マンション建替事業の施行者がマンションの建替え等の円滑化に関する法律76条3項に基づく補償金の供託義務を負う場合において、上記補償金の支払請求権に対して複数の差押命令が発せられて差押えの競合が生じたときに上記施行者がすべき供託
マンションの建替え等の円滑化に関する法律2条1項4号のマンション建替事業の施行者が同法76条3項に基づく補償金の供託義務を負う場合において、上記補償金の支払請求権に対して複数の差押命令が発せられ、差押えの競合が生じたときは、上記施行者は、上記補償金について、同項及び民事執行法156条2項を根拠法条とするいわゆる混合供託をしなければならない
マンションの建替え等の円滑化に関する法律76条3項、77条、民事執行法156条2項、民事執行法157条4項、供託規則13条2項5号
令和2年(受)第1462号 最高裁判所令和4年10月6日第一小法廷判決 取立金請求事件(裁判所ウェブサイト掲載)破棄自判
原 審:令和元年(ネ)第2643号 大阪高裁令和2年6月23日判決
1 事案の概要
(1) 被上告人Yは、大阪府吹田市内のマンション(以下「本件マンション」という。)について、マンションの建替え等の円滑化に関する法律(以下「円滑化法」という。)のマンション建替事業を施行する施行者である。本件マンションの区分所有者であったAは、Yに対し、円滑化法75条1項に基づく補償金(以下「本件補償金」という。)の支払請求権(以下「本件債権」という。)を有していた。
本件は、本件債権を差し押さえた上告人Xが、Yに対し、本件補償金を供託の方法により支払うことを求める取立訴訟である。施行者は、区分所有者の所有する専有部分について先取特権、質権又は抵当権(以下「抵当権等」という。)が設定されている場合、抵当権等を有する者(以下「抵当権者等」という。)の全てから供託をしなくてもよい旨の申出(以下「供託不要の申出」とう。)がない限り、補償金を供託しなければならず(円滑化法76条3項)、抵当権等を有する者(以下「抵当権者等」という。)は、当該供託された補償金に対して物上代位権を行使することができる(円滑化法77条)。Yは、Xによる差押えの後、本件補償金について、Aを被供託者とし、円滑化法76条3項を根拠法条とする供託(以下「本件供託」という。)をしており、本件供託による本件債権の消滅をXに対抗することができるか否かが争われた。
(2) 本件における事実経過の概要は、順に①Aの所有する専有部分について抵当権及び根抵当権の設定並びにその旨の各登記、②Aの本件債権の取得、③本件債権についてXによる差押え、④本件債権について抵当権者及び根抵当権者による複数の差押え、⑤本件供託というものであり、本件供託の当時、本件債権について、差押えの競合が生じていた。なお、本件債権の額は、上記抵当権及び根抵当権の被担保債権の合計額を上回っていた。
2 原審の判断・本判決の概要
(1) 原審は、施行者が円滑化法76条3項に基づく補償金の供託義務を負う場合には、補償金債権に対して複数の差押命令が発せられ、差押えの競合が生じたとしても、施行者は、円滑化法76条3項のみを根拠法条とする供託(以下「円滑化法76条3項の供託」という。)をするほかないから、これをもって差押債権者らに対抗することができるとして、Xの請求を棄却すべきものとした。
(2) 本判決は、施行者が円滑化法76条3項に基づく補償金の供託義務を負う場合において、補償金債権に対して複数の差押命令が発せられ、差押えの競合が生じたときは、施行者は、補償金について、円滑化法76条3項に基づく供託義務に加え、民事執行法156条2項に基づく供託義務を負い、円滑化法76条3項及び民事執行法156条2項を根拠法条とする混合供託(以下「本件混合供託」という。)をしなければならないから、Yは、本件供託をもってXに対抗することができないとして、原判決を破棄し、第1審判決を取り消してXの請求を認容した。
3 説明
(1) では、施行者が円滑化法76条3項に基づく補償金の供託義務を負う場合において、補償金債権に対する複数の差押命令が発せられ、差押えの競合が生じたときに、施行者がいかなる供託をすべきであるのかが問題となった。
(2) 円滑化法76条3項は、特別法によって抵当権等の目的物の消滅に伴う抵当権者等の物上代位権の保護を図ることを目的とするものと解されているが(マンション建替法研究会編『改訂マンション建替法の解説』(大成出版、2015)163頁等)、円滑化法76条3項の供託に関し、本判決まで、判例はなく、議論もほとんどされていない状況にあった。
