フィリピン:労働力のみの請負の禁止
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 坂 下 大
フィリピンはシンガポール等と比較すると労働者保護に厚い労働法制を有し、例えば従業員の解雇の際には正当な理由が要求され、また一定の手続の履践が求められる。このため、フィリピン企業が自社の事業に必要な労働力を自らの従業員として確保することに慎重になり、外部業者への業務委託(請負)によってかかる労働力を賄う例もみられるが、このような場合、フィリピン法上「労働力のみの請負(labor-only contracting)」が禁止されていることに留意する必要がある。日本においても、外部からの労働力の確保(例えば自社の業務を処理する他社の従業員に自ら指揮命令を行うこと)については労働者派遣や労働者供給に関する一定の制限があるが、かかる制限を遵守せずに、実体は労働者派遣等であるにもかかわらず業務処理請負の形式を偽装するいわゆる「偽装請負」が問題となることがある。フィリピンでも同様に、上記規制を遵守しない請負の例が社会問題化しており、近時当局がその取締りを強化していることも相俟って、日系企業を含むフィリピン進出企業における法務の大きな関心事ともなっている。
1. 労働力のみの請負とは
フィリピン労働法及びその関連法令(労働雇用省令2017年174号等)上、以下のいずれかに該当する請負のアレンジは、「労働力のみの請負」に該当し、禁止される。
- ⑴ (i)請負業者が実質的な資本を有しない(払込資本金5百万ペソ(約1,000万円)未満がこれに該当)、又は請負業者が道具・器具・機械・監督・労働場所等について投資を行っていない場合で、(ii)請負業者の従業員が発注者の主要な事業に直接関連する業務に従事する場合
- ⑵ 請負業者が請負業務に従事する従業員の職務について管理監督を行わない場合
また、同省令上、大要以下の要件の全てを満たす場合にのみ、請負による業務の外注が認められるとされている。
- ⑴ 請負業者が、自己の方針及び方式に基づいて、自らの責任で独立した事業を行っていること
- ⑵ 請負業者において、請け負った業務を遂行するための実質的な資本(払込資本金5百万ペソ(約1,000万円)以上)を有すること
- ⑶ 請負業者が、請負業務の遂行に係るあらゆる事項(請負業務の結果を除く。)について、発注者のコントロール、指示を受けないこと
- ⑷ 発注者と請負業者の間の契約において、請負業者の従業員の労働法上の権利保護、福利厚生の遵守が確保されていること
上記の要件に加えて、請負業者において労働雇用省に所要の登録を行うことも必要である。
上記に反する違法な請負が行われた場合には、発注者が当該請負業務に係る従業員の雇用者であるとみなされる。外部業者への業務委託(請負)を行う場合には、当該業務委託が上記の要件に照らして適法なものであるか、慎重に確認する必要がある。例えば、オフィスの清掃や警備等の非中核業務については、上記要件を満たす適法な請負であると整理しやすい例も多いと思われるが、製造業を営む企業において工場のライン業務を外部に委託する場合等は、当該アレンジの適法性についてより慎重な検討が求められるであろう。
2. 近時の状況
実際には、上記規制に照らして違法とみられる請負の例は少なからず存在するようである。当局は近時かかる違法な請負に対する取締りを強化しており、本年5月には、現地の大手通信会社が、「労働力のみの請負」によって違法に労働力を確保しているとして、請負業務に従事していた約7,000人超の直接雇用と、これらの従業員に係る約5,000万ペソ(約1億円)の未払賃金の支払を労働雇用省に命じられた(会社による異議申立てが却下された)との報道もある。
また、ドゥテルテ大統領もこの違法な請負の撲滅に注力する姿勢を見せており、本年5月1日(メーデー)には、「労働者の解雇されない権利、団結権、団体交渉権、及び団体行動権等を不当に奪う請負等の契約を禁ずる」旨の大統領令(2018年51号)を公布した。当該大統領令は、上記の抽象的な内容を中核条項とする比較的簡潔なもので、これ自体によって新たな規制が設けられたということはないと考えられるが(この点、主要な労働組合等からは、当該大統領令に実質的な意味はなく、労働者保護のためのさらなる規制が必要である旨の批判がある一方、これ以上の規制を懸念する企業団体等からは、労使のバランスをとったフェアな内容の大統領令である、との見解も示されている模様である。)、ドゥテルテ大統領はメーデーのスピーチにおいて、労働者の権利を保護するためにはかかる大統領令では不十分であり、労働法の改正によってさらなる対応を行う予定である旨コメントしている。今後の法改正によって業務委託(請負)に関するさらなる規制が設けられる可能性もあるため、引き続き注視が必要である。