わが国におけるヘッジファンド・アクティビズムに対する法的対応と課題(7)
成城大学法学部
教授 山 田 剛 志
バークレイズ証券株式会社
金融法人部長・マネジング・ディレクター 井 上 健
5. 対象企業によるアクティビスト・ファンドへの対処方法
(1) コーポレートガバナンス・コードと日本市場の変化
アクティビスト・ファンドからのアプローチに対して、企業側はどのような対応をすべきなのであろうか。一昔前には、日本企業の経営者の中にはアクティビスト・ファンドとの接触を一切拒否する企業もあった。これは、一部のアクティビスト・ファンドの主張が稚拙で筋悪のケースが多かった面も考えられる。アクティビスト・ファンドは「悪者」、「乗っ取り屋」、「会社の解体屋」であるという極めて悪いイメージが[1]、このような過剰な拒否反応を引き起こしていた原因の一つと考えられる。また、サラリーマン出身の社長が大半を占める日本の大企業からすると、一部の外部株主が素人同然の主張を声高に振りかざすことは、「日本企業の文化(コーポレート・カルチャー)」や「日本的な経営」を破壊するものであり、心理的に到底受け入れられないという側面もあったと考えられる[2]。
しかしながら、コーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードが導入され、株主との「建設的な対話」が重視されるようになった[3]。「失われた20年」を経て、日本企業の競争力回復、成長力強化のためには、ガバナンス改革を通じた経営陣に対する規律強化が求められるようになり、この文脈の中で、日本においてもアクティビスト・ファンドの有する役割が見直されてきたと考えられる。アクティビスト・ファンドについても株主である以上、企業側が真摯に対応することが求められるようになったと言える。したがって、このような時代背景からすると、アクティビスト・ファンドからのアプローチを全く無視するということは、株主軽視と見られかねず、取締役が株主に対して負っているフィデューシャリー・デューティー(fiduciary duty)の観点からも問題であり、日本企業にとって、もはや取り得ない選択肢と言えるだろう。とりわけ、最近の大手著名アクティビスト・ファンドは、しっかりとした企業分析を行った上で、それなりに合理的な経営改善要求をしてくることが多いことから、企業側としては、「是々非々」の立場で、アクティビストからの要求・提言の中で傾聴に値するものについては、むしろ積極的に自らの経営戦略の中に取り上げ、業績改善や株式価値向上に向けて必要なことは実行していくことを示す姿勢が求められると考える。
次回以降では、アクティビストからのアプローチに対して、企業側がどのように対応すべきか、(ⅰ) アクティビスト・ファンドからのアプローチを受ける前における平時の対応と (ⅱ) 実際にアクティビストからのアプローチがあってからの有事の対応、の二つに分けて整理する。
[1] 日本においては、1990年代後半から2000年代前半に、村上ファンドやスティール・パートナーズなどが、数多くの日本企業を対象に、敵対的買収やアクティビスト・キャンペーンを積極的に展開したが、かなり度を過ぎた主張(一部で的外れな主張)が散見されたことやインサイダー取引に関わる刑事事件等もあり、日本社会一般におけるアクティビスト・ファンドに対するイメージはかなり悪化したと思われる。また、最たる事例として、経済産業省の当時の事務次官が、スティール・パートナーズ等の投資ファンドを引き合いに、「経営者を脅す悪い株主」という発言もあったとされる(2008年1月)。(開示資料、新聞報道等による)。
[2] (アクティビスト・ファンドではないが)サーベラスが西武鉄道に対して敵対的買収を試みた際(2013年)、サーベラスは西武鉄道のリストラ策として、西武球団の売却、不採算鉄道路線の廃止等を求めたとされるが、沿線住民、従業員、関係自治体などの総反対を受け、結局、失敗に終わった。株主の利益を第一に考える外資系ファンドからすると、球団売却や不採算路線の廃止は、ある意味で当然の要求とも考えられるが、各種ステークホルダーの利益を広く考慮する日本的文脈の中では、自己中心的で高圧的な主張と受け止められた面がある。(日本経済新聞等の記事から、筆者等の検討)。
[3] コーポレートガバナンス・コード 原則5-1