◇SH0597◇法制審総会、商法(運送・海商関係)等の改正に関する要綱の決定 田中貴士(2016/03/16)

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法制審総会、商法(運送・海商関係)等の改正に関する要綱の決定

岩田合同法律事務所

弁護士 田 中 貴 士

1.はじめに

 法制審議会は、平成28年2月12日に総会を開催し、法制審議会商法(運送・海商関係)部会が1月27日に決定した「商法(運送・海商関係)等の改正に関する要綱案」を原案どおり了承し、同要綱を法務大臣に答申した。3月10日、同部会(第18回)の議事録が公表されたことから、これをきっかけに、本稿では同要綱を取り上げる。

2.商法(運送・海商関係)等の改正

 商法は、明治32年に「総則」「会社」「商行為」「手形」「海商」の5編で制定されたが、昭和7年、8年に商法から独立して手形法、小切手法が制定され、その後、平成17年には会社法が成立した。また、平成19年に電子記録債権法が、平成20年に保険法がそれぞれ制定され、海商法については、商法第3編のほかに昭和32年に制定された国際海上物品運送法などがある。そのような中、商法の運送・海商法分野の規定については、明治32年の制定以来、実質的な見直しがほとんどなされておらず、現代の取引実態に適合しないとの指摘もある。今般の改正は、約100年ぶりにこれを見直すものである。

 現行法では、陸上運送(湖川・港湾における運送を含む)については569条以下の規定が、海上運送については737条以下の規定および国際海上物品運送法が適用され、航空運送については規定がない。要綱では、これら陸上運送・海上運送・航空運送に共通する総則的規律を物品運送、旅客運送のそれぞれに設けることが提案されている。

 以下では、このうち物品運送に関する総則的規律、特に運送人の損害賠償責任に関する商法上の規定と不法行為責任との関係に関する新たな規律について紹介する。

3.運送人の損害賠償責任に関する商法上の規定と不法行為責任との関係

 要綱の第1部、第2、9は、運送人の契約責任と不法行為責任との関係について、次のような規律を設けるものとしている。

  1. ⑴ 商法第578条(高価品)及び第580条(損害賠償額の定額化)並びに8(運送人の損害賠償責任の消滅)の規定は、運送品の滅失等についての運送人の荷送人又は荷受人に対する不法行為による損害賠償の責任について準用する。ただし、荷受人があらかじめ荷送人の委託による運送を拒んでいたにもかかわらず荷送人から運送を引き受けた運送人の荷受人に対する責任については、この限りでない。
  2. ⑵ ⑴により運送品の滅失等についての運送人の損害賠償の責任が減免される場合には、その責任が減免される限度において、当該運送品の滅失等についての運送人の被用者の荷送人又は荷受人に対する不法行為による損害賠償の責任も減免される。ただし、運送人の被用者の故意又は重大な過失によって運送品の滅失等が生じたときは、この限りでない。

 現行法下では、運送人の責任に関し、運送契約の債務不履行に基づく賠償請求権と不法行為に基づく賠償請求権との競合を認めうるとされている(最判昭和38年11月5日、最判昭和44年10月17日)。他方、商法には、高価品に関する特則(商法578条)、損害賠償額の定額化(商法580条)、運送品の損傷又は一部滅失についての運送人の責任の消滅(商法588条)、運送品の消滅等についての運送人の責任の消滅(商法589条、566条)といった運送人の契約責任を減免する旨の規定が置かれており、荷送人や荷受人が運送人の不法行為責任を追及する場合に、運送人に契約責任と同様の責任の減免を認めるべきかという問題については、従前から議論のあったところである。

 古くは、大審院の判例が、商法578条は運送人の不法行為責任には適用されないとしていたが(大判大正15年2月23日)、近年の下級審裁判例では、運送人の不法行為責任に商法578条の適用を認めるものもあり(東京地判平成2年3月28日)、また、国際海上物品運送法については、ヘーグ・ヴィスビー・ルールズを反映した平成5年の改正により、同法20条の2が新設され、運送人の債務不履行責任を減免する同法の諸規定が不法行為責任に準用される旨の立法的解決がなされていた。

 加えて、荷受人に対する運送人の不法行為責任についても、判例は、荷受人が運送人に対して宅配便約款における責任の限度額を超える額の不法行為責任を追及した事案について、「荷受人も、少なくとも宅配便によって荷物が運送されることを容認していたなどの事情が存するときは、信義則上、責任限度額を超えて運送人に対して損害の賠償を求めることは許されない」として、契約責任の在り方が不法行為責任に影響を及ぼすことを認めていた(最判平成10年4月30日)。

 また、国際海上物品運送法の改正のとおり、契約責任と不法行為責任とで同様に責任の減免を規律することは、国際的な運送法制の流れであるとも指摘される(ヘーグ・ヴィスビー・ルールズ4条の2第1項、モントリオール条約29条等)。

 要綱においても、早期かつ画一的に運送人の責任を定め、あるいは消滅させるという商法上の減免規定の立法趣旨からすれば、その規律を運送人の不法行為責任にも及ぼすべきとの考えがとられたものである。また、荷受人に対する不法行為責任(ただし書き)については、中間試案では、上記の最判平成10年4月30日を踏まえて「荷受人(当該運送契約による運送を容認した者に限る。)」とされていたところ、実務上、荷受人は運送を容認しているのが通常であり、原則として運送人の責任を減免する規律は荷受人にも及ぼすべきであるとの意見があったことや、国際海上物品運送法20条の2第1項との整合性から、要綱では上記のように表現が見直されている。

 加えて、要綱では、商法上の規定による運送人の契約責任の減免をその被用者の不法行為責任にも及ぼす旨の提案がなされている。

 現行法下では、運送人の被用者は、その行為により運送品の滅失等が生じたときは、荷主に対する不法行為責任を負うと考えられるところ、一般に、この責任は、運送人の契約責任の成否によって影響を受けるものではないが、運送人の責任を超えてその被用者が責任を負うことは相当でないとの考えなどから、国際海上物品運送法20条の2第2項、5項と同様の規律が盛り込まれたものである。

 なお、要綱による提案は、あくまで商法上の規定(商法578条、580条、588条、589条、566条)と不法行為責任との関係を規律するものであり、かかる改正がなされたとしても、運送人の契約責任を減免する旨の荷送人・運送人間の合意(運送約款等)の効力が荷送人又は荷受人に対する運送人の不法行為責任に及ぶかについては、別途、当該合意の内容の合理性や当事者の合理的意思解釈等に即して判断されることとなる。

以 上

 

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