報告書の連結中間純損益額につき28億1700万円の損失を100億9500万円の損失(差額約72億円)に、有価証券報告書の連結当期純損益額につき158億2500円の利益を45億9300万円の損失(差額約204億円)に、それぞれ訂正した。Xらは、同日、Y株を1株203円(第三者募集で取得した1000株及び流通市場から購入した合計2万4000株)又は202円(第三者募集で取得した1000株及び流通市場から購入した6000株)で売却した。

 

2 原審及び最高裁の判断等

 原審は、①民法709条又は会社法350条に基づく損害賠償請求には理由がないとした上で、②改正前金商法21条の2第1項に基づく損害賠償請求については、平成18年9月中間期半期報告書及び平成19年3月期有価証券報告書に虚偽の記載があると認められ、同条2項に基づき推定した損害額(1株69.66円)から同条5項により賠償の責めに任じない額として認められる相当な額(6割)を控除した額がYの負担すべき賠償責任額であるとし、③金商法18条1項に基づく損害賠償請求については、第三者募集に係る有価証券届出書の参照書類である平成18年9月中間期半期報告書に虚偽の記載があると認められ、同法19条1項に基づいて算定した賠償責任額から、同条2項により認定した賠償の責めに任じない額(1株30円)及び民訴法248条の類推適用により金商法19条2項の賠償の責めに任じない額として認められる相当な額(6割)を控除した額がYの負担すべき賠償責任額であるとして、Xらの請求を一部認容した。なお、Xらの請求額元本は合計1200万円余りであり、原審の認容額元本は合計230万円余りである。

 これに対しXら及びYがいずれも上告兼上告受理申立てをしたところ、最高裁は、Yの上告兼上告受理申立てにつき棄却兼不受理決定をし、Xらの上告につき棄却決定をした上で、Xらの上告受理申立ての理由中、判示事項に関する点以外の部分を排除して、その申立てを受理し、判決要旨のとおりに判示して、Xらの上告を棄却した。

 

3 前提となる法令、争点及び学説等

 (1) 金商法18条1項本文は、重要な事項について虚偽記載等のある有価証券届出書を提出した者に無過失損害賠償責任を負わせるものと定めている。同法19条1項は、同法18条1項の賠償責任額として、取得価額から処分価額等を控除した額を法定している。その上で、同法19条2項は、同条1項の額から、有価証券届出書の虚偽記載等と相当因果関係のある値下がり以外の事情により生じたことが賠償責任者によって証明されたものを賠償の責めに任じないものとして減ずることを定めている。なお、同法5条4項の適用を受ける有価証券届出書に係る参照書類については、同法23条の2により、有価証券届出書を上記参照書類に読み替えるなどして同法18条1項及び19条が適用されることになる。

 (2) 最高裁における争点は、金商法18条1項に基づく損害賠償請求訴訟において、裁判所が民訴法248条の類推適用により金商法19条2項の賠償の責めに任じない損害の額として相当な額を認定することができるか否かである。

 (3) この争点については、学説上、金商法18条1項に基づく損害賠償請求訴訟において、裁判所が民訴法248条の適用ないし類推適用により金商法19条2項の賠償の責めに任じない損害の額として相当な額を認定することができるとする肯定説とこれができないとする否定説とが対立している。

 肯定説は、藤林大地「判批」金判1521号(2017)7頁等に見られるものであり、金商法19条2項が同条1項の賠償責任額から賠償責任者が証明した賠償の責めに任じない額を減ずることを許していること等を理由としていると考えられる。そして、肯定説は、次のとおり、原々判決の採用する適用説と原判決の採用する類推適用説とに分けることができる。すなわち、適用説は、同条2項の「その全部又は一部」(すなわち、請求権者が受けた損害の額の全部又は一部)に民訴法248条の「損害額」を当てはめて適用することができるとするものである。一方、類推適用説は、同条の沿革等により適用説を採用することが困難であることを前提に、金商法19条2項に民訴法248条を類推適用することができるとするものである。

 これに対し、否定説は、黒沼悦郎「判批」商事2149号(2017)4頁、飯田秀総「判批」日本取引所金融商品取引法研究10号(2018)94頁等及び神田秀樹ほか編著『金融商品取引法コンメンタール(1)〔第2版〕』(商事法務、2018)448頁〔前田雅弘〕等に見られるものであり、金商法18条1項に基づく損害賠償責任が原状回復的なものであり、同法19条1項が賠償責任額を法定するものであること等を理由としていると考えられる。

 なお、原々判決及び原判決を除き、この争点について判示した最高裁判例及び公刊物に登載された下級審裁判例は見当たらない。

 

