◇SH3993◇最三小判 令和4年1月18日 損害賠償請求事件(林道晴裁判長)

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 不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金を民法405条の適用又は類推適用により元本に組み入れることの可否

 不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金は、民法405条の適用又は類推適用により元本に組み入れることはできない。

 民法405条、709条、会社法350条

 令和2年(受)第1518号 最高裁令和3年11月2日第三小法廷判決 損害賠償請求事件 棄却(民集登載予定)

 原 審:平成30年(ネ)第2650号 東京高裁令和2年5月20日判決
 第1審:平成27年(ワ)第8708号 東京地裁平成30年3月22日判決(判タ1472号234頁)

1 事案の概要

 本件は、株式会社であるY1の株主であったXが、Y1における新株発行及びその後の全部取得条項付株式の全部取得が違法であり、これによりXの保有株式の価値が低下して損害を被ったとして、Y1の代表取締役であるY2に対しては民法709条等に基づき、Y1に対しては会社法350条等に基づき、損害賠償金7億8543万2784円及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。

 最高裁における争点は、不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金を民法405条の適用又は類推適用により元本に組み入れることができるか否かである(以下、この論点を「本件論点」という。)

 

2 事実関係の概要

 ⑴ Y1は、平成24年9月に設立された、ソーシャルアプリの企画、開発、販売等を目的とする株式会社であり、株式譲渡制限会社である。

 設立当初のY1の発行済株式総数は100株であり、株主の保有株式数の内訳は、Y2が63株、Xが8株、残りが3名で29株であった。

Y2は、Y1の設立以来その代表取締役であり、Xは、平成25年1月1日から同年3月4日までY1の取締役を務めていた。

 ⑵ア Y1は、平成25年3月28日、Y2に899株を1株1万円で割り当てて募集株式の発行(以下「本件新株発行」という。)を行った。その結果、Y1の発行済株式総数は999株となり、このうちY2の保有株式数は962株となった(Xの保有株式数は8株のまま)。

 イ Y1は、平成25年5月13日、発行済み普通株式を全部取得条項付株式とする定款変更を行う旨及び同株式の全部を取得する旨の株主総会決議をし、その後、同決議に基づき、Xの保有株式8株を取得した。

 ⑶ア Xは、平成27年3月30日、本件新株発行が不法行為を構成するとして、Y2に対しては民法709条又は719条に基づき、Y1に対しては同条又は会社法350条に基づき、損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を求めて本件訴訟を提起し、その訴状は、同年4月、Yらにそれぞれ送達された。

 イ Xは、平成27年6月25日、Yらに対し、民法405条に基づき、上記アの損害賠償債務について同日までに発生した遅延損害金を元本に組み入れる旨の意思表示をした。

 

3 第1審判決、原判決及び本判決の概要

 ⑴ 第1審は、本件新株発行について、Y1においてY2が主導して専らXをY1から排除する目的で行われたものであり、Xの保有株式の価値を著しく毀損するものであったことから、不法行為が成立する旨認定判断し、XのYらに対する請求を5億7469万3828円及びこれに対する遅延損害金の限度で認容した。その際、民法405条に基づき遅延損害金を元本に組み入れる旨の判断をした。

 ⑵ 原審は、第1審と同様、本件新株発行について不法行為が成立する旨認定判断した上で、第1審が認めた損害額を減額する変更をし、Xの請求のうちY2に対する民法709条に基づく損害賠償請求及びY1に対する会社法350条に基づく損賠賠償請求を、3億9998万5814円及びこれに対する平成25年3月28日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で認容した。その際、民法405条は不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金について適用又は類推適用されず、前記2⑶イの遅延損害金を元本に組み入れることはできない旨の判断をした。

 ⑶ 原判決に対してXがした上告受理申立てについて、最高裁は、本件論点に係る部分を受理した。その論旨は、大要、①大判昭17・2・4民集21巻107頁(以下「大審院昭和17年判決」という。)は、遅延利息について民法405条の適用があるとしており、原審の上記判断はこの大審院判例と相反する、②不法行為に基づく損害賠償債務に民法405条が適用又は類推適用されないとすれば、損害賠償をしない怠慢な債務者を保護することになることなどから、原審の上記判断には法令の解釈適用の誤りがある、というものである。

 これに対し、本判決は、本件論点につき判決要旨のとおり判断して、Xの上告を棄却した。

 

4 説明

 ⑴ 民法405条(法定重利)について

 民法405条は、「利息の支払が1年分以上延滞した場合において、債権者が催告をしても、債務者がその利息を支払わないときは、債権者は、これを元本に組み入れることができる。」と規定し、①「利息」の1年分以上の延滞、②債権者による催告、③債務者による当該利息の不払い、④債権者による当該利息の元本組入れの意思表示があった場合に、当該利息を元本に組み入れるものとしている。当事者は、利息制限法に違反しない限度において、契約(重利契約、重利の特約)によって利息を元本に組み入れることができるが(約定重利)、同条は、重利契約がない場合であっても、一定の要件の下に、債権者の一方的な意思表示により利息を元本に組み入れることを肯認しているものであり、「法定重利」あるいは「利息の元本への組入権」などと呼ばれている。

