SH4381 最一小判 令和4年4月21日 傷害、暴行被告事件(岡正晶裁判長)

そのほか

【判示事項】

 傷害罪の成立を認めた第1審判決に判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるとした原判決に、刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があるとされた事例

【判決要旨】

 医師の意見から認められる外力の態様に加え、Aが受傷した当時の状況、Aの受傷状況に関する被告人の言動を総合してAに対する被告人の暴行を認定し傷害罪の成立を認めた第1審判決について、医師の意見からは第1審判決が認定の根拠としたAの頭部にA以外の者の行為による強い外力が加わった事実は認められないからその認定は前提を欠くとしたほかは、Aの受傷状況に関する被告人の供述が信用できないからといって被告人の暴行を認定することはできない旨を説示しただけで、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるとした原判決は、間接事実を総合した場合に被告人の暴行を認定することができるか否かについて判断を示したものとはいえないから、事実誤認の審査に当たり必要な検討を尽くして第1審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることを十分に示したものとはいえず(判文参照)、刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があり、同法411条1号により破棄を免れない。

【参照条文】

 刑訴法382条、411条1号

【事件番号等】

令和2年(あ)第1751号 最高裁判所令和4年4月21日第一小法廷判決 傷害、暴行被告事件(刑集76巻4号268頁) 破棄差戻し

原 審:令和元年(う)第2234号 東京高裁令和2年11月5日判決

第1審:平成29年(わ)第175号、同第271号 東京地裁立川支部令和元年12月3日判決

【判決文】

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=91114

【解説文】

1 事案の概要及び審理経過

 本件は、被告人が、交際相手の双子の男児A及びB(当時7歳)に対する傷害等(Aに対する暴行及び傷害、Bに対する傷害)の各事実で起訴された事案である。

 第1審で、被告人は、Aに対する暴行及びBに対する傷害の各事実は認めたが、Aに対する傷害については、Aに対して暴行を加えておらず無罪である旨主張した。

 第1審判決は、Aに対する暴行及びBに対する傷害の各事実を認定した上、Aに対する傷害について、要旨、「被告人は、平成28年4月3日午後1時34分頃から同日午後1時41分頃までの間(以下「本件時間帯」という。)に、東京都府中市内の公園(以下「本件公園」という。)において、Aに対し、その頭部に回転性加速度減速度運動を伴う外力を加える暴行(以下「本件暴行」という。)を加え、よって、Aに急性硬膜下血腫等及び重度の認知機能障害等の後遺症を伴う脳実質損傷の傷害を負わせた」旨の犯罪事実を認定し、被告人を懲役3年に処した。

 被告人が控訴し、訴訟手続の法令違反、事実誤認、量刑不当を主張したところ、原判決は、Aに対する傷害について本件暴行を認定することはできないとして第1審判決を事実誤認を理由に破棄し、被告人に対し、Aに対する暴行及びBに対する傷害の各事実につき懲役1年6月、4年間執行猶予を言い渡し、Aに対する傷害の事実につき無罪を言い渡した。

 双方が上告し、検察官は、本件暴行が認定できるからAに対する傷害罪が成立するとして、原判決がAに対する傷害の事実を認めて有罪とした第1審判決を破棄して無罪とした点に関し、判例(最一小判平24・2・13刑集66巻4号482頁〔以下「平成24年判例」という。〕等)違反、法令(刑訴法382条)違反、事実誤認を主張し、弁護人は、Aに対する暴行及びBに対する傷害の各事実についても無罪であるとして、憲法(37条)違反、法令(刑訴法30条)違反、事実誤認を主張した。

 本判決は、いずれも適法な上告理由に当たらないとしつつ、検察官の上告趣意に鑑み、職権をもって、原判決を刑訴法382条の解釈適用の誤りにより破棄し、本件を東京高等裁判所に差し戻した。

 

2 解説

 (1) 問題の所在

 前記1のとおり、第1審判決と原判決は、Aに対する傷害に関し、被告人のAに対する暴行が認められるか否かについて異なる判断をしている。

 Aに対する傷害については、本件時間帯に本件公園内においてAの頭部に外力が加わって架橋静脈(脳実質と頭蓋骨〔硬膜〕との間を橋渡しする静脈)が破断したことは、第1審判決及び原判決がともに認定しており、本判決も、その判断を是認している。

 このように限られた時間・場所で被告人と一緒にいたAに加わった外力の原因が本件暴行であると認定できるかが争点となったところ、第1審判決は、Aの傷害に関する医師の意見(以下「医師の意見」という。)のみから「Aの頭部にA以外の者の行為による強い外力が加わった事実」を認定し、この事実に加えてAが受傷した当時の状況(以下「当時の状況」という。)やAの受傷状況に関する被告人の言動(以下「被告人の言動」という。)を考慮して、本件暴行を認定した。

