◇SH3764◇最二小決 令和2年9月16日 医師法違反被告事件(草野耕一裁判長)

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  1. 1  医師法17条にいう「医業」の内容となる医行為の意義
  2. 2  医師法17条にいう「医業」の内容となる医行為に当たるか否かの判断方法
  3. 3  医師でない彫り師によるタトゥー施術行為が、医師法17条にいう「医業」の内容となる医行為に当たらないとされた事例

  1. 1  医師法17条にいう「医業」の内容となる医行為とは、医療及び保健指導に属する行為のうち、医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為をいう。
  2. 2  医師法17条にいう「医業」の内容となる医行為に当たるか否かは、行為の方法や作用のみならず、その目的、行為者と相手方との関係、行為が行われる際の具体的な状況、実情や社会における受け止め方等をも考慮した上で、社会通念に照らして判断するのが相当である。
  3. 3  タトゥー施術行為は、装飾的ないし象徴的な要素や美術的な意義がある社会的な風俗として受け止められてきたものであって、医療及び保健指導に属する行為とは考えられてこなかったものであり、また、医学とは異質の美術等に関する知識及び技能を要する行為であって、医師免許取得過程等でこれらの知識及び技能を習得することは予定されておらず、歴史的にも、長年にわたり医師免許を有しない彫り師が行ってきた実情があり、医師が独占して行う事態は想定し難いという本件事情の下では、医師でない彫り師である被告人が相手方の依頼に基づいて行ったタトゥー施術行為は、社会通念に照らして、医療及び保健指導に属する行為であるとは認め難く、医師法17条にいう「医業」の内容となる医行為には当たらない。
  4.   (1~3につき補足意見がある。)

 医師法17条

 平成30年(あ)第1790号 最高裁令和2年9月16日第二小法廷決定
 医師法違反被告事件 上告棄却(刑集74巻6号581頁)

 原 審:平成29年(う)第1117号 大阪高裁平成30年11月14日判決
 第1審:平成27年(わ)第4360号 大阪地裁平成29年9月27日判決

1 事案の概要及び審理の経過

 本件は、医師でない被告人が、タトゥー施術行為として、業として、針を取り付けた施術用具を用いて客の皮膚に色素を注入した行為について、医師法17条違反に問われた事案である。

 医師法17条は、「医師でなければ、医業をなしてはならない。」と規定しており、「医業」とは、医行為を業として行うことをいうと解されている。本件の主たる争点は、被告人の行為の医行為該当性であり、1審判決は、医行為とは、「医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為(以下「保健衛生上危険な行為」という。)」をいうと解した上で、被告人の行為は保健衛生上危険な行為であるから医行為に当たると判断し、被告人を罰金15万円に処したが、原判決は、医行為とは、「医療及び保健指導に属する行為の中で、保健衛生上危険な行為」をいうと解した上で、被告人の行為は医療及び保健指導に属する行為とはいえないから医行為に当たらないと判断し、1審判決を破棄して、被告人に無罪を言い渡した。

 検察官が上告し、判例(最三小判昭和30・5・24刑集9巻7号1093頁〔以下「昭和30年判例」という〕、最一小決昭和48・9・27刑集27巻8号1403頁、最一小決平成9・9・30刑集51巻8号671頁)違反、憲法31条等違反、法令違反(医師法17条の解釈適用の誤り)を主張したが、本決定は、判例違反の主張は事案が異なり本件に適切でなく、憲法違反の主張は実質法令違反の主張であるから適法な上告理由はないとした上で、職権で、医行為の意義及びその判断方法を示し、被告人の行為は医行為に当たらない旨判示した。

 

