欧州委員会の大手通販プラットフォームに対する競争法審査
亀 岡 悦 子
現在、世界時価総額トップ10に入る企業のうち7社はプラットフォーム企業である。そのため、これらの企業のビジネス慣行に競争法当局の注意が集中するのは無理のないことかもしれない。欧州や米国では、ビザ・マスターカード、グーグルやBooking.com、Expediaと案件は後を絶たない。
EU市場では、電子商取引はもっとも将来性がある取引手段に成長している。B2C取引では、2017年に5140億ユーロの売り上げがあり、小売りレベルでは8.8%の取引、GDPのほぼ5%を占める。消費者にとっても、価格の透明性や、安価な検索コスト、多様な選択肢を提供することが可能な電子商取引は利便性の高い市場となっている。電子商取引を導入することで店舗競争は少なくなるが、その代りにオンライン販売での製品レベルの競争が活発になる。また、自社のウェッブショップを設けることができないような小規模の販売者でも、オンラインマーケットプレイスで多数の顧客にアクセスすることができる。しかし利点ばかりではない。このマーケットプレイスに参加するために、通常、高いコミッションを支払わなければならない。オンライン販売者は、激しい競争によって低価格を設定せざるを得ないにも関わらず、プラットフォームへの高いコミッションの支払が義務となるため、自社製品の価格を釣り上げる結果となる。例えば、Amazonなどの通販大手販売者への平均的なコミッションは17%で、書籍については20%、宝飾については25%といわれている。また、このようなプラットフォームは製品の配達、広告、価格モニターのサービスも提供しており、様々な自社ブランド製品も販売している。また、プラットフォームなどで販売する際に扱われるデータが、どのようにプラットフォームの将来のビジネスに影響を及ぼすのかも懸念事項である。オンラインマーケットプレイスでのデータ使用問題は競争政策だけでなく他の政策にも及び、集中した議論が担当欧州委員会で議論されており、欧州議会は、プラットフォームによるデータ・シェアリングに関する規制立法案を準備中である。この法案は、P2Bプラットフォームによる不公正な条項や慣行を規制する趣旨で準備されている。現在、P2Bプラットフォームによるビジネス上収集したデータの商業目的での第三者への開示禁止条項が提案されており、プラットフォーム関連の競争法事件について言及することも検討されている。
欧州の競争当局も、Amazonなどのプラットフォームの慣行を慎重に検討している。例えば、ドイツ当局はプラットフォームによる競争法上の問題点を指摘し、プラットフォームが、販売者・小売業者にとって欠かせない消費者への仲介業となるため、独立した小売店舗業者を市場から締め出すリスクを警戒する。欧州委員会競争総局も、今年9月にAmazonのオンライン販売慣行を調べるため、小売業者などに質問書を送付している。まだ正式審査は開始されていないが、正式審査前に質問書が関係者に送られるのは通常の手続きである。本件は、オンラインショッピングプラットフォームに関する不服申し立てをきっかけとし、現在、欧州委員会は内部での審査を進めており、質問書送付はその手続きの1つである。自社ブランドと販売者の製品の競業について、コミッションの引き上げが想定された場合の販売者の選択肢、Amazonにて販売する小規模販売者のデータがAmazonの業務にどのように役立つのかなどが調査されることになろう。
ベステアーEU競争担当委員は、Amazonは小規模業者に対し効果的に電子商取引を使う手段を提供するが、それと同時に自社製品を販売することによって競業企業としても位置付けられるため、手段の提供と引き換えに小規模業者の保有するデータを取得し、それを自社製品販売に生かして競業者を排除するリスクを指摘する。また、本件のようなデジタル経済に適切に対応できるようにEU競争法を改正することも考慮に入れており、専門家に報告書の準備を指示している。この報告書は来年3月に公表されることになっている。これを受けて、欧州議会でもデータ保護の一環として、競争法をデジタル経済に適合するよう求める決議が近く採択される予定である。ムントドイツ競争当局長も、手続きを迅速化し、支配的地位にある巨大企業によって小規模企業が市場から排除される前に素早く手を打つ必要性を強調し、デジタル企業に対する一定の審査では、当局の証明軽減(証明度の引き下げ)も検討すべきと主張する。しかし、デジタル経済に対する特殊の競争法手続きを設けることは、手続きの透明度・企業の予見可能性、手続き上の平等な扱いなどの点から問題が残ると思われる。その一方で、伝統的な審査方法では適切に対処できない現状をこのままにしておくことはさらに深刻な問題を生じさせることになる。競争当局としては、デジタル経済関連の知識・経験を蓄積していくことが優先的な課題となろう。さらに、他の欧州委員会の総局(デジタル経済を担当するDG Connect)などとの密接な協力により、競争法上の問題を事前に回避できるような一定の市場の規制が必要であろう。
今回の審査は、EU機能条約で規定される違法な協定・慣行(101条)と支配的地位濫用(102条)が問題になっているが、それとは別に、Amazonはルクセンブルグにおける違法な税法上の措置を理由に、国家援助規制に基づくEU競争法審査の対象となっている。欧州委員会は、Amazonのルクセンブルグでの税法上の扱いはEU競争法違反であり、得た利益などをルクセンブルグに返還することが命令されたが、Amazonとルクセンブルグはこの判断に不服を申し立てており、事件は欧州裁判所に係属中である。
上記の記事は、情報提供のみを目的として作成されており、法的アドバイスではありません。個々の法的問題については、資格を有する弁護士に相談することが必要です。
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