 これに対し、原判決は、「医師の意見からは第1審判決が本件暴行の認定の根拠としたAの頭部にA以外の者の行為による強い外力が加わった事実を認定することはできないから第1審判決の認定は前提を欠く」とした上で、「Aの受傷状況に関する被告人の供述が信用できないからといって本件暴行を認定することはできない」旨説示し、「本件暴行を認定した第1審判決に判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある」と判断した。

 このような原判決が、第1審判決の事実認定について、事実誤認の審査(刑訴法382条)を適切に行ったものといえるかが問題とされた。

 (2) 説明

 刑訴法382条の事実誤認とは、第1審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることをいい、控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには、第1審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることを具体的に示す必要がある(平成24年判例)。

 また、控訴審が、事実誤認により第1審判決を破棄するには、事実誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであることを要する(刑訴法382条)。この「判決」には、主文だけでなく、理由中で犯罪に対する構成要件的評価に直接又は間接に関係する部分(「罪となるべき事実(犯罪事実)」等)も含まれると解されている。

 そうすると、有罪の第1審判決が明示した証拠説明(証拠の取捨選択に関する判断や、証拠から犯罪事実を認定した心証形成の過程等。判決書の「事実認定の補足説明」等の部分)は、論理則、経験則等に照らして不合理であるが、第1審で取り調べた証拠の証明力評価を適切に行えば第1審判決同様の犯罪事実を認定することができる場合には、破棄事由である「判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認」は認められないことになると考えられる。

 したがって、控訴審が、有罪の第1審判決を事実誤認により破棄するためには、理論上は、①第1審判決が明示した証拠説明が不合理であることを具体的に示すだけでなく、②第1審で取り調べた証拠から第1審判示の犯罪事実を認定することが不合理であることも具体的に示す必要がある(大熊一之「裁判員裁判と控訴審―裁判の立場から―」刑事法ジャーナル65巻(2020)45頁、平成24年判例の調査官解説〔最高裁判例解説刑事篇平成24年度146頁[上岡哲生]〕。)。

 もっとも、多くの事案では、前記①の説示に②の趣旨も含まれるため、①の説示とは別に②の説示をする必要はない。しかし、複数の間接事実を総合して犯罪事実を認定する事案では、①の説示のみでは、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があることの説示として足りない場合がある。例えば、検察官が間接事実A・B・Cを主張し、第1審判決が証拠説明において「間接事実A・Bを総合して犯罪事実を認定した」旨明示したのに対し、控訴審判決が、「Bは認定できず、Aだけでは犯罪事実を認定することはできない」として、第1審判決が明示した証拠説明が不合理である旨を示した場合(①)でも、証拠上、間接事実Cが認められるときは、「A・Cを総合しても犯罪事実を認定することができないこと(②)」についても判断を示す必要があり、この点の判断を示すことなく、犯罪事実を認定した第1審判決について、「判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある」と判断することはできないと考えられる。

 (3) 本判決

 前記1のとおり、原判決は、「医師の意見からは第1審判決が本件暴行の認定の根拠としたAの頭部にA以外の者の行為による強い回転性加速度減速度運動が加わった事実は認定できないから第1審判決の認定は前提を欠く」とした上で、「Aの受傷状況に関する被告人の供述が信用できないからといって本件暴行を認定することはできない」として、第1審判決が明示した証拠説明が不合理であることを示し、事実誤認により第1審判決を破棄しているが、医師の意見に加え、当時の状況や被告人の言動を総合考慮することにより本件暴行を認定することができるかについては判断を示していない。

 このような原判決の判示方法について、本判決は、「医師の意見から認められる外力の態様に加え、当時の状況、被告人の言動を総合して、本件暴行を認定することができるか、言い換えれば、A自身の行為等の本件暴行以外の原因による受傷の具体的可能性を否定することができるかを検討しなければ、これらの間接事実から本件暴行を認定した第1審判決に判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるか否かを判断することはできない」とした上で、「原判決は、上記の必要な検討を経た判断を示しているものと評価することはできない」として、刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があると判示した。

 本判決は、前記(2)のような考え方に基づき、原判決について、刑訴法382条にいう事実誤認の審査に当たり必要な検討を尽くして第1審判決の事実認定が不合理であることを十分に示したものと評価することはできないと判断したものと解される。事例判断ではあるが、事案によってはこのような不合理性審査を明示する必要がある旨を判示した点において重要な意義を有し、同種の事案の処理における参照価値が高いと思われる。

 

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