実学・企業法務(第151回)
法務目線の業界探訪〔Ⅲ〕自動車
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
〔Ⅲ〕自動車
7. 自動車の事故・事件 三菱自動車工業(以下、「M」という)の2つの事例
〔例1〕 リコール隠し
3. 社員2名の「業務上過失致死傷罪」を認定した最高裁判決[1]
〔要旨〕
M製ハブの開発にあたり客観的な強度が確かめられていなかったこと、ハブの輪切り破損事故が続発していたこと、他の現実的な原因を考え難いこと等から、「中国JRバス事故」の処理の時点で、ハブには強度不足があり、かつ、その強度不足により2002年1月の事故のような人身事故が生ずるおそれがあった。
これを予見することは、X(Mの品質保証部門の部長)又はY(Mの品質保証部門の担当グループ長。バスのボデー・シャシーを担当。)の両名にとって十分可能であった。
予測される事故の重大性、多発性、Mが事故関係の情報を一定に把握していたこと等を考慮すれば、X・Y両名には、その時点において、ハブを装備した車両につきリコール等の改善措置の実施のために必要な措置をとり、強度不足に起因するハブの輪切り破損事故が更に発生することを防止すべき業務上の「注意義務」があった。
これを怠り、ハブを装備した車両につき措置を何ら行わずにその運行を漫然放置したX・Y両名には業務上の「注意義務」に違反した過失があり、その結果、ハブの強度不足に起因して2002年1月の事故(1名死亡、2名傷害)を生じさせたと認められる。
「業務上の注意義務違反」と「事故」の間に「因果関係」があるので、XとYにつき「業務上過失致死傷罪」が成立する。
4. 過去の再発防止策が功を奏さなかった原因[2]
- ・ 過去のMの取り組みは「リコール隠し」等の品質問題ばかりで、その対策に意識と力が集中した。
- ・ コンプライアンスの課題を提起しても、会社が是正する姿勢を見せなかった。
- ・ 現場に、「コンプライアンスは報告書作成等の業務を増やし、本来業務を妨げる」という意識があった。
-
・ 2004年当時、Mは会社存亡の危機にあり、極限状態でさまざまな業務が行われた。
―人材(特に、技術者)の流出
―事業再生計画に基づく厳しい経費削減措置を実施(低燃費技術の研究開発がほとんど停滞)。
―三菱グループ3社(三菱重工、三菱商事、東京三菱銀行)から財政支援・役員派遣。
(注) 2004年4月に提携先のDCが撤退表明してMの資金繰りが逼迫したのを、3社が救済。
―2004年問題が品質情報の不適切処理に集中し、会社の問題意識が品質情報に限定された。
このため、Mが「燃費虚偽表問題」を把握する機会があった(後記)のを見逃した。