SH4125 「SNS」プラットフォームに関する文献調査と日本への示唆(1) 福永啓太/後藤晃(2022/09/07)

電子商取引・プラットフォーム取引法務

「SNS」プラットフォームに関する文献調査と日本への示唆(1)

アリックスパートナーズ ディレクター
福 永 啓 太

東京大学名誉教授
アリックスパートナーズ アカデミックアドバイザー
後 藤   晃

 

目 次

1    要旨

2    はじめに
2.1  本稿の目的と構成
2.2  筆者について
2.3  用語の定義

3    「SNS」プラットフォームの競争を制限する力に関する検討
3.1  ネットワーク効果について得られる示唆
3.2  需要者のマルチホーミングについて得られる示唆
3.3  市場画定・市場シェアについて得られる示唆
3.4  個人情報保護と競争
3.5  「SNS」プラットフォームとイノベーション

4    「SNS」プラットフォームに関する日本の当局による調査の検討
4.1  内閣官房・デジタル市場競争会議「デジタル広告市場の競争評価 最終報告」
4.2  公取委「デジタル広告分野の取引実態に関する最終報告書」
4.2.1    SNS等のユーザーを需要者とする事業分野についての検討
4.2.2    事業者を需要者とする事業分野についての検討
4.3  日本の当局による調査についての批判的検討

5    結論

文献リスト

 

1 要旨

 本稿では、海外当局による調査報告書や経済学文献を参考に、プラットフォームの競争を制限する力を分析する際に、重要と考えられる考慮要素を整理した上で、いわゆる「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)」プラットフォームの、日本における競争を制限する力の有無に関して、日本の当局が行った調査を批判的に検討する。

 デジタル分野については、プラットフォームが、オンラインサービスやデジタル技術を使ったサービスを消費者に無料で提供する一方で、広告料やユーザーデータの収集及び利用から報酬を得るとされるなど、ビジネスモデル、技術などの面で他の産業と異なる点がある。

 デジタル分野の発展を反映し、当該分野についての研究、事例の蓄積は行われている途上である。デジタル分野に関して蓄積されてきた知見を、同分野における競争法執行の枠組みに当てはめ、従前から競争法における分析で使われてきた市場シェアなどの分析ツールをプラットフォームの競争実態に合わせて適切に調整したり、新たな分析ツールの開発の必要性を検討したりする必要がある。

 直接・間接ネットワーク効果(消費者や事業者にとってのあるプラットフォームの価値が、当該プラットフォーム上の消費者や事業者の数が増えると大きくなる効果)やユーザーのスイッチングコスト(他のプラットフォームにユーザーがスイッチすることの難しさやコスト)に関して、理論的な研究が行われてきたところである。こうしたネットワーク効果やスイッチングコストは、マルチホーミング(消費者や事業者が複数のプラットフォームを並行して利用すること)の程度により大きさが異なり得る。マルチホーミングが行われていれば、プラットフォーム間でスイッチすることが容易で、コストも低くなると考えられるからである。しかし、こうした重要な考慮要素について、実証面では未だわかっていないことが多い。こうした点に関する実証的な研究は、理論的な研究の関連性や適用可能性を確認するために必要である。

 海外の競争当局は、Metaが、ユーザーに対して市場支配力を有すると主張しているが、こうした評価は係属中の訴訟における結論を待つ必要があり、現時点で確かな結論を得ることはできない。日本においては、これまでの内閣官房や公取委による調査で、プラットフォームに対する消費者や広告主の認識を調査し整理することに特に力点が置かれているように見受けられる。しかし、需要者の実際の利用方法や振る舞いを客観的な方法で理解するためには、需要者の「認識」の調査だけでは不十分で、需要者の実際の利用方法や振る舞いについての詳細な実証的分析が必要である。

 とりわけ、日本においては、LINEやTwitterなど、Metaと競合し、Metaよりもプレゼンスが大きいプラットフォームが複数存在する。さらに、他の国や地域と同様、日本でも異なるプラットフォームの間でユーザーによるマルチホーミングが行われている様子が窺える。したがって、日本において、ネットワーク効果が強く働くことや、Metaが有力な事業者であること、Metaが競争を制限する力や優越的地位を有していること、を前提とすべきではない。

 需要者として、広告主、広告代理店、広告仲介事業者、媒体社などの事業者を見た場合でも、①上述のとおり有力な競争事業者が複数存在しており、②広告主や広告代理店のMetaに対する取引依存度が小さいことを示す証拠があることから、Metaが広告主や広告代理店に対して競争を制限する力や優越的な地位を有していることを前提とすべきではない。

 個人情報保護と競争の関係に関しては、競争が促進されることが個人情報保護につながったり、消費者厚生の改善につながったりするという単純な図式にはないことが、経済学文献から示唆される。このことから、競争法を個人情報保護に関連する問題の解決方法として用いることは適切ではないことが示唆される。むしろ、個人情報保護に関しては、消費者側の利益と事業者側の利益の間の最適なバランスをとることを目的とした、既存のガイドラインの改善等による規制や産業による自助努力を用いることが適切だろう。それにより、規制の費用便益についての検討や、望ましくない結果が予期せず生じることのリスクの評価などを含む、全ての利害関係者間での議論・調整が可能となるからである。

