租税における公平の実現
第8回
首都大学東京法科大学院教授・弁護士
饗 庭 靖 之
第3 租税公平主義から国際的な租税回避を防ぐための課税制度
(3) 国内規定及び租税条約をIOT企業への課税と整合させる必要性
所得税法および法人税法は、非居住者ないし外国法人に対しては、我が国の国内に源泉のある所得(国内源泉所得)に対してのみ課税することとしている(所得税法5条、7条、法人税法4条、9条)。
所得税法161条および法人税法138条は、「国内の事業または国内にある資産の運用・保有・譲渡から生ずる所得」、「国内における人的役務の提供を主たる内容とする事業により生ずる所得」などを国内源泉所得としている。
したがって、外国法人が、「国外から」インターネット等を使って人的役務の提供を行ったときは、その対価は国外源泉所得であり、法人税は非課税とされている。
インターネットにより国際的に財・サービスを提供する事業活動については、国際的に消費者を相手に商品を販売する企業活動としてとらえていく必要があり、各国がこのような事業活動を行うことに対して提供している行政サービスの原資を得るため、これらのインターネットにより国際的に財・サービスを提供する事業会社に適正な税負担を求めるべく、法律上の手当てがされるべきである。
しかし、このような法規制はたんに国内規制であるだけでなく、我が国が締結している租税条約上の規律でもある。
所得税法162条、法人税法139条は、租税条約で別段の定めがされている場合は、それによることとされており、条約上の定めが国内税法に優先することとされている。
わが国の締結した租税条約の事業所得条項は、OECDモデル租税条約の規定に準拠している。
OECD租税モデル条約は、国内で法人格を持つ外国企業の現地法人は、内国法人として課税されるが、外国企業は、恒久的施設(PE)を通じて事業を行わない限り、サービスの提供事業所得も含めて、「利得」に課税されることはないことを規定している。
これは、一方の国の企業が、他方の国に恒久的施設を有するまでは、当該企業が一方の国の経済活動に参加しているとみなされ、他方の国が当該企業の利得に課税権をもつべきではないという考えに基づく。
恒久的施設(PE)にのみすべての国内源泉所得への課税を認めるのは、貿易取引や事業の準備的活動を課税の対象から除外することによって、国際的経済活動に対する租税の阻害効果をできるだけ排除することが目的であるとされる。
インターネットによって国際的な事業活動を行っているときに、恒久的施設(PE)がないと課税されないのは、インターネットによらないで行われる事業活動が自国内で行われているときに課税されていることと公平性を欠いており、ネットサービス利用国側の課税権が阻害されている状況を改善し、ネットサービス利用国側の課税権を認めていくことが必要である。
このため、「PEなければ課税なし」の原則を、インターネットにより国際的に財・サービスを提供する行為について、適用しないこととする必要がある。
そして、多国籍企業が、各国に所在する現地法人から、知的財産の使用料として支払いを受けている収入に対しても、ネットサービス利用国側が課税権を有することが必要である。
(4) 多国間及び二国間の交渉の必要性
OECDモデル租税条約の「PEなければ課税なし」の原則の枠外に出ることは、わが国が締結してきた租税条約の内容と齟齬を来すので、租税条約の改定交渉を行っていくことが必要である。
課税対象の収益は、事業者の経済活動により稼得されたと考えられることから、両国が事業者の経済活動が行われた国と考えられることから、事業者の活動が行われている国と事業者の居住国が課税権を有すると考えられ、事業者の活動が行われている国と事業者の居住国による二重課税を避けるためには、サービスの提供国と供給国の課税権の調整の交渉が必要である。
しかし、有力な国際ネット企業が所在するアメリカとの間で締結されている日米租税条約を、アメリカのネット企業が日本で行う活動に対して課税することにつき、米国政府の同意が得られることは困難であるとして、国際ネット企業の海外の事業活動に対する課税については、OECDモデル条約における事業所得条項の改正等の議論の決着に委ねるべきだという議論は考えられる。
しかしながら、租税公平主義の実現のためには、国際ネット企業に対する課税を実現することは、我が国の租税における公平の実現を図る問題であり、その問題の解決のために多国間及び二国間での交渉の努力が必要である。
それでも、「PEなければ課税なし」の原則がインターネットを利用して行われる財・サービスの提供行為に対する適正な課税のための壁になるときは、この原則が企業の「利得」に対してのものであるため、所得以外の課税の方法について検討していくことが必要であろう。