タイ:クーデターと日系企業に対する影響
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 佐々木 将平
昨年11月からの反政府デモを機に緊張の高まった政治対立は、5月22日ついにクーデターという形で軍の介入を招くこととなった。プラユット陸軍司令官を議長とする国軍が組織するNCPO(National Council for Peace and Order。略称NCPO。当初はPOMCやNPOMCという名称も見受けられたが、この辺りの英語名称が統一されないところがある意味タイらしい)が政権を掌握し、憲法の停止を宣言した。
現時点では、企業活動や市民の日常生活には目立った影響は出ていない。軍部がクーデターに先立って発令した戒厳令の下では、軍が逮捕拘留、押収権限等の強大な権限を有しており、また戒厳令法上もその権限行使について民事・刑事責任を問われないことが保証されているなど戦時に相当するような非常事態が想定されているが、企業活動や市民の日常生活においてはその緊張感はあまり感じられない。6月13日に解除されるまで約3週間にわたって夜間外出禁止令が適用されたが、工場や病院の勤務者、出入国する旅行者等は対象外とされていた上、対象時間も当初の夜10時以降から、5月28日からは12時1分以降に短縮されており、影響は限定的であったと思われる。
NCPOは政権を掌握するとともに、プラユット議長を首相代行とし内閣を終了させることも宣言した。これによって各省庁の大臣もいなくなったわけであるが、事務次官に大臣の権限を代行させる布告を出しており、各種行政手続は通常通り行われている。昨年11月から今年初めにかけて行われたデモ隊による政府関係庁舎占拠の際には一部の行政手続がストップ等していたから、その時に比べるとむしろ状況は改善しているとも言える。
長引く政治的混乱が企業活動に与えている影響の一つは、投資委員会(BOI)の投資奨励承認手続が滞っている点だ。BOIは、タイへの投資促進のために、税務上の恩典を含む各種恩典をプロジェクトに付与することが認められているが、投資額2億バーツ以上(土地代と運転資金を除く)の案件の承認に必要な委員の任命ができない状況が昨年12月の下院解散以降続いており、承認手続が滞っていた(報道によれば、棚上げとなっている案件は6,600億バーツに上る)。しかし、これについても、NCPOは、プラユット議長自ら委員長に就任するとともにBOIの委員を指名し、2億バーツ以上の案件を承認できる体制を整えたため、今後は未処理の案件の承認手続が進むことが予想される。また、BOIに関しては、昨年末までに予定されていた投資奨励策の改定案(昨年1月に公表された草案に基づく最終案)の公表が大幅に遅れているが、今後の進展が注目される。
プラユット議長は日本人商工会議所の代表者らとの面会でも経済活動への配慮も行っていく旨述べているが、経済活動への影響を最小限に抑えた合理的な対応と新政権へのスムーズな移管が望まれる。