 民法405条は、上記のとおり、組入れの対象を「利息」と規定しているところ、「遅延利息」(遅延損害金)がこれに含まれるかについては争いがある。本件では、不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金を同条の適用又は類推適用により元本に組み入れることができるか(本件論点)が問題となっている。

 ⑵ 「利息」の概念及び文理

 まず「利息」の意義が問題となるところ、「利息」とは、元本の使用の対価として債務者が債権者に支払うべきものをいうと説示する大審院判例(大判明35・4・12民録8輯4巻34頁)があり、講学上、「利息」の概念は、「遅延利息」(遅延損害金)と区別して用いられている(潮見佳男『新債権総論Ⅰ』(信山社出版、2017)234頁等参照)。

 もっとも、債務者が元本を使用することの対価のほか、債権者が元本を使用し得ないことの対価についても、「利息」ということがある旨の指摘もされている(我妻榮『新訂債権総論』(岩波書店、1964)42頁、高橋和之ほか編代『法律学小辞典〔第5版〕』(有斐閣、2016)1325頁等)。また、大審院判例の中には、「利息」とは、流通資本より生ずる所得にして元本債務の従として支払われるものをいい、約定利息のみならず遅延利息その他の法定利息を包含するものであるなどと説示しているもの(大判明45・6・15民録18輯613頁)もある。

 そこで、民法における「利息」という文言の用例についてみると、例えば、民法491条(平成29年法律第44号による改正前のもの。現在の489条)にいう「利息」は「遅延損害金」(「遅延利息」)を含むと解されており(大判明37・2・2民録10輯70頁、最三小判昭46・3・30裁判集民102号387頁等)、民法669条は、「利息」という語を「遅延利息」の意味で用いているものと解されている(前掲大判明45・6・15、我妻・前掲139頁等)。他方で、同法375条は、「利息」(1項)を「債務の不履行によって生じた損害の賠償」すなわち遅延損害金(2項)と区別して規定しており、同法447条1項も、「利息」を「損害賠償」と区別して規定している。このように、民法における「利息」という文言の意義については条文によって広狭があるため、「利息」の文理解釈だけで本件論点の結論を導くことはできない。

 ⑶ 民法405条の立法趣旨

 民法405条の立法趣旨については、立法時の説明等によると、利息を支払わない怠慢な債務者を責め、債権者を保護することにあるとされており(『民法修正案理由書』、法務大臣官房司法法制調査部監修『法典調査会民法議事速記録 三』(商事法務研究会、1984)26頁、平井宜雄『債権総論〔第2版〕』(弘文堂、1994)32頁))、原判決もそのように判示している。また、大判大6・3・5民録23輯411頁も、債務者において著しく利息の支払を遅滞するにもかかわらず、その利息に対し利息を付すことができないものとすれば、債権者は利息を使用することができないため少なからざる損害を受けるに至ることが、民法405条が債権者にその利息に対する利息の支払を受けることを可能とした所以であり、この規定は利息の延滞に対し債権者を救済するため特に設けられたものである旨判示しており、本判決も、同条の趣旨についてこれに沿った判示をしている。

 ⑷ 大審院判例(大審院昭和17年判決)との関係

 大審院昭和17年判決は、民法405条にいう「利息」の中には「遅延利息」も含まれる旨判示している。もっとも、これは、貸金債務(金銭消費貸借契約に基づく借受金返還債務)の履行遅滞があった事案であり、その理由付けの内容にも照らすと、大審院昭和17年判決の射程は、貸金債務のような、約定利息を観念し得る契約上の金銭債務の履行遅滞の場合に及ぶにとどまるものと考えられ、不法行為に基づく損害賠償債務の履行遅滞の場合には及ばないと解される。

したがって、原判決が大審院昭和17年判決と相反するということはできない。本判決が「所論引用の上記大審院判例は、事案を異にし、本件に適切でない。」と判示しているのはその趣旨であろう。

 ⑸ 裁判例及び学説の状況

 ア 本件論点について、最高裁の判例はなく、下級審の裁判例は、元本組入れを肯定するもの(大阪地判平21・8・31交通民集42巻4号1134頁、大阪高判平26・8・29自保ジャーナル1933号21頁、東京地判平28・12・22刊行物未登載)と否定するもの(東京高判平27・5・27判時2295号65頁、大阪地判平29・3・17交通民集50巻2号309頁、東京地判平29・4・14刊行物未登載)に分かれていた。前掲東京高判平27・5・27は、不法行為に基づく損害賠償債務の特質を指摘して、その遅延損害金に民法405条の趣旨が妥当するかについて疑問を呈する趣旨の説示をしており、本件の原判決もこれと同旨の説示をしている。

