債権法改正後の民法の未来 52
多数当事者間の決済に関する問題(一人計算)(3・完)
関西法律特許事務所
弁護士 山 形 康 郎
Ⅳ 立法が見送られた理由
- ア) 中間的な論点整理までの議論(いわゆる第1読会での議論)において、この論点を民法に規定することについての理解が十分に得られたとはいえず、これを受けてその後の検討対象から外れたものと思われる。
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イ) もっとも、中井委員が指摘した(第13回議事録48頁以下)とおり、法制審において本来、検討対象として考えていたものは、集中決済システムの実情をもとで生じている関係当事者間で発生した一つの債権が、CCPへの債権、CCPからの債権の二つの債権に置き換わっている法律関係を説明する法概念を規定することと、その場合の取引の安定性を確保するための規律であり、集中決済システムの全体像を民法で規律する提案ではなかった。
しかし、議論自体が、集中決済システムの制度自体(CCPを含め)を民法で規定すべきかどうか、という点に流れてしまい、検討の方向での集約が困難となったことも否定できず、その後の検討対象から外れた実質的理由となっていったようにも思われる。
もっとも、抽象化された法概念を検討対象としていると言っても、どうしても具体的な集中決済システム及びこれを支えるCCPと密接な関連性がある以上、これを切り離して議論すること自体も困難であったと思われる。さらに、実際の取引の現場で、その法概念がないことに伴う不都合な状況が具体的にも生じておらず、新しい概念等の導入に消極的であった(CCPの実例として紹介されている国債の決済(株式会社日本国債清算機関をCCPとする)、株式等の決済(株式会社日本証券クリアリング機構または株式会社ほふりクリアリングをCCPとする)、などとも関連する団体である日本証券業協会自体が平成22年12月27日付意見書において、「現行の特別法制の下で安定的に運用されている実務に影響を与えるような新たな概念及び規律の導入は、徒に経済的負担を生じさせたり、実務を混乱させたりするおそれがあるので好ましくない」との意見を表明している(第27回会議(平成23年6月7日開催)添付資料))、という事実も、検討の時期尚早感をより強めたのではないかと推察される。
Ⅴ コメント
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ア) 一つの債権が、CCPへの債権、CCPからの債権の二つの債権に置き換わっている法律関係を説明する法概念を規定すること自体の有用性及びその弊害については、現在の法律構成(CCPによる免責的債務引受とCCPの債権取得の組み合わせ)を前提とした場合の問題点が未だ顕在化していなかったことが、さらなる議論の深掘りに至らなかった理由とも思われる。
実際には、こうした議論を深めていくことにより、現行の集中決済システムのみならず、多数当事者間(例えばグループ企業間)での決済の円滑化のための展開なども考えられたところであり、論点対象から早期に外れたことは議論の機会を失ったものとして残念ではある。
仮に、現行の集中決済システムのもとで具体的な問題点が生じた際には、本提案内容及びなされた議論を参考にして、基本法であれ、特別法であれ、問題の解決に努めていくことが期待される。 -
イ) 一方で、こういった議論がなされている中でも、技術の進歩は、日進月歩で目を見張るものがあり、検討開始時には一般的な場面では議論の対象とすらなっていなかった発想の異なるブロックチェーンなる概念・技術が進化を遂げ、今やさまざまな場面で議論の対象となっている。
こうした概念に基づくシステムが決済の場面にも導入されてくるとすれば、民法制定以来、議論してきたこととは、全く異なる法概念が必要とされる時代が来ることも否定できない。
新しい技術がもたらすシステムにおいて従来の法概念で解決可能なものであるか、法概念自体も新しいシステムに伴い新しいものを生み出す必要があるのか、という目線を持つことが法律家にも期待される。