2 説明

 ⑴ 法令上、医師法17条にいう「医業」やその内容となる医行為の意義を明確にした規定はなく、医行為の内容は解釈に委ねられている。

 医師法は、医療及び保健指導を医師の職分として定め、医師がこの職分を果たすことにより、公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保することを目的としている(1条)。そして、この目的達成のため、医師国家試験や免許制度等を設けて、高度の医学的知識及び技能を具有した医師により医療及び保健指導が実施されることを担保する(2条、6条、9条等)とともに、無資格者による医業を禁止している(17条)。医師法17条の趣旨は、無資格者に医業を行わせると保健衛生上危害を生ずるおそれがあるため、これを禁止し、医学的な知識及び技能を具有した医師に医業を独占させることを通じて保健衛生上の危険を防止することにある。このような医師法の各規定に鑑みると、同条は、医師の職分である医療及び保健指導を無資格者が行うことによって生ずる保健衛生上の危険を防止しようとする規定であると解するのが素直な解釈であるように思われる。

 ⑵ 医行為の解釈の経緯をみると、医師法17条は、旧医師法(明治39年法律第47号)11条を引き継いだものであるが、大審院判例は、診療行為(診察・治療・投薬等)のうち一定の危険性があるものについて、無資格医業禁止の対象となる医行為に当たると解していた(大正2・12・18刑録19輯1457頁、昭和2・11・14刑集6巻453頁、昭和8・7・8刑集12巻1190頁、昭和9・10・13刑集13巻1357頁等)。

 しかし、その後、昭和30年判例が、被告人の治療方法は、医学上の知識と技能を有しない者がみだりにこれを行うときは生理上の危険があり、医行為に当たる旨判示したことにより、保健衛生上の危険性が医行為の要素であることが判例上示されたことや、医療行為に診察・治療・予防目的以外の行為が含まれるか否かという解釈上の問題を背景として、被行為者にとって治療目的とはいい難い行為(輸血のための健康体から採血等)や治療目的といえるか疑義がある行為(美容整形手術等)の医行為該当性が問題となったことなどから、行政(厚生省、厚生労働省)は、美容整形手術等の具体的事例を通じて、保健衛生上危険な行為は、治療目的か否かを問わず医行為に当たる旨の解釈を確立していった(昭和39年6月18日医事第44号・第44号の2、昭和41年9月26日医事第108号、平成13年11月8日医政医発第105号、平成17年7月26日医政発第0726005号等)。

 一方、医行為該当性を判断した最高裁判例として、昭和30年判例、前掲最一小決昭和48・9・27、前掲最一小決平成9・9・30等があるが、いずれも、医療目的の行為について保健衛生上危険な行為か否かが争われたものであり、医行為が医療及び保健指導に属することを要するか否かについて判断を示したものはなかった。もっとも、昭和30年判例は、医行為該当性を認めた原判決(医行為とは、治療を目的とし、医師の経験と技能を用いて診断、投薬、手術を行うことをいうとした上で、被告人の治療方法は、医学上の知識と技能とを有しない者がみだりにこれを行うときは生理上の危険があり、医行為に当たる旨判断したもの)を是認したものであるが、その判示をみると、大審院の各判例に通ずる「医業」又は「医行為」の観念は原判決の説示するところをもって相当するとした上で、被告人の行為が聴診、触診、指圧等の方法によるものであるという医療行為としての性質を指摘し、さらに、争点である行為の危険性について、医学上の知識と技能を有しない者が行うときは生理上危険がある程度に達している旨判断している。かかる判示等に照らせば、昭和30年判例は、上記の大審院判例の考え方を維持した上で、医療及び保健指導に属する行為のうち業とすることが禁止される医行為を限定する要素が、保健衛生上の危険性である旨を判示したものと解するのが相当と思われる。

 学説をみると、「医行為には広狭二義があり、広義の医行為は医療行為であり、狭義の医行為(医業の内容となる医行為)は、医療行為のうち保健衛生上の危険性を有するものである」と解し、このような危険性の有無により医業と医業類似行為(あんまマッサージ指圧、はり、きゅう、柔道整復)に分けられるとする説明が多い(谷口正孝ほか『刑罰法Ⅱ』(一粒社、1964)5頁、高橋勝好『医師に必要な法律――医療紛争を防ぐために』(南山堂、1971)5頁、穴田秀男『新編 医事法制概説』(金原出版、1975)7頁、平野龍一ほか編『注解特別刑法5-Ⅰ 医事・薬事編(1)〔第2版〕』(青林書院、1992)33頁〔小松進〕等)が、「医行為とは医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為をいう」と説明するものもある(野田寛『医事法(上)』(青林書院、1992)54頁、伊藤榮樹ほか編『注釈特別刑法第8巻 医事・薬事法・風俗関係法編』(立花書房、1990)52頁〔河村博〕等)。もっとも、現実には、医行為該当性は、医療行為といえる行為についてその危険性の程度が問題となることが多く、上記のとおり、医行為が医療及び保健指導に属することを要するか否かについて判示した判例もなかったことなどから、本件以前は、この点に焦点を当てた検討や議論が十分されている状況にはなかったように思われる。

