◇SH2667◇FTC v. Qualcomm独禁法判決がもたらす知財市場へのインパクト――FRAND実施料をめぐる問題の所在と残された課題(1) 池谷 誠(2019/07/16)

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FTC v. Qualcomm独禁法判決がもたらす知財市場へのインパクト

FRAND実施料をめぐる問題の所在と残された課題(1)

デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社

マネージングディレクター 池 谷   誠

 

1. はじめに

 本年5月、米連邦地方裁判所(ルーシー・コー判事)は、半導体大手クアルコムがスマートフォン用モデムチップ市場における支配的な立場を利用して、違法に競争を阻害し、同社保有特許に係る不当に高い実施料(ロイヤルティ)を課したとして、同社の行為が反トラスト法(独占禁止法)違反に該当すると認め、関連する違反行為の差し止めを命じた。この判断は、概ね原告である米連邦取引委員会(FTC)の見解を支持する内容となっている。なお、本件に先立つ本年4月、クアルコムはアップルが提起した類似の訴訟を巡り和解(アップルはライセンス料の支払いを継続することに同意)している。

 本件裁判は、独占禁止法上の問題、とりわけ、シャーマン法第1条(不当な取引制限)と第2条(独占に基づく排除的行為)の違反を問うものであるが、その過程で、裁判所はクアルコムが保有する標準必須特許(SEP)に係る実施料が本来要求されるFRAND条件に基づくものではなく、不当に高い水準に設定されているという、知財評価の観点からも興味深い判断を下している。クアルコムの現時点の技術的リードを考慮すると、市場の構造が変化するまでには相当の時間を要すると考えられるが、本件判決の結果、次世代5Gを含むセルラー標準必須特許のライセンス交渉の在り方が影響を受けるものと考えられる。

 また、本件裁判の過程では、セルラー技術に係る実施料のロイヤルティベースとして何が適切かという論点も議論されている。従来、セルラー通信技術の適用は、スマートフォン(携帯電話)に限定され、スマートフォンの完成品価格がロイヤルティベースとされてきたが、本件裁判ではその合理性につき否定的な見解が示されている。このような論点は、今後5GやIoT(Internet of Things)が進展し、コネクテッドカーを含む様々な製品にセルラー技術が応用される際、重要な論点となりうるが、そのような議論の一部は、新たな訴訟の場に持ち込まれることが予想される。

 本稿では、本件判決の概要をまとめ、主要な論点につき解説する。本稿における、意見に係る部分は筆者が所属する組織を代表するものではなく、個人の意見である。また、本稿で使用する情報の多くは、本件裁判の判決文に基づいているが、本件判決の後、クアルコムは判決内容を不服として、控訴する意向を表明しており、今後事実関係の一部が争われる可能性があることには留意されたい。

 

2. 本件における事実関係と判決要旨

 2.1スマートフォンOEMとの契約形態

 本件で検討の対象となっているのは、スマートフォン等で使用されるセルラー無線通信に係る中核的部品(半導体)である、モデムチップ(ブロードバンドチップともいう)の市場である。本件ではCDMA方式(3G)とLTE方式(4G)に係るモデムチップ(4GについてはプレミアムLTEモデムチップ)市場がどのように形成されていたかが詳細に議論されている。

 クアルコムはこれらモデムチップ市場において、後述するように独占的な地位を享受していたが、本件で問題視されたのは、クアルコムがこのような独占的地位を利用して、不当に高い特許実施料を課したのではないか、という点である。クアルコムのビジネスモデルは、モデムチップと関連する技術の特許に係るロイヤルティを別々に取り扱い、モデムチップをOEMに販売するだけではなく、グループ会社のQualcomm Technology Licensing (QTL)を通じて、別途実施料を徴収するものであった。すなわち、特許の実施品は実施料相当を含む価格で取引され、その段階で特許権が消尽することが一般的であるところ、クアルコムは特許のライセンス契約が締結された場合のみ、モデムチップを供給する方針(no license, no chips practice)の下、OEMに対してライセンス契約(Subscriber Unit License Agreements=SULA)の締結を求めていた[1]

 

 図表1 スマートフォンOEMとモデムチップ市場の構造(イメージ)

出典:判決文等より筆者作成

 

 アップルを始めとするOEMにとって、クアルコムからのモデムチップ供給が途絶えると、他に代替的な選択肢がなく、スマートフォンの製造販売自体がストップしてしまう。裁判所は、そのような契約形態の下、同社がOEMに対し、モデムチップの供給を停止する可能性を示唆することで、不当に高いロイヤルティを強制したと認めている[2]。そしてその根拠として、LGエレクトロニクス、ソニー、サムスン電子、アップルなど、多数のOEMの証言を引用している。

(2)につづく

 


[1] 本件裁判判決文、7頁

[2] 同上、45頁

 

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