弁護士法23条の2第2項に基づく照会に対する報告をする義務があることの確認を求める訴えの適否
弁護士法23条の2第2項に基づく照会をした弁護士会が、その相手方に対し、当該照会に対する報告をする義務があることの確認を求める訴えは、確認の利益を欠くものとして不適法である。
弁護士法23条の2、民訴法134条
平成29年(受)第1793号 最高裁平成30年12月21日判決 損害賠償請求事件 破棄自判(民集登載予定)
第1審:平成23年(ワ)第7490号 名古屋地裁平成25年10月25日判決
第1次第2審:平成25年(ネ)第957号 名古屋高裁平成27年2月26日判決
第1次上告審:平成27年(受)第1036号 最高裁平成28年10月18日判決
第2次第2審:平成28年(ネ)第912号 名古屋高裁平成29年6月30日判決
1 事案の概要及び審理の経過
本件は、当初、弁護士会であるXが、弁護士法23条の2第2項に基づくXの照会に対する報告をAが拒絶したことがXに対する不法行為に当たると主張して、Aを吸収合併したYに対し、損害賠償等を求める事案であった。第1審がXの請求を棄却したところ、Xは、控訴した上、第1次第2審において、Yに当該照会についての報告義務があることの確認を求める訴えを予備的に追加した。第1次第2審がXの主位的請求である損害賠償請求を一部認容した(予備的請求である上記確認請求については判断しなかった。)ため、Yが上告受理申立てをしたところ、最高裁(第1次上告審)は、これを受理し、Xの主位的請求である損害賠償請求を棄却した上、予備的請求である上記確認請求に関する部分を高裁に差し戻した(最高裁平成27年(受)第1036号同28年10月18日第三小法廷判決・民集70巻7号1725頁。以下「平成28年最三小判」という。)。
2 原審及び本判決の判断
⑴ 原審(第2次第2審)は、上記確認請求に係る訴えに確認の利益が認められるとした上、上記確認請求の一部を認容し、その余を棄却した。原審が上記訴えに確認の利益が認められるとした理由は、㋐上記確認請求が認容されればYが報告義務を任意に履行することが期待できること、㋑Yは、認容判決に従って報告をすれば、第三者から当該報告が違法であるとして損害賠償を請求されたとしても、違法性がないことを理由にこれを拒むことができること、㋒Xは、本件確認請求が棄却されれば本件照会と同一事項について再度の照会をしないと明言していることからすれば、Yの報告義務の存否に関する紛争は、判決によって収束する可能性が高いと認められるというものであった。
⑵ これに対し、本判決は、判決要旨のとおり、上記訴えは確認の利益を欠き不適法であると判示して、原判決を全部破棄し、上記訴えを却下した。
3 弁護士法23条の2第2項に基づく照会
⑴ 弁護士法23条の2は、第1項において「弁護士は、受任している事件について、所属弁護士会に対し、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることができる。」などと定め、第2項において「弁護士会は、前項の規定による申出に基き、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。」と定めている。
⑵ この規定は、昭和24年に「弁護士は、その職務を執行するため必要事実の調査及び証拠のしゅう集を行うことができる。」などとする弁護士法の修正案が廃案となった後、昭和26年の弁護士法改正の際に新設されたものである(日本弁護士連合会調査室編著『条解弁護士法〔第4版〕』(弘文堂、2007)159頁)。その際の国会における質疑応答では、相手方が照会に応じなかった場合には何らの方途もないものの、官公署は規定を設ければ従うはずであるし、他の公私の団体についても、照会に有力な理由が見付かればこれを軽視するおそれは心配しなくてもよいのではないかと思う旨の説明がされた(飯畑正男『照会制度の実証的研究』(日本評論社、1984)7~9頁)。
⑶ 平成28年最三小判は、弁護士法23条の2第2項に基づく照会(以下「23条照会」という。)の制度は弁護士が受任している事件を処理するために必要な事実の調査等をすることを容易にするために設けられたものであり、23条照会を受けた公務所又は公私の団体は、正当な理由がない限り、照会された事項について報告をすべきものと解されるとした。その上で、公務所等が23条照会に対する報告を拒絶する行為が、当該照会をした弁護士会の法律上保護される利益を侵害するものとして当該弁護士会に対する不法行為を構成することはないと判示した。
4 23条照会について報告義務があることの確認を求める訴え
