コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(183)
―コンプライアンス経営のまとめ⑯―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、平成の食中毒事件と牛肉偽装事件の概要についてまとめた。
雪印乳業(株)は、平成12年(2000年)、診定患者数1万3,420人に上る大規模食中毒事件を発生させ、ずさんな衛生管理が報道されて、消費者・流通の信用を失い、売り上げは大幅に落ちたが、信頼回復努力を重ね、一時売り上げは回復基調にあったものの、2年後の雪印食品(株)による国の補助金をだまし取ろうとした牛肉偽装事件の発覚により、決定的に社会的信用を失った。
これにより、雪印乳業(株)は再建計画を断念、農林中金・全農等から資本導入、全農・全酪連との合弁による市乳専門の合併会社の設立、事業の売却・提携・再編、大幅人員削減等を骨子とする新経営再建計画を公表し、食中毒事件後就任した西社長以下取締役全員が退任した。
食中毒事件の問題点は、(1)情報開示の遅れと報道対応の不手際、(2)事件の原因特定に至るまでに時間がかかったことが指摘されているが、より具体的には、(1)大樹工場における①事故発生時の作業ルールの不備、②製造記録の不備、③杜撰な衛生管理、④殺菌神話、⑤規格外品の使用、(2)大阪工場における①日報の記載・訂正方法の不適切、②逆止弁の洗浄・分解不足、③仮設ホースの配管・洗浄不良、記録不十分、④屋外での調合作業、⑤再生品の再利用、⑥加工乳の再生品を加工乳の原料として再利用したこと等の他に、(3)経営幹部の記者会見での不用意な発言、①公表遅れへの回答による被害拡大防止意識の欠如の露呈、②乳糖不耐症に関する幹部の人種差別的発言、③社長の「工場長それは本当か」、「寝てないんだ」発言等が、メディアにより繰り返し報道され、組織が信用を失ったこと等、がある。
今回、事故が事件化した本質的な原因は、同社が長年の成功により創業時の酪連精神を風化させ、八雲工場脱脂粉乳食中毒事件の教訓を忘れるという「成功のパラドクス」に陥ったことにあると思われる。
今回は、雪印乳業(株)が食中毒事件後と牛肉偽装事件後に実施した、それぞれの信頼回復策をまとめる。
【コンプライアンス経営のまとめ⑯:食中毒事件と牛肉偽装事件⑤】
雪印乳業(株)は、事件後の信頼回復施策として以下の施策を実施した。
食中毒事件後の施策は、「事件を品質事故ととらえ、主としてハード面の対策に重点を置いた」が、牛肉偽装事件後は、「不祥事の発生を組織文化に起因する」ものと受け止め、ガバナンスや組織体質を改革し、コンプライアンスを組織文化に浸透させようとした。
1. 牛肉偽装事件前の主な対策
主な施策は表の通りであったが、そのほかに以下の施策を実施した。
- ