SH3603 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第8回 第1章・幹となる権利義務(1)――工事等の内容その6 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2021/04/28)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第8回 第1章・幹となる権利義務(1)――工事等の内容その6

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第8回 第1章・幹となる権利義務(1)――工事等の内容その6

6 完全合意条項

 a. 概要

 完全合意条項は、英語ではEntire Agreement Clauseと呼ばれ、国際的な契約でしばしば見られるものである。様々なバリエーションがあるが、共通項としては、契約当事者間の法律関係を明確化し、無用な紛争を回避することが目的であることと、そのために、当該法律関係を契約書においてできる限り定め、その内容確定のために、契約書以外の書類や事実関係はできる限り参照しないようにすることを企図していることが指摘できる。

 このように合理的な目的のある条項であり、有益なことが多いと考えられるが、以下のとおり、法的な効果が複数あるため、どの効果を求めるかを明確に意識しながら、完全合意条項を定めるべきである。

 

 b. 事前の合意に基づく契約条項の修正ないし変更を排除すること

 これは、事前の合意を理由として、契約書の文言に反する解釈を許さないという定めである。たとえば、契約書の作成前に別途異なる合意内容で書面を作成しており、その書面が正しく、契約書の内容が誤りであると主張しても、その主張は排除されることになる。

 契約書の文言に安定性を持たせる観点から、基本的に望ましい定めといえるものの、この定めがないとしても、契約書の文言は、特に企業間取引においては、基本的に尊重される。したがって、実際にこの定めが意味を持つ場面は、必ずしも多くないと考えられる。

 

 c. 事後の合意に基づく契約条項の修正ないし変更の要件(遵守が必要な手続)を定めること

 事前の別途の合意は、上記のとおり完全に排除できる。これに対し、事後の合意を完全に排除することはできない。事後的に事情が変わり、契約条項の修正ないし変更が必要となる可能性が、否定できないためである。

 もっとも、担当者間の口頭でのやりとりで、契約条項が修正されたか否かというような争いは、排除することが望ましい。そこで、事後の合意に基づく契約条項の修正ないし変更の要件として、換言すれば、当該修正ないし変更のために必要な手続として、契約当事者双方の権限ある者が署名した書面による合意がない限り、契約条項が修正されないなどと定めることが多い。このような定めは、無用な争いを回避する観点から、基本的に望ましいと言える。前記b.の定めと異なり、実際に意味を持つ場面も、相応に考えられる。

 別の要件の定め方として、FIDICのRed BookおよびYellow Bookにおいては、Engineer(エンジニア)しかInstruction(指示)を出せないし、Variationによる契約内容の変更を認めることはできない(Engineerについては、追って別の章で解説する)。すなわち、契約当事者であるEmployerおよびContractor間で、指示ないし契約内容への変更承認をしたとしても、原則として法的効力を有しない定め方となっている(法的効力を持つには、所定の手続によるAmendment(契約の変更)が必要である)。

 実際には、EmployerがContractorに対して、様々な指示を出すことがあるものの、上記のとおり、このような指示等によっては契約内容が変更しないことが明らかにされている。これにより、契約内容がより明確になるとともに、Contractorとしては、かかる指示等に従う必要がないことの理論的根拠を得ることになる。

 ただし他方において、Contractorとしては、上記各ルールのもとでは、所定の手続によらない、口頭でのやりとりや、Employerからの指示等によっては、自らの立場を守れないことに留意する必要がある。たとえば、実務上、Employer側の様々な要望に従うことの積み重ねの結果、当初の設計から変更になることがある。これも所定の手続に従っていなければ、Contractorとしては、設計と異なる工事をしたとして契約違反の責を問われたり、正式なVariationではないとして工期延長や増加費用の請求を拒否されたりするおそれがあるため、留意が必要である。

 

 d. 黙示的な表明、保証等の義務ないし責任を排除すること

 契約書に定められていなくても、一般的に適用される法令によって、当事者間に権利義務関係が発生する。日本法でいえば、工事の請負契約を締結すると、契約書に定めがない事項については、民法の請負、契約総則、債権総則、民法全体の総則等の規定が適用される。

 これは、見方を変えると、契約書によって、民法等の規定内容を修正しているということである。すなわち、民法等が定める法律関係が所与のものとしてあるところ、契約書を作成することによって、重なる点については、契約書の内容が優先し、民法の規定は適用されないことになる。これに対し、契約書の定めがないところでは、引き続き、民法の規定が適用されることになる。

 余談であるが、このように日本法の契約書は適用法令を前提として作成されるため、その作成作業に際しては、六法等を用いて、民法、商法等の適用法令を参照し、このうち契約書によって何を修正し、何を維持するかを意識することが重要である。

 日本法以外においても、契約書とともに一般法令が適用され得るのであり、したがって、契約書に定められていない表明、保証等の義務ないし責任が、一般法令によって生じる可能性は否定できない。

 加えて、契約書の解釈として、明示的に規定されていない表明、保証等の義務ないし責任を導くことも、不可能ではない。契約解釈においては当事者の意図を探求するアプローチがとられることが多いところ(日本では、「合理的意思解釈」などと称される)、このアプローチからは、契約書の文言から離れた、黙示的な表明、保証等の義務ないし責任を導くことも可能である。

 これらは、義務ないし責任を負う側からすると、予測可能性が低いリスクとなるため、排除を望むこととなる。そこで、表明、保証等の義務ないし責任は契約書で網羅的に定めることを前提に、明示的に規定されていない(すなわち黙示的な)表明、保証等の義務ないし責任の排除を定めることがしばしばある。

 このような定めが望ましいか否かは、立場により大きく異なり、Contractorのように表明、保証等の責任追及を受ける可能性が高い当事者からすれば、このような定めは望ましく、逆に、Employerのようにかかる責任追及をする可能性が高い当事者からすれば、このような定めは望ましくない。中立的な観点からは、表明、保証等の義務ないし責任を契約書で網羅的に定めきることが現実的にできるか否かが、一つの判断要素であるが、一概には決め難い事項である。

 

 e. 契約書締結時までに作成された証拠を排除すること

 以上は、完全合意条項が、実体的な権利義務の内容に関して効果を有する場合であるが、裁判または仲裁における手続的なルールとして効果を有する場合がある。具体的には、契約書締結時までに作成された証拠を排除することが明文の条項として定められている場合に、かかる法的効果が認められる場合である。前記a.の場合と意図するところは類似するが、これを証拠排除という手続的な方法によって実現しようとするものである。

 なお、かかる定めは、基本的には、英米法系の証拠法を前提としており、日本法ではあまり見られない。日本法では、民事事件では証拠法は緩やかであり、基本的にあらゆる証拠が審理の対象となることも、その背景にあると考えられる。

 

 f. 小括

 以上、完全合意条項には、様々なバリエーションがあり、法的効果も複数のものがある。この中で、契約毎に適したものを検討することになるが、一つ留意するべきこととして、完全合意条項にも限界がある。それは、第2回および第4回で述べた契約書の限界であり、契約書の文言からは適用されるべきルールが一義的には定まらない場面が不可避的に生じること、換言すれば、契約の解釈が必要になることである。完全合意条項を定めたからといって、この限界が消えるわけではない。

 すなわち、完全合意条項は、以上述べたとおり、契約の解釈にまつわる争いを回避ないし軽減するするものではあるが、契約の解釈自体を否定するものではない。契約書の文言だけで決めきれない場合は、完全合意条項のもとでも基本的には、契約書外の事情を一定程度考慮の上、契約の解釈が行われることになる。

 したがって、完全合意条項を定めたとしても、契約文言の明確化が必要であることに、何ら変わりはない。

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