- 1 裁判所法49条にいう「品位を辱める行状」の意義
- 2 裁判官がインターネットを利用して短文の投稿をすることができる情報ネットワーク上で投稿をした行為が裁判所法49条にいう「品位を辱める行状」に当たるとされた事例
- 1 裁判所法49条にいう「品位を辱める行状」とは、職務上の行為であると、純然たる私的行為であるとを問わず、およそ裁判官に対する国民の信頼を損ね、又は裁判の公正を疑わせるような言動をいう。
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2 裁判官がインターネットを利用して短文の投稿をすることができる情報ネットワーク上で投稿をした行為は、次の⑴~⑶など判示の事情の下においては、裁判所法49条にいう「品位を辱める行状」に当たる。
- ⑴ 当該投稿は、これをした者が裁判官の職にあることが広く知られている状況の下で行われた。
- ⑵ 当該投稿は、判決が確定した当該裁判官の担当外の民事訴訟事件に関し、その内容を十分に検討した形跡を示さず、表面的な情報のみを掲げて、私人である当該訴訟の原告が訴えを提起したことが不当であるとする一方的な評価を不特定多数の閲覧者に公然と伝えるものであった。
- ⑶ 当該投稿は、上記原告が訴訟を提起したことを揶揄するものともとれるその表現振りとあいまって、同人の感情を傷つけるものであった。
- (2につき補足意見がある。)
(1、2につき)裁判所法49条
(2につき)裁判官分限法2条
平成30年(分)第1号 最高裁平成30年10月17日大法廷決定 裁判官に対する懲戒申立て事件 戒告(民集72巻5号登載予定)
1 事案の概要
本決定は、裁判官である被申立人が、裁判官であることを他者から認識できる状態で、インターネットを利用して短文の投稿をすることができる情報ネットワークである「ツイッター」のアカウントを利用し、犬の返還請求に関する民事訴訟についての記事にアクセスすることができるようにしながら、「え?あなた?この犬を捨てたんでしょ? 3か月も放置しておきながら・・」等と記載した投稿(以下「本件ツイート」という。)をして、前記訴訟において犬の所有権が認められた当事者の感情を傷つけた行為が、裁判所法49条所定の懲戒事由に当たるとして申し立てられた裁判官分限事件に関する決定である。
被申立人は東京高等裁判所の判事であり、高等裁判所の裁判官に係る分限事件については最高裁判所が大法廷により第1審かつ終審として裁判をすることとされている(裁判官分限法3条2項1号・4条)ところ、本決定は、最高裁判所大法廷が最大決平成10・12・1民集52巻9号1761頁の説示を踏まえた審理手続を経て、本件ツイートをして訴訟関係者の感情を傷つけた行為は裁判所法49条にいう「品位を辱める行状」に当たるとした上、本件ツイートに先立つ2度の厳重注意の経緯等をも踏まえると、被申立人を戒告することが相当であるとしたものである。
なお、事実関係の詳細等は、本決定の判文を参照されたい。
2 「品位を辱める行状」の意義
(1) 裁判所法49条は、「裁判官は、(中略)品位を辱める行状があつたときは、別に法律で定めるところにより裁判によつて懲戒される」と規定する。裁判は、これを担当する裁判官の責任の下に、その独立の判断をもって行われるものであるから、裁判がこれを受ける者の心服を得るためには、裁判官の地位にある者が、職務の内外を問わず、人格的に、国民から尊敬と信頼の念を集めるにふさわしい品位を保たなければならないことは当然であるとされているところ、同条は、裁判官がこのような高度の品位保持義務を負っていることを前提として、裁判官の品位保持を図るとともに、その自省自粛を促す目的で「品位を辱める行状があつたとき」を懲戒事由の一つに定めたものであると解されている(最高裁判所事務総局総務局編『裁判所法逐条解説 中巻』(最高裁判所事務総局総務局、1969)148頁、野間繁「司法裁判と司法行政――司法行政権の限界」民訴2号(1955)68頁)。
同条にいう「品位を辱める行状」の意義については、「裁判官として国民の信頼を失墜するような醜行を演じたり、裁判の公正を疑わせるような行動をすること」をいうとする指摘もあるが(兼子一=竹下守夫『裁判法〔第4版〕』(有斐閣、1999)264頁)、同条が高度の品位保持を図ることを目的としていることからすると、醜行等に限定されるものと解することは相当でなく、実際にも、従来、その本来の語感より広く解されており、国民の裁判官あるいは裁判所に対する信頼を揺るがす性質の行為がかなり広くこれに包摂されるものと解される旨の指摘もある(最大決平成13・3・30集民201号737頁の金谷利廣裁判官の反対意見参照)。そして、具体的にいかなる行為がこれに当たるかは、世人の裁判官に対する信頼、ひいては裁判制度そのものに対する信頼の念を危うくするかどうかにより決すべきであると解されている(前掲逐条解説148頁)。