 プラットフォームとイノベーションの関係については、これまでのところ様々な見方が提示されている。ある見方においては、新規参入者が既存のプラットフォームの事業分野への参入を避けることや、既存のプラットフォームが競争者となる可能性があるスタートアップ企業を買収することが潜在的な競争への弊害として重視される。別の見方では、既存のプラットフォーム自身の研究開発投資やスタートアップの買収がイノベーションの促進要因として重視される。政策立案者や規制当局は、事案ごとの個別の事情を勘案することなく、いわゆる「SNS」プラットフォームがイノベーションを阻害するという一般化した前提条件に依拠するべきではない。

 

2 はじめに

2.1 本稿の目的と構成

 日本におけるデジタルプラットフォーム規制に関しては、独占禁止法、個人情報保護法等に加え、「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」(以下、透明化法)が新しく2021年2月1日に施行されたところである。

 透明化法では、特に取引の透明性・公正性を高める必要性の高いデジタルプラットフォームを提供する事業者を「特定デジタルプラットフォーム提供者」として指定した上で、特定デジタルプラットフォーム提供者に対しては、取引条件等の情報の開示及び自主的な手続・体制の整備を行い、実施した措置や事業の概要について、毎年度、自己評価を付した報告書を提出することが義務付けられている。2021年4月1日には、物販総合オンラインモールの運営事業者3社(具体的には、Amazon、楽天及びYahoo!)と、アプリストアの運営事業者2社(具体的には、Apple及びGoogle)が特定デジタルプラットフォーム提供者として指定された。

 2021年4月27日の内閣官房・デジタル市場競争会議においては、新たにデジタル広告分野を透明化法の対象に追加することなどが提言され、同年6月18日には、デジタル広告分野を透明化法の対象に追加するとの方針が閣議決定された[1]。2022年6月3日現在、デジタル広告分野を透明化法の対象に追加する政令の改正がパブリックコメントに付されている。透明化法は、変化のスピードが速い分野において事業者によるイノベーションを通した課題解決を促すことが目されており、デジタル広告市場の課題解決に適した枠組みとされている[2]

 公正取引委員会の古谷一之委員長も、デジタル分野はイノベーションなどの変化が速いことや、迅速な競争の回復や競争環境の整備に関して、これまでの独禁法の仕組みで対応できるのかという懸念があるとし、独禁法の執行に当たっては、事案に即して機動的に法執行を積極的に行うこと、その上で、競争状態のスピーディーな回復を図る対応をとることの必要性を強調している[3]

 このように、日本政府は、デジタル分野の変化のスピードが速いことを念頭に、特定のデジタルプラットフォームに対する規制の取り組みを積極的かつスピーディーに進めてきている。

 デジタル分野に関して特定した規制が必要とする見方においては、デジタル分野のいくつかの特徴が強調されている。とりわけ、デジタルプラットフォームは、例えばいわゆる「SNS」プラットフォームを利用するユーザー(消費者)と、当該ユーザーをターゲットとする広告サービスを利用する広告主等、異なる複数の需要者グループのニーズを同時に満たす必要があるという性質を有する、二面市場に直面しているといわれる。

 二面市場においては、一方の側の需要の拡大が、同じ側の需要の拡大につながるという直接ネットワーク効果や、一方の側の需要の拡大が、別の側の需要の拡大につながるという間接ネットワーク効果が働くことで、需要が一事業者のみに集中し、当該事業者が市場支配力を高めることで競争への弊害が生じ、需要者の厚生が減少するおそれがあるという議論がある。一方で、デジタルプラットフォームは、イノベーションの促進と二面市場の特性によって需要者の厚生を増大させているという議論もある。

 したがって、デジタルプラットフォーム規制に取り組む規制当局は、消費者と事業者が関連する複雑な分析対象に迅速に取り組むという難度の高い対応を迫られている状況にある。

 こうした状況を背景に、本報告書では、日本に焦点を当て、いわゆる「SNS」プラットフォームであるMetaが日本において競争を制限する力を有するか否かの検討に資するために、海外当局による調査報告書や経済学文献を参考に、重要と考えられる考慮要素に関して検討を行う。その上で、我が国において、デジタル広告分野が新たに透明化法の対象に追加されるに当たって、関連する重要なデジタル分野であるいわゆる「SNS」において主要な事業者の一つと目されるMetaの競争を制限する力の有無について、どのような観点で分析を行うべきかの手がかりを得ることが本稿の目的である。

 本稿の構成は以下のとおりである。まず、3章で、海外当局による調査報告書や経済学文献等に基づき、プラットフォームの市場支配力の有無に関する重要な考慮要素について整理・検討し、Metaが日本において競争を制限する力を有するか否かの検討する上での示唆を得る。

