コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(178)
―コンプライアンス経営のまとめ⑪―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、全酪連牛乳不正表示事件の発生原因についてまとめた。
- ① 全酪連では、農協を通じて酪農生産資材を供給し安定的に利益を上げている購買部門と生乳を処理・加工し生協・スーパー等を通じて消費者に販売する赤字基調の乳業部門が互いに競ってきた。(BtoBとBtoCの対立)
- ② 事件発覚当時の乳業部門は、商品開発・ブランド再構築の成功により売上・利益が拡大、長岡、宮城に新工場を連続して建設し、新工場に早期黒字化の圧力があった。
- ③ 市場では、無調整牛乳(農協系中心)と調整牛乳(メーカー中心)が販売されており、両者を混入しても解らず健康被害も発生しないので、表示違反への罪悪感が少なかった。
- ④ 事件発覚当時、全酪連は地域定住希望者を対象とした労働派遣会社を設立、労働派遣会社に移籍した者の間に格差への不満と身分への不安が渦巻いていた。
- ⑤ 乳業工場の品質管理部門は工場長の指示命令下にあり、製造の責任者に対する牽制が働きにくい体制になっていた。
- ⑥ 全酪連の理念と行動規範が不明確で、酪農・乳業界中心の内向きで閉鎖的組織文化が形成されていた。(出資者、酪農生産資材の販売先、生乳の仕入先が全て農協)
今回は組織風土改革運動を総括し改善点をまとめる。
【コンプライアンス経営のまとめ一⑪:組織風土改革運動実践からの教訓③】
「チャレンジ『新生・全酪』運動」は、①「酪農民と消費者を裏切った」ことを反省し、あるべき組織文化を確認し再構築する、②これまでの「酪農民の心を心として」という大坪前会長(カリスマ)の信条をふまえつつも、より明確な理念と行動規範を作成し、専門農協としてのスタンスを確立する、③そのためには、新たな組織理念と行動規範を作成し、組織文化改革運動によって全従業員に浸透させることが信頼回復につながるとともに、これからの全酪連の発展の礎になる、との考えのもとに実施した。
1. 運動の進め方
- ・ 失われた社会的信頼を回復するために、全酪連に働くすべての人が行動する。
- ・「新生全酪連のあるべき姿」を協同組合の原点に立ち戻って考え、全役職員が真剣に議論し、議論を基礎として信頼回復プログラムを立案・実践する。
2. 運動の組み立て
第1ステージ 信頼回復
- 第1ステップ 「事件を考える」
- ① 失った社会的信用とは何だったのか
- ② なぜ、この事件は起こったのか
- ③ この事件の背景にある全酪連の基本的問題は何か
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④ 全酪連はこの事件から何を学ぶか
- 第2ステップ 「新生・全酪連」を考える
- ① 全酪連の社会的存在意義とは何か
- ② 全酪連の事業は社会のニーズに応えているか
- ③ 生産者や生活者から見て全酪連は魅力ある存在となっているか
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④ 総合的に見て一番望まれる新生・全酪連の姿とはなにか
- 第3ステップ 「行動」を考える
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全酪連が、これまで考えたあるべき姿になるために、どんな行動を起こすべきか
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第4ステップ 行動宣言の採択
第2ステージ 21世紀の全酪連のあるべき姿を考える
<実施期間>
第1ステージ:平成8年6月~平成9年3月、第2ステージ:平成9年~
3. 運動の位置づけと承認
牛乳不正表示事件により、社会的信頼を失った全酪連の現状に危機意識を持った、若手管理職グループによって発案された、草の根的な運動を、組織として承認し、生産者代表の会長が運動のトップに立つ。
4. 第1ステージの終了
平成9年3月26日、全国事務局長会議を開催し行動宣言を採択した。
行動宣言1:私たちは消費生活者の安心と酪農生産者を結ぶスペシャリストになります
行動宣言2:私たちは人を大切にする内外に開かれた組織を作ります
行動宣言3:私たちは社会のルールを守り、良識ある行動をとります
5. 第2ステージの取組み
第2ステージについては、筆者は「ガット・ウルグアイ・ラウンドによる農業の国際化の進展を踏まえ、この運動を全酪連の未来の姿を構想するための公式活動に昇格させて継続する」と訴えたが理解されず、運動事務局は総務部門に引き継がれたものの、組織成員のコミットメントが薄れ運動は消滅した。
6. 運動の評価
成 果 | 限界と反省 |
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7. 組織論から見た運動の改善点・留意点
第1ステージ
- ⑴ 会長+役員+ゼネラルマネージャーが一体となった短期・強力な取組みにより、万難を排して推進する
- ⑵ 事件を発生させた乳業部門は取引再開に全力で取り組んでおり、他部門からは、コミットメント不足に見られたが、結束力維持の面から情報提供を密にして、他部門からの理解を得られるようにする。
- ⑶ 参加者の理解と納得性に配慮して、職場討議のテーマをより具体性のあるものとする。
第2ステージ
- ⑴ 第1ステージ終了後、時間をおかずに取り組む
- ⑵ 戦略的テーマより、具体性のあるシンボリックなテーマにする
- ⑶ 草の根運動を公式のプロジェクトに昇格させ、専門性の高いコアメンバーを選定して運動に専念させる。
8. 運動を再開する場合の留意点
- ⑴ 一度冷めた運動は、同じ方法で再開しても変革は不可能なので、今回のように創造的ミドルによる進化論的革新ではなく、戦略型トップによる革新が必要になる(揺さぶり→突出と手本の呈示→変革の増幅と制度化)
- ⑵ 組織文化革新を意図した強力なビジョンの構築
- ⑶ 万難を排して実行する経営トップ層の強力なコミットメントと全階層の巻き込み(含ゼネラルマネージャー:草の根⇒戦略的革新)
- ⑷ 実施コアグループの選定、変革プロセスの管理等
以上