◇SH0942◇日本企業のための国際仲裁対策(第18回) 関戸 麦(2016/12/22)

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日本企業のための国際仲裁対策(第18回)

森・濱田松本法律事務所

弁護士(日本及びニューヨーク州)

関 戸   麦

第18回 国際仲裁手続の序盤における留意点(12)-仲裁人の選任等その3

4. 仲裁人の人数-1名と3名のいずれが望ましいか

(1) 仲裁人の人数について検討をする必要性

 仲裁人の人数は、通常、1名か3名のいずれかである。前回(第17回)述べたとおり、当事者が仲裁人の人数について合意をすれば、これによって人数が定まる。

 また、当事者が合意をしない場合、仲裁人の人数は、同じく前回述べたとおり、仲裁機関の規則と、仲裁機関の判断に従い1名か3名かが定まるが、この場合も、当事者は仲裁人を1名とするべきか、あるいは3名とするべきかについて意見を述べることができ、この意見は仲裁機関によって考慮される。

 一方、仲裁人の人数が1名と3名のいずれになるかは、当事者にとって重要な意味を持ちうる。まず、後述のとおり、仲裁人の人数が1名か3名かによって、手続のコストや迅速さが変わり、また、実体面(請求が認められるか否か、さらに認められる場合にはそれがいくらになるかなど)の判断にも影響が及びうる。加えて、第16回において、誰が仲裁人になるかが極めて重要な意味を持つと述べたが、仲裁人の人数が1名か3名かによって、前回述べたとおり仲裁人の選任手続が変わるため、誰が仲裁人になるかも変わってくる。

 このように仲裁人の人数には重要な意味があり、かつ、この点について当事者に合意をする機会と、意見を述べる機会がある以上、当事者としては、仲裁人の人数を1名とするべきか、あるいは3名とするべきかについて検討をすることが必要となる。

(2) 仲裁人の人数を1名とすることのメリット

 仲裁人の人数を1名とすることのメリットとしては、コストとスピードが挙げられる。

 コスト面については、仲裁人の報酬が、その人数が少ない分、3名の場合よりも抑えられる。例えば、ICCのホームページには、「cost calculator」というページがあり[1]、請求金額を入力すると、これに応じてICCに支払う管理費用及び仲裁人報酬の合計額の見積もりが提示されるところ、仲裁人の人数が1名か3名かによって、金額が大きく異なってくる。例えば、請求金額が100万米ドルの場合、仲裁人1名の平均額が3万9378米ドルであるのに対し、仲裁人が3名の平均額が11万8134米ドルであり、請求金額が1000万米ドルの場合、仲裁人1名の平均額が11万3284米ドルであるのに対し、仲裁人3名の平均額が33万9852米ドルである[2]。仲裁人の報酬は、代理人弁護士の報酬と比べると低額であるため、国際仲裁のコスト全体の中で過半を占めるものではないものの、絶対額としては上記のとおり相当な額であり、その額が仲裁人の人数によって、大きく異なってくる。

 スピードについていえば、仲裁人として選ばれる弁護士は多忙なことが多いため、仲裁人が3名の場合、ヒアリング等のスケジュール調整が困難になる可能性が高まる。また、仲裁判断(award)を作成する時間も、仲裁人3名で合議を行う分、長時間となる可能性がある。仲裁判断以外にも、仲裁人は様々な手続面の判断を行うところ(例えば、ディスカバリーの有無及び範囲、書面提出期限等のスケジュール設定、ヒアリングにおける各当事者の持ち時間の設定といったものがある)、その判断も3名で合議を行う場合には、1名の場合よりも時間がかかるものとなる。したがって、仲裁人が1名の場合、仲裁人が3名の場合よりも、手続がより迅速に進行する可能性が高い。 

(3) 仲裁人の人数を3名とすることのメリット

 これに対し、仲裁人の人数を3名とすることのメリットとしては、判断の質が、仲裁人が1名の場合よりも高まる可能性があるという点が指摘できる。確かに、1名の視点よりも、3名の視点で見た方が、事実誤認その他の判断の誤りが生じる可能性は、相対的に低くなると考えられる。特に国際仲裁においては上訴がなく、上級審において判断の誤りが是正されることがないため、この判断の誤りを避ける必要性は高い。

 もっとも、仲裁人が1名であっても、筆者の経験では、有能な仲裁人が確保でき、概ね適切な判断がなされている。仲裁人が3名であることに、上記のメリットがあることは確かではあるものの、仲裁人を1名とすること自体に特段の問題はないと考えている。

 次に、仲裁人を3名とすることのメリットとしては、専門的知見を確保しやすいという点もある。例えば、技術的な事項が問題となる案件において、3名の仲裁人のうち2名を弁護士、1名を技術的な事項の専門家とすることが考えられる。このような構成とすることによって、仲裁人が弁護士のみである場合よりも、専門的知見への対応力が高い仲裁廷となる。

 もっとも、専門的知見の確保の方法としては、専門家証人を各当事者が確保し、その尋問を行うという方法も一般的である。この場合、各当事者には、相手方が選任した専門家証人につき反対尋問の機会が与えられる。これに対し、仲裁人として専門家を選任した場合、その専門的な見解は、専門家ではない他の仲裁人に対して強い影響力を及ぼすと考えられるところ、この専門的な見解が、批判的な検証に晒されることはない[3]。すなわち、仲裁人の見解は、最後の仲裁判断(final award)において示され、この段階では仲裁手続は終了している以上、この見解に対して当事者が反論等をする余地はない。専門的知見についても反論の機会を確保したいということであれば、専門家を仲裁人として確保するよりは、専門家証人を各当事者が確保する形式の方が望ましい。

 最後に、仲裁人を3名とすることのメリットとして、うち1名を、当事者が自ら指名できるという点もある。特に、当事者双方が異なる文化圏に属する場合、各当事者が自らの文化圏に属する仲裁人を指名すれば、仲裁廷が一方の文化圏に偏らずに、双方の文化圏に属する者によって構成されることになる。

 もっとも、当事者が指名した仲裁人も、中立的な立場となるため、自らに有利な判断をするとは限らず、この点も必ずしも決定的なものではない。

(4) 小括

 以上のとおり、仲裁人を1名とすることにも、3名とすることにもそれぞれメリットがあり、一概に決めることはできない。一つ言えることとしては、請求金額が数十億円以上になるような大規模案件で、実質的な争いがある場合には、仲裁人の人数を3名とすることが通常であるが、その他の場合には、いずれのメリットがその事案でより強く妥当するかを検討の上、事案毎に、仲裁人を1名とするべきか、あるいは3名とするべきかを判断することになる。

以 上



[2] 但し、ICCの費用については2017年1月1日に改訂が予定されているため、以降「cost calculator」における見積額も、若干変更になる。

[3] 日本の民事訴訟手続においては、専門的知見を確保する方法として専門委員という制度があるところ(民事訴訟法92条の2から7)、専門委員の関与に対しては、専門委員の見解に対して十分な反論の機会が与えられないまま、裁判所が専門委員の意見によって訴訟の結果を左右するような心証を抱く可能性があるといった懸念が示されることがある。これは、専門家を仲裁人とする場合の懸念に、類似するものといえる。

 

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