◇SH3947◇最三小決 令和3年6月23日 詐欺被告事件(宇賀克也裁判長)

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 人を欺いて補助金等又は間接補助金等の交付を受けた旨の事実について詐欺罪で公訴が提起された場合において、当該行為が補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律29条1項違反の罪に該当するときに、刑法246条1項を適用することの可否

 人を欺いて補助金等又は間接補助金等の交付を受けた旨の事実について詐欺罪で公訴が提起された場合、当該行為が補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律29条1項違反の罪に該当するとしても、裁判所は当該事実について刑法246条1項を適用することができる。

 刑法246条1項、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律29条1項

 令和2年(あ)第1528号 最高裁令和3年6月23日第三小法廷決定
 詐欺被告事件 上告棄却(刑集75巻7号641頁)

 原 審:令和2年(う)第62号 高松高裁令和2年10月8日判決
 第1審:令和元年(わ)第168号 松山地裁令和2年3月6日判決

1 事案の概要及び審理の経過

 本件は、人を欺いて補助金等又は間接補助金等の交付を受けた旨の事実について詐欺罪で公訴が提起された場合において、当該行為が補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「補助金等適正化法」という。)29条1項違反の罪に該当するときに、刑法246条1項を適用することの可否が問題となった事案である。補助金等適正化法29条1項は、偽りその他不正の手段により補助金等の交付を受け、又は間接補助金等の交付若しくは融通を受けた者は、5年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金に処し、又はこれを併科するとしており、同法32条には両罰規定がある(以下、両罰規定による場合も含めて「補助金等不正受交付罪」という。)。補助金等不正受交付罪の対象となるのは国庫金を財源とする給付に限られており(同法2条1項、4項。以下、補助金等不正不交付罪の対象となる金銭を「補助金」という。)、未遂犯の処罰規定はない。補助金等不正受交付罪は不正の手段と因果関係のある受交付額について成立する(最二小決平成21・9・15刑集63巻7号783頁)。

 第1審において、被告人は、詐欺罪の特別規定である補助金等不正受交付罪が優先適用されるから、刑法246条1項は適用できないと主張したが、第1審判決は、補助金等不正受交付罪が詐欺罪の特別規定であると解するのは相当でなく、刑法246条1項の適用は妨げられないと判断し、原判決もこれを是認して第1審判決に事実誤認や法令適用の誤りはないとした。第1審判決及び原判決は、①補助金等不正受交付罪は、「偽りその他不正の手段」の範囲が詐欺罪の欺く行為より広く、相手方の錯誤も不要とされている一方、犯罪が成立する受交付金額の範囲は不正の手段と因果関係のあるものに限定されており、両罪の構成要件は一方が他方を包摂する関係にはないこと、②補助金等不正受交付罪の立法経緯等を踏まえても、詐欺罪の構成要件を充足する場合に、重い詐欺罪の適用を否定する趣旨まで含まれているとは解されないこと、③仮に補助金等不正受交付罪を詐欺罪の特別規定と解すると、国の補助金を不正に受給する行為は、補助金等不正受交付罪の対象とならない地方公共団体の給付金の不正受給よりも軽く処罰され、未遂犯も処罰されないことになるが、この不均衡を合理的に説明することは困難であることを指摘している。

 被告人が上告し、詐欺罪の成立を争ったところ、本決定は、弁護人の上告趣意は適法な上告理由に当たらないとした上で、人を欺いて補助金等又は間接補助金等の交付を受けた旨の事実について詐欺罪で公訴が提起された場合、当該行為が補助金等不正受交付罪に該当するとしても、裁判所は当該事実について刑法246条1項を適用することができる旨職権判示して原判断を是認した。

 

2 説明

 ⑴ 補助金等適正化法は、昭和30年の第22回国会において成立した法律であるが、複雑な立法過程をたどっている。第19回国会に提出された法案(以下「旧法案」という。)では、補助金等不正受交付罪は、詐欺罪との権衡を重視して、懲役刑の上限は10年とされ、未遂犯の処罰規定も置かれていたが、罰則規定の創設に対する反発が強く、廃案となった。その後、補助金等不正受交付罪について、懲役刑の上限を5年とし、未遂犯の処罰規定を削除するなどの修正を加え、新法案が再提出されて成立した。

 国会審議における国務大臣や政府委員の答弁をみると、補助金等不正受交付罪は詐欺罪の特別規定ないし特別法である旨の説明が繰り返されており、補助金等不正受交付罪が優先適用されることを念頭に置いているかのようである。もっとも、相手方の錯誤についての立証困難に対処するための規定であることが強調されており、詐欺罪の要件が証明できた場合に刑法246条1項の適用を否定する趣旨までは含んでいないともとれる答弁もある。旧法案は、詐欺罪よりも量刑の選択肢を広げ、両罰規定を創設するものであり、詐欺罪に優先して適用されるとの考え方により親和的であったといえるが、その後新法案を再提出するに当たり、この考え方を維持することのもたらす不均衡について、十分な検討がされた形跡はうかがわれない。