なお、第1審、原審は、土地区画整理法112条1項を根拠法条とする供託(抵当権者等の物上代位権の保護を図ることを目的とする点において円滑化法76条3項の供託と同様の供託)に関する最一小判昭和58・12・8民集37巻10号1517頁(以下「昭和58年最判」という。)を参照する。もっとも、昭和58最判は、土地区画整理法の換地処分に伴う清算金債権に対する差押・転付命令を得た者が、その後に清算金について土地区画整理法112条1項を根拠法条とする供託をした施行者に対して、清算金の支払を請求した事案において、抵当権が設定されている宅地の所有者は、施行者に対し直接清算金の支払を請求することができず、単に施行者に対し清算金を供託すべきことを請求し得るにすぎないものと解されること等から、抵当権が設定されている宅地についての清算金債権に対し差押・転付命令を得た者は、供託不要の申出がない限り、施行者に対し清算金の支払を請求することができない旨を判示したものである。その理由に照らすと、昭和58年最判は、差押・転付命令と土地区画整理法112条1項の供託の関係というよりも、所有者の施行者に対する直接の支払請求の可否から上記の結論を導いたものであり、当該事案における供託の効力や施行者がすべき供託について何らかの判断を示したものではないと解されよう。これによれば、昭和58年最判によっても、本件のような事案において施行者がすべき供託について明らかとなるものではない。
(3) 円滑化法76条3項が、施行者が抵当権等の目的物について補償金を支払う場合に原則としてその補償金を供託しなければならないとする趣旨は、上記のとおり、抵当権者等の保護にあると解される。補償金債権に対する差押えは、抵当権者等の保護の要請に直ちに影響するものとはいえないから、上記趣旨に照らすと、その差押えの有無が施行者の円滑化法76条3項に基づく供託義務の有無に影響するものとはいい難い。また、民事執行法156条2項は、1個の債権に対する差押えの競合が生じた場合に第三債務者がその債権全額を供託する義務を負う旨を規定するところ、円滑化法その他関係法令において、円滑化法76条3項に基づく供託義務と民事執行法156条2項に基づく供託義務の関係を調整する規定は存しない。このような各規定やその趣旨によれば、施行者が円滑化法76条3項に基づく補償金の供託義務を負う場合において、補償金債権に対する複数の差押命令が発せられ、差押えの競合が生じたときは、施行者は、円滑化法76条3項に基づく供託義務及び民事執行法156条2項に基づく供託義務の双方を負うというのが素直な解釈であり、そうすると、施行者は本件混合供託をしなければならないものと考えられる。なお、供託実務では、第三債務者が複数の供託義務を負い、これら各供託義務を調整する規定がない点で本件に類似する「対抗要件を具備した質権の目的債権について一般債権者の差押えが競合した場合に、未だ被担保債権の弁済期前で直接の取立てをできない債権者が、第三債務者に対し、民法366条3項に基づき、上記目的債権に係る金員を供託するように請求した事案」においては、第三債務者は、民法366条3項及び民事執行法156条2項を根拠法条とする混合供託をしなければならない旨の取扱いがされている(大森淳「質権者の請求による供託」NBL368号(1987)27頁)。
そして、施行者が本件混合供託をした場合、抵当権者等は、物上代位権を行使することによって、差押債権者らに優先して供託金の払渡を受けることができるものと解される(円滑化法77条)。これに加えて、仮に供託された補償金の額が抵当権等の被担保債権額を上回るなどして、抵当権者等が供託金から払渡を受けた後に剰余があるときは、差押債権者らは、執行手続において、その残額について配当等を受けることができるものと解される。これらは、円滑化法76条3項の上記趣旨に合致し、また、抵当権等の目的物に係る補償金債権を差し押さえた債権者においても、その期待に沿った債権の回収が可能となるものであり、利害関係人の利益状況にも合致するということができる。
(4) これに対し、施行者は、本件混合供託をすることもできず、円滑化法76条3項の供託をするほかないと解すると、供託実務では円滑化法76条3項の供託においては区分所有者を被供託者とするものとされていることから(倉島大地「マンションの建替え等の円滑化に関する法律等に関する供託について」登記情報667号(2017)79頁)、抵当権者等が物上代位権を行使して供託金から払渡を受けた後に剰余があったとしても、供託手続において補償金債権に対する差押えの事実は考慮されることはなく、差押債権者が改めて供託金の払渡請求権に対する差押命令を取得しない限り、被供託者である区分所有者が、供託金払渡手続によって、その剰余金の払渡を受けることができることとなる。他方で、供託不要の申出があった場合には区分所有者は施行者に対して補償金の支払を請求することができることとなるから、区分所有者の一般債権者は、供託不要の申出があったか否かを当然に知る立場にないため、区分所有者に補償金が支払われないようにするためには補償金債権を予め差し押さえる必要がある。そうすると、区分所有者の一般債権者(差押債権者)は、自己の債権を確実に保全するためには、補償金債権を差し押さえ、さらに補償金について供託がされた後に供託金の払渡請求権を再度差し押さえることが必要となり、差押債権者に対して二重の差押手続を要求することとなる。このような差押債権者の犠牲、負担の下で区分所有者が利得を得る不合理な状況は、円滑化法76条3項の上記趣旨から説明できるものではない。以上に加え、上記(3)で検討したことを踏まえると、施行者が円滑化法76条3項の供託をするほかないと解することはできないものというべきであろう。
(5) 本判決は、このような理解の下、上記判断をしたものと解される。本件は、供託実務では行われていなかった本件混合供託という供託について、最高裁がこれを認める旨の判断を示したものであり、重要な意義を有するものと思われる。