4 本判決の立場

 (1) 金商法18条1項及び19条の規定は、請求権者にとって容易に立証することができる一定の額を賠償責任額として法定した上で、その額から、虚偽記載等による値下がり以外の事情による値下がりであることが賠償責任者によって証明されたものを減額するという方式を採用し、これにより損害塡補等の目的を実現しつつ、事案に即した損害賠償額を算定しようとするものであると解される。そして、同法18条1項に基づく損害賠償責任が生ずる場合が、有価証券届出書のうちに虚偽記載等がなければ投資者が当該有価証券を取得することがないときに限られない上、同法19条2項による減額の抗弁を認めていることからすれば、同法18条1項に基づく損害賠償責任が原状回復的なものであるとされていることを厳格に捉えることができないものと考えられる(否定説に立つ神田ほか・前掲450頁〔前田雅弘〕)も、同法19条2「項が認める減額は、18条に基づく発行会社の責任を、必ずしも原状回復的な責任としてはとらえきれないことを示している」とする)。以上のような理解は、最三小判平成23・9・13民集65巻6号2511頁における寺田逸郎裁判官の意見で示されたものと軌を一にするものであろう。そうすると、虚偽記載等による値下がり以外の事情による値下がりがあると認められるものの、性質上その額を立証することが極めて困難である場合に、そうした減額を全く認めないというのは、当事者間の衡平の観点から相当ではなく、事案に即した損害賠償額の算定という趣旨にも反することになるといえる。

 一方、民訴法248条は、損害が生じたことが認められる場合において、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときに、その損害の額を全く認めないというのは相当でないため、このような場合には、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができるとする規定である。金商法19条が政策的に設けられたものであること、民訴法248条が原告や権利者保護の観点から設けられたという同条の沿革(法務省民事参事官室編『一問一答新民事訴訟法』(商事法務研究会、1996)287、288頁)や不法行為等における「損害」は責任原因との間に相当因果関係があるのに対し、金商法19条2項の賠償の責めに任じない損害は責任原因との間に相当因果関係がないこと等からすると、被告ないし義務者からの減額の抗弁を定めた同項の「その全部又は一部」に民訴法248条の「損害額」を適用することができると解することは難しい。しかし、同条に係る制度の本質をみると、当事者間の衡平を図ることをその趣旨とするものということができるところ、金商法19条2項の適用に際し、請求権者に生じた損害が有価証券届出書の虚偽記載等によって生ずべき当該有価証券の値下がり以外の事情により生じたことが認められ、かつ、当該事情により生じた損害の性質上その額を立証することが極めて困難である場合をみると、立証責任を負う者について原告ないし請求権者と被告ないし義務者との違いがあるものの、民訴法248条を適用すべき状況に類似していると考えられる。

 (2) 以上のような検討を踏まえて、本判決は、金商法18条1項に基づく損害賠償請求訴訟において、裁判所が民訴法248条の類推適用により金商法19条2項の賠償の責めに任じない損害の額として相当な額を認定することができる旨を判示して、肯定説のうち類推適用説に立つことを明らかにしたものと思われる。

 なお、原判決は、類推適用説を採用する根拠として、専ら金商法19条2項と改正前金商法21条の2第4項の類似性を指摘する。しかし、本判決は、上記類似性を指摘しておらず、むしろ、金商法21条の2第6項のような規定が同法19条に置かれていないことは、法廷意見の採る解釈(類推適用説)を左右するものではないと判示しており、実質的に原判決の判断理由を差し替えたものであろう。

 (3) 本判決には、法廷意見の採る解釈と金商法21条の2第6項との関係に関する深山裁判官の補足意見が付されている。深山裁判官は、同条3項が損害の推定規定であることなどから、同条6項が同項に規定する場合において民訴法248条の類推適用がされたのと同様の取扱いがされることを明らかにするために設けられたものであって、金商法19条に、同法21条の2第6項のような規定が置かれていないことは、肯定説を採ることの妨げにならない旨のほか、括弧内において、適用説を採ることがあり得る旨を述べておられる。これを機会に、損害額の算定において義務者ないし被告が立証責任を負う場合における民訴法248条の適用ないし類推適用の許否に関する議論が今後深まることが期待される。

 (4) 本判決は、金商法18条1項に基づく損害賠償請求訴訟において、裁判所が民訴法248条の類推適用により金商法19条2項の賠償の責めに任じない損害の額として相当な額を認定することができるか否かという学説上争いのあった論点について、最高裁が初めて判断を示したものであり、理論上及び実務上、重要な意義を有するものと思われるので、ここに紹介する。

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