⑴ 平成28年最三小判は明言していないものの、23条照会の制度が、基本的人権を擁護し社会正義を実現するという弁護士の使命(弁護士法1条1項)の公共性を基礎とするものと考えられることに照らし、一般的に、23条照会を受けた公務所又は公私の団体は、当該照会をした弁護士会に対し、これにより報告を求められた事項について報告をする法的な義務を負い、正当な理由がある場合に限ってその報告を拒絶することができると解されている。本件は、Xが、23条照会の相手方がこのような一般的義務を負うことを前提として、Aに対してした23条照会についてAを吸収合併したYに報告を拒絶する正当な理由がないと主張して、Yに対し、当該照会についての報告義務があることの確認を求める事案である。
⑵ 本件のように、弁護士会が照会先に対して報告義務があることの確認を求めた事案は見当たらないが、弁護士会に23条照会の申出をした弁護士又は同弁護士に事件を依頼した者が照会先に対して報告義務があることの確認を求めた事案として、①名古屋高判平成23・7・8及びその原審である岐阜地判平成23・2・10(いずれも金法1988号135頁)、②東京高判平成25・4・11金法1988号114頁及びその原審である東京地判平成24・11・26判タ1388号122頁がある。これらのうち、上記②の東京地判は、報告義務の存否を判決によって確定することが当事者の法律上の地位の不安、危険を除去するために必要かつ適切であるなどとして確認の利益を認めたが、上記②の東京高判及び上記①の各判決は、照会先の報告義務が弁護士会に対する義務であって原告に対する義務ではないことなどを理由として、いずれも確認の利益を否定した。
⑶ この点に関する学説をみると、報告を拒絶する正当な理由の有無について弁護士会と照会先の考え方が対立する場面での必要性や、報告義務の存在が明確になれば照会先は報告による守秘義務違反についての懸念がなくなることなどを指摘して、確認の利益を認めることに積極的な見解(伊藤眞「弁護士会照会の法理と運用」金法2028号(2015)21頁、村上正子「判批」新・判例解説Watch2015年10月号176頁など)が多くみられるものの、弁護士会が報告事項について直接の利害関係を有するわけではないことを理由とする消極的な見解(今津綾子「判批」私法判例リマークス50号(2015)124頁)もみられる。
5 確認の利益に関する学説及び判例
⑴ 民事訴訟は、具体的権利義務をめぐる紛争を解決するためのものであるから、紛争の対象が権利関係として認められない場合や、本案判決によって紛争を解決することが期待できない場合には、裁判所が本案判決をする要件に欠けるとされる。このような意味で問題とされる訴訟要件が訴えの利益である(伊藤眞『民事訴訟法〔第5版〕』(有斐閣、2016)172頁)。
給付の訴えには原則として訴えの利益があるということができるのと異なり、確認の訴えにおいては、確認の対象となり得るものが形式的には無限定であるから、判決による解決を必要とする紛争があるかという観点、及び、紛争解決手段としての確認判決の効率という観点から、確認の利益の有無を個別の訴えごとに吟味する必要がある。沿革的には、法律関係が即時に確定されることについて法律上の利益を原告が有する場合に限って確認の訴えを許すというドイツ民訴法を起源とする建前についての研究が、訴えの利益の観念を確立する契機になったとされる(新堂幸司『新民事訴訟法〔第5版〕』(弘文堂、2011)270頁)。
この確認の利益の内容として、原告と被告との間の具体的紛争の解決にとって、確認判決という手段が有効かつ適切であることが必要とされている(前掲・新堂270頁、前掲・伊藤183頁)。
⑵ 確認の利益に関する判例は多岐にわたるが、確認の利益が認められたものとして、➀法人の会議体における決議の効力の有無についての確認訴訟、➁法人の役員や労働者としての地位の有無についての確認訴訟、➂遺産確認訴訟(最一小判昭和61・3・13民集40巻2号389頁)、➃相続人の地位不存在確認訴訟(最三小判平成16・7・6民集58巻5号1319頁)などがある。
上記➀については、法人の会議体における決議は、法人の内外における様々な法律関係の基礎となるから、その決議から派生する各種の法律関係についての紛争を解決するため、確認判決により当該決議自体の効力を既判力をもって確定することが有効適切な手段である場合があり得ることが根拠とされており(秋山幹男ほか『コンメンタール民事訴訟法Ⅲ〔第2版〕』(日本評論社、2018)64頁)、上記➁についても同様と考えられる。
また、上記➂の最一小判は、遺産確認訴訟に確認の利益が認められる理由として、特定の財産が遺産分割の対象となる財産であることを既判力をもって確定することにより、これに続く遺産分割において当該財産の遺産帰属性を争うことが許されなくなり、もって紛争の解決を図ることができる旨の判示をしており、上記➃も同様に考えることができる。
