債権法改正後の民法の未来 70
損害賠償の各則ルールほか(2)
大阪梅田法律事務所
弁護士 松 尾 吉 洋
3 議論の経過
(1) 経過一覧
法制審議会における審議の状況は、以下のとおりである。
会議等 | 開催日等 | 資料 |
---|---|---|
第3回 | H22.1.26開催 | 部会資料5-1、5-2(詳細版) |
第21回 | H23.1.11開催 | 部会資料21 |
第25回 | H23.3.8開催 | 部会資料25 |
第26回 | H23.4.12開催 | 部会資料26 |
中間的な論点整理 | H23.4.12決定 | 中間的な論点整理の補足説明 部会資料33-2(中間的な論点整理に対して寄せられた意見の概要(各論1)) |
第38回 | H23.12.20開催 | 部会資料34 |
第3分科会第3会議 | H24.4.24開催 | 部会資料34 |
(2) 立法が見送られた経過
- ア 故意・重過失による債務不履行における損害賠償の範囲の特則の要否
-
(ア) 第3回会議では、故意による不履行とは何かが問題であり、対象を限定しないと実務上の影響が大きく、特則を設けないか、背信的悪意や害意のような要件を検討する必要があるとの意見があった[1]。
これに対して、第21回会議では、損害賠償の範囲に関する予見の時期の論点において契約締結時を基本とする考え方を採用した場合には、特則を設ける考え方が十分に成り立つとして、その関連性に留意しつつ更に検討すべきとの意見があった[2]。
-
(イ) 中間的な論点整理では、これら意見を踏まえて、前記1に引用したとおり、損害賠償の範囲に関する議論との関連性に留意しつつ、更に検討することとなった[3]。
-
(ウ) そして、第38回会議において、①主観的要件をどのように理解し、限定するかが問題となること、②損害等の予見可能性を考慮せずに一律に賠償させるという結論が適当かどうか問題となり得ること、③債務者による不誠実な行動の抑止は、損害賠償の範囲に関して、一定の範囲で契約締結後に生じた予見可能性を考慮する規律とすることによって対応することも可能であると考えられることから、当該特則を設ける考え方については、損害賠償の範囲を画するルール、とりわけ予見の時期等に関するルールの在り方の検討の中で留意するにとどめ、特段の規定を設けないものとすることが提案されるに至った[4]。
- イ 損害額の算定基準時の原則規定及び損害額の算定ルール
-
(ア) 第3回会議では、予見の対象の捉え方によって損害賠償の範囲と損害額の算定とのいずれが問題となるかが左右される場合がある点に留意する必要がある、損害額の算定の問題は損害項目の問題と区別されるものであることを明確にすべきである、債務不履行解除の要件等との関連性を整理する必要があるなどの意見があった。
また、損害額の算定に関する判例は古く、特定の事案の解決を示したものにすぎないため、これに基づき一般的な規定を設けることは困難ではないかという意見があった。他方で、これらの判例の多くは特定不動産の引渡債務が問題となったものであるから、物の引渡債務以外の債務についての損害賠償の範囲や損害額の算定についての検討が必要であるとの意見も出された。
さらに、履行期前の履行不能や履行拒絶の場合における填補賠償額の算定基準時及び損害額の算定ルールについて検討すべきという意見も出された。[5]
-
(イ) 中間的な論点整理では、これら意見を踏まえて、前記1に引用したとおり、各種の判例に基づいて一般原則を置くことが妥当かどうかという観点から、損害賠償の範囲に関する問題や債務不履行解除の要件の問題等との関連性を整理しつつ、更に検討すること、これと関連して、物の引渡債務以外の債務の不履行(履行期前の履行拒絶も含む)における損害賠償の範囲に関する特則及び損害額の算定ルールについても、更に検討することとなった[6]。
-
(ウ) そして、第38回会議において、物の引渡債務に関する損害額算定の具体的ルールについては、
- ① 損害額の算定に関する判例が一般化になじむルールといえるか疑義があるとの指摘のほか、これら判例から一元的な基準を抽出することは困難であるとの指摘があること、
- ② 学説には、算定基準時の選択は損害の金銭的評価の問題として裁判官の自由裁量に委ねられるとする考え方など、多様な考え方があり、確立した考え方はないと考えられること、
- ③ 価格が激しく変動する資産(上場株式など)の場合は、特定の一時点を設定し、それに対応する価格のみを損害額と認定することの妥当性に疑問があるとの指摘があること
-
を踏まえ、引き続き判例や解釈論の展開に委ねることとし、特段の規定を設けないものとしてはどうか、との提案がなされた。
物の引渡債務以外の債務の不履行(履行期前の履行拒絶も含む)における損害賠償の範囲に関する特則及び損害額の算定ルールの明文化についても、- ① 損害賠償の範囲に関する特則や、損害額の算定方法の準則を示すような判例は見当たらないこと、
- ② 不法行為による損害賠償額の算定方法との平仄を考慮する必要があるが、不法行為も含めた損害賠償額算定の在り方全般に関する具体的立法提案も見当たらないこと、
- ③ 履行期前の履行拒絶についても、これまで議論の蓄積が乏しいこと
- から、引き続き今後の判例や解釈論の発展に委ねることとし、特段の規定を設けないものとするとの提案がなされた。
[1] 第3回議事録(48頁)
[2] 第21回議事録(22頁)
[3] 中間的な論点整理の補足説明(30~31頁)
[4] 部会資料34(5~6頁)
[5] 第3回議事録(42~45頁、49~50頁)
[6] 中間的な論点整理の補足説明(31頁)