 4章では、日本の当局によるいわゆる「SNS」プラットフォームに関する調査やそれに基づく日本の当局の見解について紹介する。さらに、海外当局による調査報告書や経済学文献から得られる示唆に照らし、日本の当局による調査を批判的に検討し、Metaが日本で、競争を制限する力を有するといえるか否かを検討する。

 5章では本稿の結論を与える。

 

2.2 筆者について

 本稿は、福永啓太(アリックスパートナーズ ディレクター)と、後藤晃(東京大学名誉教授、アリックスパートナーズ アカデミックアドバイザー)が執筆した。

 福永は、コンサルティング会社、公正取引委員会企業結合課を経て、現在、アリックスパートナーズの日本における経済分析及び法規制関係のコンサルティングチームのリーダーを務めている。独禁法事案や紛争事案を中心に経済分析コンサルティングサービスを提供している。

 後藤は、一橋大学経済学部教授、東京大学先端科学技術研究センター教授などを経て、2007年から2012年まで公正取引委員会委員を務めた。その後、政策大学院大学教授を経て、現在、アリックスパートナーズのアカデミックアドバイザーとして独禁法事案を中心に経済分析に関するアドバイスを行っている。主要な日本語の著作として、「産業組織と技術革新」東京大学出版会、「イノベーションと日本経済」岩波新書、「独占禁止法と日本経済」NTT出版、「イノベーション 活性化のための方策」東洋経済新報社などがある。

 なお、本調査はFacebook Japanの助成により行われた。本稿で示された見解や意見は、福永・後藤(以下、筆者ら)のものであり、筆者らが属する組織、Facebook JapanあるいはMetaの見解や意見を表したものではない。

 

2.3 用語の定義

 本稿において、「プラットフォーム」は、ある特定のオンラインサービスが提供されるインターネットサイト等、場の概念を表す場合もあるが、プラットフォームサービスを提供する事業者を指す場合もある。「Facebook」は、Facebookのブランドで提供される、ユーザーが交流する場としてのプラットフォームを表す。「Meta」はFacebook、Instagram、WhatsAppといったサービスを運営している事業者である。「Facebook Japan」はMetaの日本における組織である。

 「SNS(Social Networking Service)」は、英国Competition & Market Authority(以下、CMA)などがいうソーシャルメディアサービスと同義で用いる。後述する、CMAによるプラットフォームに関する調査は、ソーシャルメディアプラットフォームを、「消費者同士のコミュニケーションや、コンテンツの共有・発見など、消費者が互いに交流する場を提供するプラットフォーム」として定義している。この定義では、「SNS」として、Facebookのほか、YouTube、Snapchat、WhatsApp、Instagram、TikTok、Twitter、LinkedIn、Pinterest、Reddit、Tumblrが含まれる(この限りではない)。またこの定義は、後述する、公取委による日本における「SNS」等に関する調査と概ね整合的であると考えられる(同調査では、日本における「SNS」等として、LINE、Facebook、Instagram、Twitter、YouTube、Pinterest、LinkedIn、WhatsApp、WeChat、カカオトーク、Snapchat、TikTok、mixi、ニコニコ動画などが含まれる)。

 なお、本稿は、独禁法上の「一定の取引分野」(あるいは海外競争法上の「関連市場」)が、SNS/ソーシャルメディアサービス、ディスプレイ広告等、特定の狭い範囲で画定されることを前提とするものではない。市場画定は個別事案ごとに事実に基づいて行われるものであり、本稿の射程外である。

(2)につづく

 


[1] 経済産業省、「デジタルプラットフォーム取引透明化法の対象追加(デジタル広告市場)について①」、内閣官房・デジタル市場競争会議 ワーキンググループ配布資料1。(https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/siryou1-1.pdf

[2] 内閣官房・デジタル市場競争会議「デジタル広告市場の競争評価 最終報告」(令和3年4月27日)36頁。(https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/siryou3s-1.pdf

[3] 令和3年 委員長と記者との懇談会概要(令和3年10月)。
(https://www.jftc.go.jp/houdou/kouenkai202009-/211028kondan.html)

 


(ふくなが・けいた)

コンサルティング会社、公取委企業結合課を経て、現在、アリックスパートナーズの日本における法規制関係のコンサルティングチームのリーダーを務める。独禁法事案や商事紛争事案を中心に経済分析コンサルティングサービスを提供している。

 

(ごとう・あきら)

一橋大学経済学部教授、東京大学先端科学技術研究センター教授などを経て、2007年から2012年まで公正取引委員会委員を務める。その後、政策大学院大学教授を経て、現在、アリックスパートナーズのアカデミックアドバイザーとして独禁法事案を中心に経済分析に関するアドバイスを行っている。
主要な日本語の著作は、『日本の産業組織と技術革新』(東京大学出版会、1993)、『イノベーションと日本経済』(岩波書店、2000)、『独占禁止法と日本経済』(NTT出版、2013)、『イノベーション 活性化のための方策』(東洋経済新報社、2016)など。

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