◇SH2358◇最二小決 平成29年6月12日 業務上過失致死傷被告事件(山本庸幸裁判長)

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 曲線での速度超過により列車が脱線転覆し多数の乗客が死傷した鉄道事故について、鉄道会社の歴代社長らに業務上過失致死傷罪が成立しないとされた事例

 快速列車の運転士が制限速度を大幅に超過し、転覆限界速度をも超える速度で同列車を曲線(本件曲線)に進入させたことにより同列車が脱線転覆し、多数の乗客が死傷した鉄道事故について、同事故以前の法令上、曲線に自動列車停止装置(ATS)を整備することは義務付けられておらず、大半の鉄道事業者は曲線にATSを整備していなかったこと、同列車を運行する鉄道会社の歴代社長らが、管内に2000か所以上も存在する同種曲線の中から、特に本件曲線を脱線転覆事故発生の危険性が高い曲線として認識できたとは認められないこと等の本件事実関係(判文参照)の下では、歴代社長らにおいて、ATS整備の主管部門を統括する鉄道本部長に対しATSを本件曲線に整備するよう指示すべき業務上の注意義務があったとはいえない。
(補足意見がある。)

 刑法(平成18年法律第36号による改正前のもの)211条1項前段

 平成27年(あ)第741号 最高裁平成29年6月12日第二小法廷決定 業務上過失致死傷被告事件 上告棄却(刑集71巻5号315頁)

 原 審:平成25年(う)第1335号 大阪高裁平成27年3月27日判決
 原々審:平成22年(わ)第473号、第474号、第475号 神戸地裁平成25年9月27日判決

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 本件は、JR福知山線の快速電車が転覆限界速度を超えて曲線に進入し、脱線転覆して乗客106名が死亡し、493名が傷害を負ったJR福知山線脱線事故につき、JR西日本の歴代社長であった被告人3名が、検察審査会の強制起訴議決により指定弁護士から強制起訴されたという業務上過失致死傷の事案である。

 本件公訴事実は、被告人らにおいて、ATS整備の主管部門を統括する鉄道本部長に対し、ATSを本件曲線に整備するよう指示すべき業務上の注意義務があったのに、これを怠った過失があるとしている。指定弁護士は、被告人らにおいて、運転士が適切な制動措置をとらないまま本件曲線に進入することにより、本件曲線において列車の脱線転覆事故が発生する危険性を予見できた旨主張し、被告人らの具体的予見可能性の有無が争点とされたが、原々判決は、被告人らの予見可能性を否定していずれも無罪とし、原判決もこれを是認して指定弁護士の控訴を棄却した。本決定は、指定弁護士の上告を受け、被告人らの上記過失の有無について職権判示したものである。

 

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 学説上、予見可能性が過失犯の成立に必要な要件であることはおおむね異論がないが、どのような場合に予見可能性を肯定することが許されるかについては、過失犯の構造に対する理解(《修正》旧過失論、新過失論、新・新過失論)の対立と密接に関連して、見解が分かれている。このうち、予見可能性の程度については、具体的予見可能性を要求する見解と、課されるべき義務の内容如何によっては低い予見可能性で足りるとする危惧感説に分かれており、近時、注意義務が設定される時点の抽象的な危険の予見可能性で足りるとする見解も現れている。また、予見可能性の対象については、故意犯と同様に、結果及び因果経過の基本的部分が予見可能性の対象となるとする見解と、現実の因果経過についての予見可能性は不要とする見解に分かれる。