(2) ところで、裁判官弾劾法2条には、職務上の義務に著しく違反し、又は職務を甚だしく怠つたとき(1号)、その他職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があつたとき(2号)の二つが定められている。同条所定の弾劾事由と裁判所法49条の懲戒事由との関係については、単なる量的相違にとどまるか、質的相違をも含むものであるかに関して議論がないわけではないが(澤村一郎「最近の弾劾裁判所の歩み――昭和42年以降」弾劾裁判所年報1号(1983)2頁、金村博晴「弾劾と懲戒」弾劾裁判所年報3号(1986)29頁)、旧憲法下において免職を含む裁判官の懲戒事由を定めていた判事懲戒法(明治23年法律第68号)1条所定の懲戒事由(①職務上ノ義務二違背シ又ハ職務ヲ怠リタルトキ、②官職上ノ威厳又ハ信用ヲ失フヘキ所為アリタルトキ)、裁判官弾劾法2条所定の弾劾事由及び裁判所法49条所定の懲戒事由が、裁判官弾劾法2条所定の弾劾事由についてのみ「著しく」との文言が付加されていることを除き、相互に類似していること、また、同法の制定過程において、第1次法案における弾劾事由である「甚しく品位を辱しめる行為をしたとき」が、第8次法案の「その他裁判官としての信用を著しく失うべき非行があったとき」へと変更され、その後、同条2号の前記規定となったように(上村千一郎『裁判官弾劾法精義〔新訂版〕』(敬文堂、1982)82頁)、「裁判官としての威信を失うべき非行」という文言は、「品位を辱める行為」とほぼ同一の意義で用いられていることがうかがえることに照らせば、同号の弾劾事由から「著しく」を除いた「職務の内外を間わず、裁判官としての威信を失うべき非行」が裁判所法49条所定の「品位を辱める行状」に該当すると解することには合理性が認められるであろう。
また、裁判官弾劾法2条2号にいう「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」については、「裁判権の行使を委ねられた裁判官は、単に事実認定や法律判断に関する高度な素養だけでなく、人格的にも、一般国民の尊敬と信頼を集めるに足りる品位を兼備しなければならない。かかる人格的品位を有する裁判官の裁断にして、はじめて一般国民の裁判に対する心服を勝取ることができるのであって、裁判官という地位には、もともと裁判官に望まれる品位を辱める行為をしてはならないという倫理規範が内在していると考えなければならない。そして、この内在的規範に対する違反が外部的行為として現われたとき、『裁判官の非行』と観念されるのである。」、「裁判官については、その職務の性質上、一般公務員よりも更に高い品位が要求されていると考えられるから、一般公務員に関してはまだ『非行』とはいえない軽微な事由であっても、裁判官に関しては『非行』と評価されるケースがありうることを注意すべきである。」という指摘がある(前掲裁判官弾劾法精義98~99頁)。
本決定が裁判所法49条にいう「品位を辱める行状」の意義について、職務上の行為であると、純然たる私的行為であるとを問わず、およそ裁判官に対する国民の信頼を損ね、又は裁判の公正を疑わせるような言動をいう旨を判示したのも、前記のような理解や指摘を踏まえてのものと考えられる。
(3) なお、裁判官に対する国民の信頼を損ねる言動と、裁判の公正を疑わせるような言動は、多くの場合一致するものと解される。しかし、事実認定及び法令の解釈適用を中心とする裁判についての公正を疑わせるには至らないものの、裁判官に対する国民の信頼を損ねるといえる言動は観念し得るところであり、これも「品位を辱める行状」に当たると解されるから、両者が一致しない場合もあると考えられるところ、前記判示は、このような考えを踏まえたものと思われる。
3 「品位を辱める行状」該当性
(1) 本決定においては、裁判官が本件ツイートによって訴訟関係者の感情を傷つけた行為が、裁判官に対する国民の信頼を損ねるとともに、裁判の公正を疑わせるような言動に当たるとして、裁判所法49条にいう「品位を辱める行状」に当たるとされている。このように判断するに当たり、本決定は、①裁判官である被申立人による投稿であることが広く知られている状況の下で行われたこと(決定要旨2(1))、②確定した担当外の民事訴訟事件に関し、内容を十分に検討した形跡を示さず、表面的な情報のみを掲げていたこと(決定要旨2(2))、③私人である当該訴訟の原告が訴えを提起したことが不当であるとする一方的な評価を伝えるものであったこと(決定要旨2(2))、④前記訴えの提起を揶揄するものともとれるその表現振りとあいまって、当該原告の感情を傷つけるものであったこと(決定要旨2(3))等を指摘している。
