コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(138)
―日本ミルクコミュニティ㈱のコンプライアンス⑩―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、準備委員会で検討された総務、人事、経営企画、コンプライアンスについて述べた。
合併会社の本社は、「3社の社員が前向きな気持ちで業務に邁進できる」、「クレーム発生時に緊急対応できる立地」、「取引先へのプレゼンテーション設備がある」、「3社の社員の生活に大きな影響がでない」、「耐震性等の安全性」等を念頭に選定し、規定は、現行3社の規定類を合理性・機能性・安全性の観点から比較検討して策定した。
人事体制は、出身組織の異なるメンバーのそれぞれの持ち味を活かしてやる気を引き出し能力が発揮できるトータル人事システム(職務・職能を核として昇格・昇給・異動、人事評価、職能資格、賃金制度、能力開発を連動させるシステム)の構築を目指した。
移行人数の算出に当たっては、2002年3月期の営業赤字見込額をベースに会社別人員削減数を積算した。
経営企画部会は、主に、統合スキーム、理念と行動規範、組織機構、中期経営計画等の原案を策定し、新会社の設立を推進した。
統合のスキームは、雪印乳業(株)、ジャパンミルクネット(株)、全国農協直販(株)が共同して新設する新会社に、雪印乳業とジャパンミルクネットは各々市乳事業を、全国農協直販は営業の全部を承継させる「新設分割」とした。
コンプライアンス部の設置は、「新会社の組織機構の考え方」を協議した当初から想定されており、企業倫理・理念・行動規範・法令遵守の浸透を図るコンプライアンス課と内部監査および監査役監査の補助を行なう業務検査課に分かれていた。
新会社が「雪印乳業食中毒事件」と「雪印食品牛肉偽装事件」の2つの事件を契機に設立された会社であることから、新会社のコンプライアンスに対する社会の注目度は高く、仮にコンプライアンス違反を起こした場合には、通常の会社以上に厳しい目が向けられることは容易に想像できた。
今回は、新会社の中期経営計画について考察する。
【日本ミルクコミュニィティ㈱のコンプライアンス⑩:中期経営計画①】(『日本ミルクコミュニティ史』159頁~160頁)
新会社の利益計画は、初年度(2003年1月~3月)・2年度(2003年4月~2004年3月)の累積赤字を、3年度目(2005年3月)に単年度黒字化した上で、4年度目(2006年3月期)に一掃することを目指した。[1]
そのための中期経営計画を「ミルクコミュニティ2005」(略称MC05)と命名し、2005年度に達成すべき企業像を、「ミルクコミュニティに参加する全ての人々と新しい信頼関係を築き、21世紀にふさわしい市乳会社として成長の基盤を確立します。」と謳い、次の4つの中期経営目標を掲げ、具体的な施策を設定した。
- ① お客様との新たな信頼関係の構築
- ② 事業基盤の確立
- ③ 求心力の構築
- ④ 経営基盤の確立
表.MC05基本方針と体制及び施策
基 本 方針 |
良質で安心・安全な商品・サービスの提供と情報開示を行う。そのために、お客様の声を聴き、ニーズを把握し、品質保証マネジメントシステムの構築等に反映させる。お客様視点の活動により新たな信頼関係の構築を目指す。 | ||
体 制 | MCQS | HACCP+情報開示による独自の品質マネジメントシステムを構築する。 ※MCQS:ミルクコミュニティ品質システム | |
お客様センター | 本社にお客様相談対応窓口とそれをサポートする情報システムを構築する。 | ||
ミルクコミュニティ委員会 | 社会の声を企業活動に反映させるために、お客様、生産者、販売店等と取締役会への助言・意見交換の場を設ける。 | ||
コミュニケーション部 | 情報の受信・分析・発信の機能を一元管理する部署を設置し、社内外との積極的なコミュニケーション活動を実施する。 | ||
施 策 展 開 | 商品の安全性の確保 | 牛乳トレーサビリティシステムの段階的実施 | 工程内履歴管理、製品出荷履歴管理を自工場、関連会社、デポにも導入し、お客様の求める情報をいつでも提供できる体制を構築する。 |
品質監査の強化 | 各部門・場所ごとの内部監査員によるチェック体制の確立、表示チェック体制の確立、社外監査機関の監査導入によりMCQSの有効性を高める。 | ||
企業コミュニケーションの充実 | ミルクコミュニティクラブの構築 | ホームページや工場開放等の活動の主体として、ミルクコミュニティクラブ(仮称)を立ち上げ、お客様との双方向コミュニケーションを実施する。 | |
お客様モニター制度の導入と活用 | お客様モニター制度を導入し、商品・サービスの開発・改善に役立てる。 | ||
お客様満足の向上 | お客様満足度調査を踏まえたCS向上施策の策定 | お客様から見た当社の姿を正しく把握し、社内で情報を共有化するとともに、問題点の把握と対応を図る。 | |
CSレポートの作成と経営への反映 | CSレポートを定期的に作成し、お客様情報を把握するとともに、諸会議に報告し商品やサービスの向上を図る。 |
※『日本ミルクコミュニティ史』160頁の表を筆者がまとめた。
上記のように、市乳統合会社設立準備委員会では、親会社3社の不祥事による社会的信頼の失墜を反省し、何よりも①お客様との新たな信頼関係の構築を重視し、様々な施策を考案した。[2]
次回は、今回の続きとして、②事業基盤の確立、③求心力の構築について考察する。
[1] 具体的な収支計画は、次の通りであった。(『日本ミルクコミュニティ史』159頁)
2003年3月期 | 2004年3月期 | 2005年3月期 | 2006年3月期 | |
純売上高 | 530 | 2.452 | 2,524 | 2,573 |
経常利益 | ▲16 | ▲11 | 12 | 27 |
当期利益 | ▲16 | ▲12 | 11 | 22 |
繰越利益 | ▲16 | ▲28 | ▲16 | 6 |
[2] 特に、MCQS(Milk Community Quality System)は、HACCPを基準に、①お客様の声の傾聴と実現(お客様モニター制度、CSレポートの作成とCS会議の実施)、②出荷体制と検査体制の確立(迅速検査法の確立、センサー類の整備)、③牛乳トレーサビリティの確立(工程内履歴、製品出荷履歴、原材料履歴の段階的整備)、④情報開示(工場公開、HPの活用、商品情報の公開)、⑤品質監査の充実(内部監査の充実と社外の専門機関の監査)、⑥品質管理教育の充実・徹底(全役職員に研修を実施するとともに研修の成果を人事制度に反映)等、独自の施策を構築した。