 判例上は、弥彦神社事件決定(最一小決昭和42・5・25刑集21巻4号584頁)において、過失とは結果の予見可能性とその義務、結果の回避可能性とその義務によって構成される注意義務に違反することと捉えられており、また、予見可能性の対象・程度に関し、北大電気メス事件控訴審判決(札幌高判昭和51・3・18高刑集29巻1号78頁)を初めとする下級審判例・裁判例は、結果及び因果経過の基本的部分を予見対象とする具体的予見可能性説を採用していると評価されている。予見可能性の有無が争われた最高裁判例として、ホテルの防火防災対策の不備を認識していた以上、いったん火災が起これば初期消火の失敗等により本格的な火災に発展し、宿泊客らに死傷の危険の及ぶおそれがあることは容易に予見できたとして経営者の過失を認めた川治プリンスホテル事件(最一小決平成2・11・16刑集44巻8号744頁)、ホテルニュージャパン事件(最二小決平成5・11・25刑集47巻9号242頁)の各決定や、現実に生じた因果経過を具体的に予見できなかったとしても、ある程度抽象化された因果経過は予見可能だったとして工事施工者の過失を認めた近鉄生駒トンネル火災事件決定(最二小決平成12・12・20刑集54巻9号1095頁)などがあり、具体的予見可能性を厳格に要求する立場には立っていないものと理解されている。

 

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 本決定は、まず、本件公訴事実が、鉄道本部長に対してATSを本件曲線に整備するよう指示すべき業務上の注意義務違反を問うものであること、及び、被告人らにおいて、運転士が適切な制動措置をとらないまま本件曲線に進入することにより、本件曲線において列車の脱線転覆事故が発生する危険性を予見できたことを前提とするものであることを指摘している。

 前述のとおり、過失犯の成立に必要な予見可能性の程度については具体的予見可能性説と危惧感説の対立がみられるが、今日の危惧感説も、課されるべき結果回避義務との関連において、結果が発生する可能性がかなり低いものであったとしても結果回避義務違反を肯定できる場合がある旨をいうものであって、危惧感があるというだけで必ずそれに対応する結果回避義務が生じるという見解ではないとされている。本件公訴事実は、「JR西日本管内に数多くある曲線のうち、本件曲線に特化された脱線転覆事故発生の危険性の認識(可能性)」を前提とする本件曲線へのATS整備指示義務を問うものである以上、予見可能性一般に関する解釈如何にかかわらず、そのような危険性の認識可能性がなければ、被告人らにこれを根拠とする本件公訴事実記載の注意義務があったとはいえないであろう。

 

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 その上で、本決定は、①本件事故以前の法令上、ATSに速度照査機能を備えることも、曲線にATSを整備することも義務付けられておらず、大半の鉄道事業者は曲線にATSを整備していなかったこと、②後に新省令等で示された転覆危険率を用いて脱線転覆の危険性を判別し、ATSの整備箇所を選別する方法は、本件事故以前において、JR西日本はもとより、国内の他の鉄道事業者でも採用されていなかったこと、③JR西日本の職掌上、曲線へのATS整備は、線路の安全対策に関する事項を所管する鉄道本部長の判断に委ねられており、被告人ら代表取締役においてかかる判断の前提となる個別の曲線の危険性に関する情報に接する機会は乏しかったこと、④JR西日本の組織内において、本件曲線における脱線転覆事故発生の危険性が他の曲線におけるそれよりも高いと認識されていた事情もうかがわれないこと等を挙げ、「被告人らが、管内に2000か所以上も存在する同種曲線の中から、特に本件曲線を脱線転覆事故発生の危険性が高い曲線として認識できたとは認められない」とした。

 本件公訴事実に関する前記の理解によれば、被告人らに本件公訴事実記載の過失を認めるためには、管内に数多くある曲線(半径300m以下の同種曲線に限ってみても2000か所以上)の中で、特に本件曲線がATSを整備すべき程に列車の脱線転覆事故発生の危険性が高い曲線であると被告人らが認識できたことが前提になると解される。指定弁護士は、本件公訴事実記載のとおり、本件工事による本件曲線の半径減少・制限速度低減、JR西日本における曲線へのATS整備状況、他社における過去の曲線脱線転覆事故、福知山線のダイヤ改正に伴う快速列車本数の大幅増加等からこれを肯定できる旨主張したが、本決定は、上記①~④を理由にこれを否定した。

 

