公取委、株式会社リクルートホールディングス
及び株式会社リクルートに対する勧告
岩田合同法律事務所
弁護士 佐々木 智 生
1. 事案の概要
株式会社リクルートホールディングス(以下「リクルートホールディングス」という。)及び株式会社リクルート(以下「リクルート」という。)は、消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法」 (以下、「消費税転嫁対策特別措置法」という。)3条1号前段(減額)に違反したとして、公正取引委員会から令和元年5月24日付けで勧告(以下「本件勧告」という。)を受けた。
そのうちリクルートホールディングスの違反行為は、平成26年4月1日以後、原稿作成業務(「タウンワーク」や「じゃらん」等のウェブサイト、雑誌等に掲載する記事、写真、イラスト等の作成)の委託料について、消費税相当分(8%)又は平成26年4月1日の消費税率引上げ分の全部(3%)若しくは一部(3%未満)に相当する額を減じて支払ったとの内容である(末尾の公正取引委員会作成の資料参照)。
2. 消費税転嫁対策特別措置法の目的
消費税転嫁対策特別措置法は、平成26年4月実施及び令和元年10月実施予定の消費税の引上げに際し、消費税の転嫁拒否等の行為を規制することで、消費税の円滑かつ適正な転嫁を確保することを目的とする。
消費税の転嫁とは、税金が取引価格の一部として移転することを意味し、消費税の円滑かつ適正な転嫁とは、生産・流通段階で生じる税金が順々に次段階へと転嫁させていき[1]、最終的には消費者がその全てを負担することを意味する。
たとえば、生産・流通の段階で力の強い事業者が仕入れにかかる消費税を特定供給事業者に負担させた場合、力の弱い事業者の経営が圧迫され、消費者が負担する税というコンセプトに反することになるところ、このような事態を防ぐために消費税転嫁対策特別措置法が存在する[2]。
3. 消費税転嫁対策特別措置法3条1号前段
消費税転嫁対策特別措置法3条1号前段は、「対価の額を減じ……ることにより、特定供給事業者による消費税の転嫁を拒むこと」、すなわち増税日以後に特定供給事業者から供給を受けた商品又は役務について、合理的な理由なく既に取り決められた対価から事後的に減じて支払うことを規制している。
例えば、平成26年4月1日の消費税引上げに際して、消費税を含まない価格が100円の商品について、消費税率引上げ後の対価を108円として契約したにもかかわらず、支払段階で消費税率引上げ分の3円を減じ、105円しか支払わない場合が想定される。
4.本件勧告について
本件は、原稿作成事業者約1500名に支払う委託料について本体価格で定め、消費税額分を上乗せした額で支払うことが合意されていたにもかかわらず、消費税額分(8%)を全く支払わないか、平成26年4月1日の消費税率引上げ分の全部(3%)若しくは一部(3%未満)に相当する額を減じて支払った事案である。報道によれば、リクルート側の担当者が請求書に消費税を記載しないよう指示をしていたこともあったという。
リクルート側は、消費税転嫁対策特別措置法及びガイドラインに対する理解が充分でなかったとのコメントを発表しているが、本件はまさに消費税転嫁対策特別措置法3条1号前段が想定する典型的なケースであり、勧告がなされるのもやむを得なかったと考えられる。
今年の10月には消費税率が10%に引き上げられる予定であり、各企業としては、消費税転嫁対策特別措置法上の規制に留意する必要性は高まる一方である。
特定事業者としては、消費税の引上げ分を特定供給事業者に負担させることを目的とする等、合理的な理由のない減額を行ってはならないことは当然であるが、合理的な理由のある減額を行う場合であっても、合理的な理由が存在することを説明できるよう、減額に至る経緯を記録化しておくことが望ましい。
また、ガイドラインにおいて、合理的な理由が認められる具体例が記載されているが、これらの例以外にも取引の実態に照らして合理的な理由が認められる場合があり得る[3]。実務上、判断に迷った場合には、まずは弁護士等の専門家に、そのうえで必要に応じて公正取引委員会の相談窓口に照会・相談する等して、違反行為の回避に努めることが望ましい。
[1] たとえば、原材料製造業者→完成品製造業者→卸売業者→小売業者→消費者との商流がある場合、生産・流通の各段階で、消費税の引上げ分どおりに取引価格が上昇することを意味する。
[2] 阿部泰久『Q&A消費税転嫁と価格表示』(新日本法規、2013)2~4頁。
[3] 山田弘ほか編『消費税転嫁対策特別措置法の解説』(公正取引協会、2014)41頁。