最高裁、弁護士会照会に対する報告義務の確認訴訟について、確認の利益を否定
岩田合同法律事務所
弁護士 唐 澤 新
弁護士会照会とは、弁護士が、受任事件につき、所属弁護士会に対し、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出て、当該弁護士会が、その申出の適否を判断した上で当該照会先に対して必要な事項の報告を求める制度である(弁護士法23条の2)。受任事件にかかる事実調査、証拠収集を目的として弁護士がよく利用する制度であるが、照会先が報告を拒絶し、弁護士会照会を行った弁護士会や照会を申し出た弁護士又はその依頼者が照会先に対して不法行為に基づく損害賠償請求を行うなど、法的紛争に至るケースも少なくない。最高裁は、平成30年12月21日、弁護士会による、照会先を相手方とした、弁護士会照会に対する報告義務の確認請求について、確認の利益を否定し、訴えを却下したことから(以下、「本判決」という。)、本稿において紹介したい。
本判決において確認の利益が争点となった背景には、本判決に至るまでの当事者間の一連の訴訟(以下、「本訴訟」という。)の経緯がある。本訴訟は、愛知県弁護士会が、転居届の有無等の事項について報告を拒否した日本郵便株式会社[1]に対し、①主位的に不法行為に基づく損害賠償を、②予備的に弁護士会照会に対する報告義務の確認を求めた事案であるが、このうち、不法行為に基づく損害賠償については、第一審[2]が否定、控訴審[3]が肯定したのに対し、最高裁[4]は、弁護士会照会に対する報告を受けることについて弁護士会が法律上保護される利益を有するものとは解されないとして、不法行為の成立を否定した。
そのため、予備的請求である報告義務の確認請求に関する審理のため本件は高裁に差し戻されたが、差戻控訴審[5]は、弁護士会照会制度の実効性を確保することは法的に保護された弁護士会固有の利益であること、報告義務の存否に関し弁護士会と照会先の判断が食い違った場合には司法判断により紛争解決を図るのが相当であること、報告義務確認訴訟において認容判決が下されれば照会先による履行の蓋然性が見込まれること等の理由で、確認の利益を認めた上で、報告義務を認める判決を下した。本判決はかかる差戻控訴審判決に対する上告審判決である。
本判決において、最高裁は、弁護士会照会の報告拒絶が不法行為を構成するものではなく、制裁の定めがないこと等に照らすと報告義務確認訴訟の勝訴判決が確定しても弁護士会は専ら照会先による任意の履行を期待するほかなく、報告義務確認訴訟の判決の効力は報告義務に関する法律上の紛争の解決に資するものとはいえないとして、確認の利益を否定し、報告義務の確認にかかる訴えを却下した。
弁護士会と照会先との間の法的紛争について確認訴訟による解決に意義を認める見解も少なくなかったが[6]、本判決により最高裁が確認の利益否定説に立つことが明らかになった。差戻控訴審においては、報告義務確認訴訟において認容判決が下されれば照会先の履行の蓋然性が見込まれるとされたのに対して、最高裁は、そのような期待は判決の効力と異なる事実上の影響にすぎないと判断したことが、両者の結論が異なった要因の一つと思われる。
本訴訟における二つの最高裁判決により、弁護士会照会に対する報告拒絶について、弁護士会による、不法行為を理由とする損害賠償請求も報告義務の確認請求も認められないこととなった[7]。本判決が述べるとおり弁護士会照会に対しては回答を拒絶したとしても制裁の定めはなく照会先による任意の回答しか期待できない以上、弁護士会照会を利用するにあたっては、照会先において回答の是非を判断することができるよう、可能な限り申立書において説明を尽くすことが重要であるといえる。また、日弁連は従来から弁護士会照会にかかる法改正を提言しており[8]、また、数年前より、一部の弁護士会においては、大手金融機関との間で口座情報の回答に関する取決めを行っているなどの経緯もある。本判決を踏まえ、日弁連及び各弁護士会がどのような対応を行っていくかについても注視する必要がある。
[1] 愛知県弁護士会による照会当時は郵便事業株式会社。
[2] 名古屋地判平成25年10月25日判時2256号23頁。
[3] 名古屋高判平成27年2月26日判時2256号11頁。
[4] 最判平成28年10月18日民集70巻7号1725頁。
[5] 名古屋高判平成29年6月30日判時2349号56頁。
[6] 伊藤眞「弁護士会照会の法理と運用――二重の利益衡量からの脱却を目指して」金法2028号(2015)21頁、加藤新太郎「弁護士会照会に対する照会先の報告義務の存否」NBL1109号(2017)68頁等。
[7] なお、本訴訟においては、弁護士会照会を申し立てた弁護士に事件処理を依頼した依頼者による損害賠償請求も否定された。また、弁護士照会を申し立てた弁護士は本訴訟の原告に含まれないが、下級審裁判例においては弁護士による損害賠償請求も否定されている。
[8] その内容は、正当な事由がない限り照会先は報告義務を負うこと、照会先が報告を拒絶した場合、弁護士会は正当な事由の有無について日弁連に審査を求めることができること、日弁連は正当な事由がないと判断したときは照会先に対して勧告できること等を法律に明記するというものである(2008年2月29日付け「司法制度改革における証拠収集手続充実のための弁護士法23条の2の改正に関する意見書」)。