◇SH2100◇コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(103)雪印乳業㈱グループの事件を組織論的に考察する⑬岩倉秀雄(2018/09/21)

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コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(103)

―雪印乳業(株)グループの事件を組織論的に考察する⑬―

経営倫理実践研究センターフェロー

岩 倉 秀 雄

 

 前回は、北海道酪農義塾(後の酪農学園大学)設立の経緯と黒澤酉蔵の思想について述べた。

 黒澤は、デンマークのように酪農により国を豊かにするためには、自営の中核酪農家の育成や酪農及び製酪事業の将来の担い手の教育が重要であると考え、北海道酪農義塾を設立、黒澤の考えに賛同した北海道庁長官の佐上道政が理事長を務め、酪連は毎年の補助金と教育・経営を分担した。

 黒澤は塾長として寮に寝起きして教育にあたり、塾は学生から学費や寮費は徴収しなかった。

 塾の教育方針は、黒澤提唱の「健土健民」の思想を核とし、農民道5原則を指導精神とした。

 酪連は、今日の社会的企業CSV経営を大正時代に既に実践したもので、黒澤は、……無神論でも共産主義でもありませんが、かといって資本主義とも全く違うのです。私の理想は、本物の農民救済ですから、他人に頼らず、資本家のふところをあてにせず、高利貸しや銀行をあてにせず、農民自身の自覚と限られた政治力、財力でこれをやろうとすれば、協同組合主義を採る以外に道はありますまい。それもうっかりすれば、無力、悪平等、非能率、衆愚ということに堕落してしまいます。(中略)国民の一番求めているものをもっとも効果的にしかも、まやかしでない方法で提供するには協同社会主義以外にあるまいと考えました。」と語っている。

 今回からは、崇高な理念を体現した酪連をルーツに持つ雪印乳業(株)グループが発生させ、コンプライアンスの重要性を社会が認識するきっかけになった、食中毒事件と子会社の牛肉偽装事件について考察する。

 

【雪印乳業(株)グループの事件を組織論的に考察する⑬:集団食中毒事件の経緯①】

 本稿は、筆者が共同執筆に参加した、雪印メグミルク編『雪印乳業史 第7巻』(雪印メグミルク、2016年)をベースに、社史で公表している雪印乳業(株)の2つの事件を組織論的に独自に考察したものである。

 本稿で取り上げている事実関係は、同社史に基づくもので、考察は岩倉の独自の見解である。

1. 食中毒事件の概要(『雪印乳業史 第7巻』396頁~397頁)

 雪印乳業(株)大阪工場製造の低脂肪乳等による食中毒事件は、2000年6月27日(札幌で開催の第50回定時株主総会の前日)、西日本支社関西品質保証センターに消費者より、「大阪工場製造の低脂肪乳喫食後数時間して下痢・嘔吐の症状が出た」との最初の連絡に端を発し、その後、社告の掲載、記者発表、製品の自主回収などの遅れにより食中毒の被害者が関西一円に拡大、最終的には有症者1万4,780人、診定患者数1万3,420人にのぼる近年例を見ない大規模な食中毒事件になった。

 事件発生後の製品検査で、消費者が飲み残した低脂肪乳等から黄色ブドウ球菌の毒素であるエンテロトキシン[1]が発見され、食中毒は大阪工場製造の低脂肪乳等に混入していた同毒素の中毒により発症したことが明らかになった。

 事故直後より大阪工場の衛生管理のずさんさ[2]が大阪市をはじめとする関係各機関から指摘され、当初は事故の原因として、調合工程の汚染、調整乳送りラインによる汚染などが推定されたことから、同工場の総合衛生管理製造過程(HACCP)承認も取り消しとなった。しかし、その後の調査により、大樹工場の脱脂粉乳からエンテロトキシンが検出され、食中毒の根本原因は大阪工場ではなく、大樹工場であったことが判明[3]した。

 大樹工場が食中毒事件の原因となったのは、同工場で突発的な停電が発生したため、脱脂粉乳を製造する工程中の一部において温度管理に不適切な箇所が生じ、そのため黄色ブドウ球菌が増殖して毒素エンテロトキシンが産生されたことによる。さらに、同工程を使用して製造された脱脂粉乳にエンテロトキシンが混入し、汚染された脱脂粉乳が大阪工場において低脂肪乳等の原料として利用され、これを飲用した被害者に下痢・嘔吐等の症状を引き起こしたものと判断された。

 この事件により、雪印乳業(株)は社会の信頼を失い、主力の市乳事業が低迷し、2001年3月期連結決算の最終赤字が529億円となった。加えて、大阪工場をはじめ仙台・新潟・東京・高松・静岡・北陸・広島などの市乳8工場の閉鎖や1,000人に及ぶ雇用調整など、売上規模の縮小に応じた大規模な合理化・リストラを余儀なくされた。

 次回は、食中毒事件の発生に対する雪印乳業(株)の対応のまずさにより、食中毒事件の規模が拡大した経緯について考察する。



[1] エンテロトキシンは、自然界に広く分布する食中毒の原因菌になる黄色ブドウ球菌が産生する毒素。毒素は熱に強い。食中毒の症状は、吐き気や激しい嘔吐、腹痛や下痢を伴う。

[2]屋外で温度管理が行われないまま材料の調合を行なった他、出荷後に受注ミス等により返品された乳製品を原料として再利用するなど日常的な作業で問題があった。また、バルブの分解洗浄が1週間に1回としたマニュアル通りの頻度で行われていなかった。

[3]大樹工場で電気室にツララが落下して屋根の破損部分から氷雪の溶解水が浸入し、配線がショートして工場全体が停電になり、完全に復旧するまで約9時間停電した。その間、脱脂粉乳の製造工程中の黄色ブドウ球菌が爆発的に増殖しエンテロトキシンを産生した。その後、工場では、ライン中に含まれる乳も入れて脱脂粉乳を製造した。そして、その脱脂粉乳の製造過程で菌は死滅したが熱に強い毒素のエンテロトキシンは残り、この脱脂粉乳を原料として使用した製品を飲んだ消費者に食中毒が発症した。これについては、後段で詳述する。

 

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