コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(114)
―雪印乳業(株)グループの事件を組織論的に考察する㉔―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、牛肉偽装事件発覚前の雪印乳業(株)の経営再建計画について述べた。
経営再建計画の柱は、1. 企業風土の改革、2. 品質保証の強化、3. 平成14年度黒字化に向けての施策に取り組むことを柱としたものであった。
それは、筆者には、信頼回復のための施策を実施しつつ、肥大化・官僚化した組織を、経営危機をバネにして、筋肉質に作り変えようとするものであったように思われた。
今回は、その再建計画の進捗と特徴的な施策について考察する。
【雪印乳業(株)グループの事件を組織論的に考察する㉔:経営再建計画の進捗と特徴的な施策】
雪印乳業(株)は、2001年1月15日の再建計画進捗状況説明会では、業績回復の厳しい市乳事業の生産拠点の再編として既に閉鎖が決まっている大阪工場に加え、4工場(仙台・新潟・東京・高松)の閉鎖を発表、さらに5月18日の2000年度決算発表の中では、再建計画にかかげた売上高・利益とも大幅に下回る結果(単体の売上高目標3,762億円が3,615億円、経常利益目標▲495億円が▲586億円、純利益目標▲443億円が▲516億円)となったため、さらなる改革として市乳3工場(静岡・北陸・広島)の閉鎖や、冷凍食品事業の分社化、営業体制の変革、更なる1,000名規模の雇用調整を発表した。
2001年度中間決算発表(2001年11月21日)では、2001年度及び2002年度再建計画の目標値を下方修正するとともに、改めて2002年度黒字化に向けた再建計画(更に1,000名削減し4,000名体制、生産拠点の再編、他社とのアライアンス、大幅アイテムカット、チーズ1,000億円構想、栄養機能食品事業の推進、経費の圧縮等)を発表し、業績回復が厳しい市乳事業については2002年1月に地域事業部制を導入するとともに、2002年上期中に市乳事業の分社化を検討することを表明した。(『雪印乳業史 第7巻』439頁~441頁)
以上のハード面の施策の他に、ソフト面の施策は、以下の通りである。(『雪印乳業史 第7巻』463頁~468頁)
1. 経営諮問委員会の設置と提言(2000年10月~2001年3月)
雪印乳業(株)は、食中毒事件の原因を企業風土そのものに問題があると認識し、企業風土の刷新を軸とする経営革新に向けて、各界を代表する外部有識者から経営トップ層へ、客観的かつ多面的な提言を受けるために、2000年10月、経営諮問委員会[1]を設置し、毎月1回テーマを決めて審議した。
委員会の審議テーマは、信頼回復を柱として、組織、マーケティング、ブランド、危機管理、風土改革等であり、幅広い討議の中から様々な提言を受けた。
雪印乳業(株)は、その提言を活かし、経営理念、ビジョンの再構築、組織の改定、危機管理、風土改革等、多彩な取組みを進めた。[2]
これらの提言は、再建計画の実行に当たり、迅速な判断を求められる時期であったことから、意志決定のための重要な判断材料となった。
経営諮問委員会は、4月27日の取締役会に最終報告を行った。
2. 全社運動VOICEプロジェクトの推進
雪印乳業(株)は、食中毒事件による一連の不祥事によって大きく損なわれた信頼を回復し販売基盤の再整備を図るために、全社運動のVOICEプロジェクトを2000年10月からスタートした。
「お客様との関係修復」と「販売基盤の再整備」を取組みの柱とし、あらゆる手段でお客様の声に真摯に耳を傾け、その声をもとに、社内の仕組みを変え、「新生雪印」を築きあげていく活動で、プロジェクトメンバーは全社員とした。
消費者だけでなく量販店、CVSや特約店・ユーザーや販売店、マスコミや地域社会などを対象に、役員・従業員による店頭や街頭での一斉行動(お詫び、サンプリング、試食・試飲等)を実施し、特約店、販売店、ユーザーとのお詫びを兼ねた同行販売や宅配応援、各種イベント協賛なども行なった。
また、開かれた会社を目指し、全国市乳20工場で工場見学が行なえるよう体制を整えた。
3. 企業理念及び行動憲章・行動指針の制定
(1) 新生雪印の企業理念、ビジョン、ブランドメッセージ制定
食中毒事件による失墜した雪印ブランドを再構築するために、2000年12月にブランドプロジェクトを発足、消費者から支持される「あるべき企業像」を定め、実体づくりを行なうこと、さらには、それを反映したメッセージを発信し、消費者の共感を得ることにより購買促進につなげることを目的とした。
(2) 雪印企業行動憲章2001・雪印企業行動指針の制定
2001年1月15日に制定された創業の精神(黒澤酉蔵の「健土健民」)、企業理念(「雪印乳業は、命の輝きを尊重し、人々の健康づくりを通じて、味わい豊かな生活といきいきとした未来に貢献します」をもとに事業活動を行なっていく上で、遵守すべき行動規範として雪印企業行動憲章2001を策定、またこの趣旨に則った具体的な行動指針を列挙したものとして雪印企業行動指針を4月1日に制定した。
なお、創業の精神、企業理念、事業領域、ビジョン、ブランドメッセージ、企業行動規範、及び企業理念体系は、「新しい雪印をめざして」と題した雪印21世紀コンセプトブックにまとめられ、全役員・従業員に配布された。
次回は、雪印食品(株)の「牛肉偽装事件」について考察する。
(『雪印乳業史 第7巻』465頁~466頁より)
[1] 委員(所属・肩書(当時))は、石井成一(座長、石井法律事務所代表弁護士)、井上チイ子(社団法人女性職能集団WARP理事長)、上原征彦(明治学院大学教授)、木元教子(評論家)、中瀬信三(社団法人中央畜産会副会長)、西原高一(社団法人中央酪農会議副会長)、野中郁次郎(一橋大学大学院教授)で、雪印乳業(株)からは、西紘平(社長)、遠藤敏明(専務)、岡田晴彦(常務)、中尾憲滿(常務)、竹内良種(取締役、企画室長)、橋本昌彦(理事(事務局))が出席した。
[2] 特にコミュニケーションセンター(のちにCS推進室)設置等の組織改革や、企業倫理再構築に向けた企業行動憲章・行動指針の策定、全社運動VOICEプロジェクトの実施等に反映された。