⑶ これに対し、合資会社の社員が他の社員を相手方として同社から利益分配を受ける権利等の確認を求める訴えについては、確認の利益が否定された(最二小判昭和42・2・10民集21巻1号112頁)。これは、確認判決の既判力が同社に及ばないため、紛争を抜本的に解決できないことによるものと理解されている(前掲・秋山84頁)。
⑷ さらにみると、➀敷金の差入れの有無を争う賃貸人に対して賃貸借契約の継続中に賃借人が提起した敷金返還請求権の存在確認を求める訴えについて確認の利益を認めた最一小判平成11・1・21民集53巻1号1頁については、敷金返還請求権の存在が確認されれば、当事者がこれに従って行動することが期待でき、再度の訴訟などが起こらない可能性も相当あるという事実上の利益も指摘されているものの、仮に敷金返還請求権の額をめぐって再度訴訟になったとしても、争点は被担保債権の範囲及び金額の点に絞られ、確認判決の判断は無駄にならない旨の指摘もされており(大坪丘「判解」民事篇平成11年度(上)10頁)、確認判決の既判力によって後の訴訟における争点が絞られ得ることが確認の利益を認めるべき根拠になっているということができる。
また、➁遺留分減殺請求を受けた受遺者による価額弁償額の確定を求める訴えについて確認の利益を認めた最二小判平成21・12・18民集63巻10号2900頁は、当該額についての確認判決が確定すれば通常は速やかに価額弁償がされることが期待できる旨の判示をするものの、価額弁償がされずに遺留分権利者が改めて訴訟を提起することになったとしても、当該訴訟における価額弁償の額の判断は上記確定判決の既判力による拘束を受ける旨の指摘もされている(市川多美子「判解」民事篇平成21年度(下)1038頁)。
6 本判決の判断
⑴ 本判決は、確認の利益は確認判決を求める法律上の利益であるとした上、23条照会の相手方に報告義務があることを確認する判決の効力が報告義務に関する法律上の紛争の解決に資するとはいえないことを理由として、23条照会をした弁護士会に上記判決を求める法律上の利益がないと判示している。これは、確認の利益があるというためには原被告間の紛争解決にとって確認判決という手段が有効かつ適切であることが必要とされるところ、訴訟要件としての訴えの利益の必要性が具体的権利義務をめぐる紛争を解決するという民事訴訟制度の目的から導かれるものであることに照らし、当事者間の紛争が確認判決に制度上認められた法的な効力によって解決され得るものであることを要するという趣旨のものと理解することができる。
⑵ そして、本判決は、報告義務に係る確認判決の効力が報告義務に関する法律上の紛争の解決に資するとはいえないと判断するに当たり、23条照会が弁護士会に私法上の権利を付与したものでないこと、23条照会についての報告を拒絶した場合にも、弁護士会に対する不法行為を構成することはなく、制裁の定めもないこと等を指摘し、原審の指摘する上記2⑴の㋐ないし㋒の事情については、判決の効力と異なる事実上の影響にすぎず上記の判断を左右しないと判示している。上記㋐及び㋒が事実上の影響にすぎないことは明らかであり、上記㋑については、第三者のYに対する損害賠償請求に本件における確認判決の既判力が及ばないことからの疑問が呈されていた(今津綾子「判批」判評714号(2018)17頁、竹部晴美「判批」新・判例解説Watch2018年10月号155頁)。
⑶ また、本判決は、上記の判断に際し、23条照会の相手方に報告義務があることを確認する判決が確定しても弁護士会は専ら当該相手方による任意の履行を期待するほかはない旨の判示をしていることに照らすと、確認判決によって当事者間の紛争が全面的ないし終局的に解決されることを要するという趣旨ではなく、確認判決に当事者間の紛争を解決する法的な効力が何ら認められない場合に、専ら当事者が確認判決に従うであろうという事実上の期待のみを理由として確認の利益を認めることはできないという趣旨のものと考えられる。したがって、上記5⑷の➀・➁のように、紛争の前提ないし一部分が確認判決の法的な効力によって解決され得るような場合に、確認の利益を否定する趣旨ではないと考えられる。
7 その他の問題
なお、本件確認請求の訴えがいわゆる公法上の当事者訴訟であるとすれば、民事訴訟に公法上の当事者訴訟を併合することができるかといういわゆる逆併合の可否が問題となり、特に本件においては当初の不法行為に基づく損害賠償請求への本件確認請求の追加が控訴審で行われているため、最三小判平成5・7・20民集47巻7号4627頁との関係が問題となり得る。本判決は、本件確認請求の訴えは不適法であるとしてこれを却下しており、上記の点について何らかの判断を示したものとはいえないと考えられる。
8 本判決の意義
本判決は、弁護士会が23条照会の照会先に報告義務があることの確認を求める訴えに確認の利益があるか否かについて最高裁が初めて判断を示したものであり、実務的にも理論的にも重要な意義を有すると考えられるので紹介する。