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 さらに、本決定は、本件曲線において列車の脱線転覆事故が発生する危険性の認識に関し、「運転士がひとたび大幅な速度超過をすれば脱線転覆事故が発生する」という程度の認識があれば足りる旨の指定弁護士の主張に対し、「本件事故以前の法令上、ATSに速度照査機能を備えることも、曲線にATSを整備することも義務付けられておらず、大半の鉄道事業者は曲線にATSを整備していなかったこと等の本件事実関係の下では、上記の程度の認識をもって、本件公訴事実に係る注意義務の発生根拠とすることはできない。」とした。

 本決定の前段は、公訴事実記載の「本件曲線に特化された脱線転覆事故発生の危険性の認識(可能性)」を否定しているが、実体法上、本件の訴因である「鉄道本部長に対してATSを本件曲線に整備するよう指示すべき業務上の注意義務」の発生根拠は、必ずしもそのような本件曲線に特化された予見可能性がある場合に限られるものではないと解される。すなわち、本件と同様に経営者の管理・監督過失が問われた前掲川治プリンスホテル事件、ホテルニュージャパン事件の各決定は、「いったん火災が起これば、発見の遅れ、初期消火の失敗等により本格的な火災に発展し、建物の構造、避難経路等に不案内の宿泊客等に死傷の危険の及ぶ恐れがあることは容易に予見できた」という程度の予見可能性をもって経営者の過失を肯定しており、現実に生じた火災の原因・場所等、具体的火災の発生の予見可能性は問題とされていない。

 もっとも、これらの判例において経営者の過失が肯定されたのは、小貫裁判官の補足意見が指摘するとおり、火災発生の危険があることを前提として法令上義務付けられた防災体制や防火設備の不備を認識しながら対策を怠っていた等、一定の義務発生の基礎となる事情が存在したからであって、上記の程度の予見可能性のみによって過失が肯定されたわけではない。これに対し、本件においては、本件事故以前の法令上、ATSに速度照査機能を備えることも、曲線にATSを整備することも義務付けられておらず、大半の鉄道事業者は曲線にATSを整備していなかった。このことは、本件当時、曲線における脱線転覆事故を防止するためにATSを曲線に整備することが、鉄道事業者において一般的に実施すべき措置として位置付けられていなかったことを意味する。本件のような過失不作為犯における作為義務と注意義務の関係については、特に両者を峻別するか否かに関し学説上見解が分かれているが、いずれの見解からしても、結果回避義務(又は作為義務)の有無を判断する上で、以上のような法令上の規定の有無や同業者間における一般的な対策状況は、重要な考慮要素になり得るものと思われる。本決定が上記のとおり説示したのも、以上のような理解に基づくものと解される。

 

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 以上のとおり、本決定は、本件曲線に特化された脱線転覆事故発生の予見可能性を根拠とするATS整備指示義務違反の主張に対してはそのような予見可能性が認められないことを理由に、曲線一般に関する抽象化された脱線転覆事故発生の予見可能性を根拠とするATS整備指示義務違反の主張に対しては当該義務を基礎付ける客観的事情が存在しないことを理由に、これを否定している。このことは、同じ注意義務違反が問われる場合でも、当該注意義務を構成する結果回避義務の内容・発生根拠等との兼ね合いで、要求される予見可能性の内容・程度が異なり得ることを示唆している。また、本件と大規模火災事例に関する一連の判例との相違に関する上記検討からも明らかなとおり、このような注意義務(違反)の有無の判断は、前提となる事実関係に応じて当然に異なり得るものである。小貫裁判官の補足意見において、「どの程度の予見可能性があれば過失が認められるかは、個々の具体的な事実関係に応じ、問われている注意義務ないし結果回避義務との関係で相対的に判断されるべきものであろう。」と指摘されているのは、このような理解に基づくものと解される。

 

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 本決定は、事例判例ではあるが、多数の死傷者を出した大規模鉄道事故において、検察審査会の強制起訴議決により鉄道会社の歴代社長3名が起訴され、無罪が確定したという点で類例がなく、また、予見可能性と注意義務の相対性、管理・監督過失が問われた大規模火災事例と本件の相違を意識したとみられる説示がされている点において、重要な意義を有するものと思われる。

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