 ⑶ 本件で医行為該当性が問われているタトゥー施術行為(入れ墨施術行為と同義)は、旧医師法下から長年にわたり無資格医業禁止の規制対象とされてこなかったという経緯がある。しかし、近年、タトゥー施術行為と類似するアートメイク(眉毛を整えたり、しみ・あざ等を目立ちにくくしたりするため、針等を用いて皮膚に色素を注入する施術)が医行為に当たるとの行政の解釈(平成元年6月7日医事第35号、平成12年6月9日医事第59号、前掲平成13年11月8日医政医第105号)が示され、同旨の裁判例(東京地判平成2・3・9判時1370号159頁)も現れたこと等を契機として、略式命令によりタトゥー施術行為を無資格医業禁止違反として処罰する事例もみられていた。

 こうした中、初めて、正式裁判で、タトゥー施術行為の医行為該当性が争われたのが本件である。

 ⑷ 本決定は、医行為の意義について、医行為とは、医療及び保健指導に属する行為のうち保健衛生上の危険があるものをいうと解するのが相当であると判示し、原判決の判断を是認した。関係する医師法の各規定を素直に解釈し、大審院以来の判例の考え方等を踏まえたものと思われる。

 本決定は、医行為の判断方法についても判示している。上記のとおり、行政は、保健衛生上危険な行為は、治療目的か否かを問わず医行為に当たる旨の解釈を示しており、検察官は、医行為該当性を判断するに当たっては、保健衛生上の危険性に着目すべきであり、当該行為の目的を問わず、その方法や作用によって判断すべきである旨主張した。これに対し、本決定は、①医師法17条の趣旨に照らせば、医行為に当たるか否かは、行為の危険性の指標となる方法や作用を中心に検討することとなるが、方法や作用が同じ行為でも、その目的、行為者と相手方との関係、当該行為が行われる際の具体的な状況等によって、医療及び保健指導に属する行為か否かや、保健衛生上危害を生ずるおそれがあるか否かが異なり得ること、②医師法17条は、医師に医行為を独占させるという方法によって保健衛生上の危険を防止しようとする規定であるから、医師が独占して行うことの可否や当否等を判断するため、当該行為の実情や社会における受け止め方等をも考慮する必要があることを踏まえて、医行為の判断方法について、行為の方法や作用のみならず、その目的、行為者と相手方との関係、行為が行われる際の具体的な状況、実情や社会における受け止め方等をも考慮して、社会通念に照らして判断するのが相当であると判示した。

 その上で、本決定は、タトゥー施術行為の歴史的経緯も踏まえて、その性質、社会における実情や受け止め方等を考慮し、被告人の行為は、社会通念に照らして医療及び保健指導に属する行為とは認め難く、医行為に当たらないと判示した。

 本決定には、草野裁判官の補足意見が付されている。同意見は、保健衛生上危険な行為を業として行うことだけで医業たり得るとする解釈を採用する場合の帰結の妥当性を論じて法廷意見を支えるとともに、タトゥー施術行為は施術の内容や方法等によっては傷害罪が成立し得るとして、本決定によりタトゥー施術行為が不可罰になるものではないことを付言するものであり、法廷意見を敷衍するものとして参考になると思われる。

 本決定は、最高裁判所が、初めて、医行為の意義及びその判断方法を示した点において重要な意義を有する上、事例判断ではあるが、古来日本の風習として行われてきたタトゥー施術行為が医行為に当たらない旨を判示したものであって、同種の事案の処理における参照価値が高いと思われる。

 

 

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