 補助金等適正化法の立案担当者は、補助金等不正受交付罪は詐欺罪の特別規定(減軽類型)であり、詐欺罪の規定に優先して適用されるとしている(村上孝太郎『補助金等適正化法の解説』(大蔵財務協会、1955)206頁、安原美穂「いわゆる補助金適正化法について」曹時7巻10号(1955)1190頁)。この見解によれば、補助金の詐取に関しては、刑法246条1項は適用されず、補助金等適正化法29条1項のみが適用され、未遂は不可罰となる。詐欺罪の適用が排除される根拠としては、①補助金等不正受交付罪は補助金に関して詐欺罪の構成要件を包摂していること、②「刑法に正条があるときは、刑法による」旨のただし書が置かれていないこと、③詐欺罪の要件を満たす場合であっても、罰金刑を選択し、両罰規定を適用できるようにする必要があること、④構成要件や保護法益の類似する租税犯罪と同様に考えるべきであることなどが挙げられている。

 ⑵ 学説の状況をみると、かつては立案担当者の見解を支持するものが多かった。実務上の取扱いとしても、補助金と地方公共団体独自の財源による給付金等を詐取した場合、前者は軽い補助金等不正受交付罪、後者は重い詐欺罪で立件起訴されていたことがうかがわれる。しかし、次第に立案担当者の見解に疑問を呈する見解が有力になりつつあった(佐伯仁志「補助金の不正受給と詐欺罪の関係について」研修700号(2006)80頁等)。財務省主計局法規課長編集による文献では、近年まで立案担当者の見解が引き継がれていたが、最新版では、いまだ両罪の適用関係に関する判例は確立しておらず、司法当局の動向を注視する必要がある旨の記載に改められている(前田努編『補助金等適正化法講義』(大蔵財務協会、2020)141頁)。

 詐欺罪の適用は排除されないとする見解は、①補助金について詐欺罪が適用できないとすれば、地方公共団体独自の財源による給付金について詐欺罪が適用され、未遂犯が成立し得ることと均衡を失すること、②補助金等不正受交付罪と詐欺罪の構成要件は一方が他方を包摂する関係になく、一部が重なり合うにとどまっていること、③行政刑罰法規に「刑法に正条があるときは、刑法による」旨の規定がない場合であっても刑法が適用される場合はあること、④詐欺罪を適用することができる一方、補助金等不正受交付罪を適用することもできると解すればよく、罰金刑選択や両罰規定適用の余地を残しておくために両罪を特別関係と解する必要はないこと、⑤ほ脱犯等の租税犯罪について詐欺罪が成立しない理由は、租税の性格、租税法固有の体系や仕組みにあること、などを指摘している。

 ⑶ 判例の状況をみると、最一小決昭和41・2・3集刑158号235頁が、傍論において、被告人の行為が補助金等不正受交付罪に該当する場合であっても詐欺罪で起訴することができるとの理解に親和的な説示をしているが、刑法246条1項適用の可否について正面から判示したものはなかった。

 下級審裁判例としては、補助金等不正受交付罪で起訴された事案において、無罪の言渡しをするに当たり、補助金等不正受交付罪の構成要件は詐欺罪の構成要件を包摂し、特別規定となっているので、詐欺未遂としても罰し得ない旨説示した事例はあるものの(秋田地判昭和39・5・13下刑集6巻5・6号655頁)、詐欺(未遂)罪で起訴された事案において、被告人の行為が補助金等不正受交付罪に該当することを理由に刑法246条1項の適用を否定したものは見当たらない。近年、詐欺罪適用の可否が争いとなり、立案担当者の見解を明示的に否定して刑法246条1項を適用した地裁判例が複数出されていた(最近の公刊物登載事例として、大阪地判令和2・2・19判時2462号64頁)。

 ⑷ 本決定は特段の理由付けを示していないが、原判決と同様の点を考慮したものと思われる。詐欺罪と補助金等不正受交付罪の関係については、補充関係、択一関係、観念的競合等が考えられるが、詐欺罪のみで起訴された本件ではいずれの見解に立っても結論は異ならず、本決定は特定の見解を採用したものではないと解される。

 本決定は、下級審で争われることのあった法適用の問題について、立法後の実務や学説の状況等も踏まえて決着をつけたという点で、重要な意義を有すると思われる。

 

 

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