(2)これらの指摘は、本件ツイートが「品位を辱める行状」に当たるか否かを判断するに当たっての個別的な考慮事情を示したものにすぎず、本決定は飽くまで本件事案限りの事例判断にとどまるものと思われるところ、これについては、次のようにいえるであろう。
まず、前記①の指摘は、本件ツイートが「品位を辱める行状」に当たると判断するに当たり、裁判官が、裁判官によるものであることが広く知られている状況の下で、前記②から④までの内容を有する投稿を行ったことが考慮されていることを示すものである。本件ツイートは、被申立人が裁判官の職務外で行ったものであり、被申立人のアカウントには被申立人の実名が付されているものの、当該アカウントや本件ツイートには裁判官の肩書きが付されていないことがうかがわれる。しかし、本決定は、当該アカウントにおける過去の投稿が官記の写真と共にされたこと等から、本件ツイートが裁判官によるものであることが不特定多数の者に知られている状況の下で行われたと認定している。
次に、前記②の指摘は、本件ツイートにおいて、確定判決により犬の返還請求が認められた原告側の事情や主張に対する検討結果の記載がなく、当該訴訟の紹介としても、被告の視点に立って書かれた報道記事へのアクセスが可能にされたにとどまることを踏まえて、こうした投稿が「裁判官が、その職務を行うについて、表面的かつ一方的な情報や理解のみに基づき予断をもって判断をするのではないかという疑念を国民に与える」こととなることが考慮されていることを示すものである。この指摘は、裁判官である者が個別の裁判に関連した投稿を行うに当たっては、前記のような疑念を生じさせることがないよう慎重に行う必要があるという考えを前提とするものと考えられる。
前記③の指摘は、本件ツイートの内容が、訴えを提起した一般私人である当事者の行為を一方的に不当と評価するものと受け止めざるを得ないものであることが考慮されたことを示すものである。この指摘は、裁判官が私人による民事訴訟の利用を不当であるとする一方的な評価を示したものと受け取られるような投稿をすることによって、国民の信頼を損ねたり、裁判の公正を疑わせたりすることがあってはならないという考えに基づくものと恩われる。
前記④の指摘は、本件ツイートが、「え?あなた?この犬を捨てたんでしょ?」等という、訴え提起を揶揄するものともとれる表現を用いたものであったことが考慮されたことを示すものである。裁判官である者が、私人による訴え提起を単に一方的に不当と評価するだけでなく、揶揄ともとれる表現振りを用いてこれを行うことにより、裁判所や裁判官に対する信頼はより大きく損なわれると考えられる。本決定は、当該当事者が実際に東京高等裁判所に苦情を述べており、本件ツイートが当該当事者の感情を傷つけたという事実に言及しているが、客観的にみて訴訟関係者の感情を不当に傷つけ得る行為であれば、苦情の有無や実際に感情を傷つけた事実の有無にかかわらず、「品位を辱める行状」に該当し得ることとなるものと考えられるところ、本決定は、本件ツイートが客観的にみてそのような行為であることを裏付けるものとして、前記の事実に言及したものとみることが可能であろう。
(3)ところで、本決定は、表現の自由との関係について、表現の自由の保障が裁判官にも及ぶことは当然であると説示した上で(同様の説示は、前掲最大決平成10・12・1にもある。)、本件における被申立人の行為は表現の自由として裁判官に許容される限度を逸脱したものである旨を簡潔に説示している。
このような説示をする前提として、本決定は、本件ツイートが、一般の閲覧者の普通の注意と閲覧の仕方とを基準とすれば、民事訴訟における被告の主張や報道記事を要約するにとどまらず、当該訴訟の提起が不当であると被申立人自身が考えていることを伝えるものと受け止めざるを得ないものであるとしている。本決定が表現の自由につき前記のような説示をしたのは、本件ツイートの評価がこのようなものである以上、裁判官が一市民として表現の自由を有することを踏まえても、被申立人の行為が懲戒事由に該当すると認められることは明らかと考えられることによるものと思われる。なお、山本庸幸裁判官、林景一裁判官、宮崎裕子裁判官の共同補足意見は、表現の自由の観点から、一国民としての裁判官の表現行為が無用に萎縮することがないよう付言している。
本決定は、裁判官が、公正、中立な審判者として裁判を行うことを職責とする者であることから、裁判官による特定の表現行為にはおのずから一定の制約があることを踏まえて、飽くまで裁判官の行為が裁判官の懲戒事由である裁判所法49条の「品位を辱める行状」に該当する旨を説示したものにすぎず、一般私人によるSNSへの投稿の違法性や懲戒事由該当性についての判断に影響を与えるものではないものと思われる。
4 本決定の意義について
本決定は、最高裁判所が、裁判所法49条にいう「品位を辱める行状」の意義について判断し、その該当性についての事例判断を行ったものであり、重要な意義を有するものと考えられる。