 イ 学説は、従来は、大審院昭和17年判決の当否を念頭に、遅延利息について(特にどのような債務についての遅延利息であるかを明示することなく)、(a)民法405条の適用を肯定する説(我妻・前掲139頁、鈴木禄弥『債権法講義〔4訂版〕』(創文社、2001)383頁等)と、(b)否定する説(柚木馨=高木多喜男補訂『判例債権法総論〔補訂版〕』(有斐閣、1971)144~145頁、於保不二雄『債権総論〔新版〕』(有斐閣、1972)151頁等)に分かれ、不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金について貸金債務の遅延損害金との違いを踏まえた上で同条の適否を具体的に論じたものは乏しかった。これに対し、(c)潮見・前掲242~243頁は、「遅延利息」は「元本使用の対価」ではないため「利息」ではないということから、遅延利息に対する民法405条の直接適用を否定した上で、「金銭消費貸借における返済遅延の場合の遅延損害金(遅延利息)」と「不法行為に基づく損害賠償請求権の遅延損害金(遅延利息)」を区別し、前者については、元本使用の対価としての実質面を捉えたときの金銭消費貸借における利息と遅延利息との同質性を考慮して同条の類推適用を肯定するが、後者については、これを否定し、組入重利を認めるべきではないとしている(奥田昌道=佐々木茂美『新版債権総論 上巻』(判例タイムズ社、2020)188、191頁も同旨)。

 ⑹ 本判決の立場

 ア 本判決は、判決要旨のとおり判示しており、本件論点について否定説(民法405条の適用又は類推適用を否定する立場)を採ったものである。本判決は、その理由について、①不法行為に基づく損害賠償債務は、貸金債務とは異なり、債務者にとって履行すべき債務の額が定かではないことが少なくないから、債務者がその履行遅滞により生ずる遅延損害金を支払わなかったからといって、一概に債務者を責めることはできないこと、②不法行為に基づく損害賠償債務については、何らの催告を要することなく不法行為の時から遅延損害金が発生すると解されており(最三小判昭37・9・4民集16巻9号1834頁参照)、上記遅延損害金の元本への組入れを認めてまで債権者の保護を図る必要性も乏しいことを挙げて、不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金については民法405条の趣旨は妥当しないとしている。

 上記①に関しては、本件のような損害賠償債務や、逸失利益の算定が問題となる交通事故損害賠償債務のケース等では、理論上は、不法行為時に損害額が客観的に確定しているにしても、実際上は、債務者にとって賠償すべき金額が明らかでないことが少なくない。もちろん、不法行為に基づく損害賠償債務であっても、履行すべき債務の額が明らかなものも中にはあるが、「不法行為に基づく損害賠償債務」という類型としてみると、(貸金債務等の契約上の金銭債務の場合と区別できる程度に)債務額の明確性が乏しいといえる。そうすると、債務者が不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金を支払わなかったからといって、「怠慢な債務者」であるとは必ずしもいえず、本判決が「一概に債務者を責めることはできない」というのも同様の趣旨であろう。

 上記②に関しては、不法行為に基づく損害賠償債務については、催告を要することなく不法行為の時から遅延損害金が発生するとされることによって相応の債権者保護が図られているため、これに加えて更に上記遅延損害金の元本への組入れを認めてまで債権者の保護を図る必要性は乏しいといえる。

 上記①及び②に照らすと、不法行為に基づく損害賠償債務という類型については、前記⑶の民法405条の趣旨は妥当しないというべきであり、同条を適用又は類推適用すると、かえって債権者と債務者との保護のバランスを失することとなるように思われる。そのため、本判決は、否定説を採ったものと解される。

 イ 本判決は、「不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金は、民法405条の適用又は類推適用により元本に組み入れることはできない。」との法理を示したものであるが、会社法350条の責任の性質、本判決の判断内容、当事者の主張や原判決における用語法等に照らすと、ここでいう「不法行為に基づく損害賠償債務」には、民法709条に基づく損害賠償債務のみならず、会社法350条に基づく損害賠償債務も含まれているものと解される。

 なお、債務不履行に基づく損害賠償債務の場合については、もとより本判決の射程外であり、本判決が不法行為に基づく損害賠償債務の場合について否定説の結論を導く際に挙げた理由付けの一部(前記ア②)が当てはまらないからといって、これを反対解釈して肯定説を採るべきことになるわけではないことはいうまでもない。

 

5 本判決の意義

 本判決は、裁判例が分かれていた本件論点について、最高裁として否定説を採ることを明らかにしたものであり、実務的にも理論的にも重要な意義を有するものと思われるため、紹介する次第である。

 

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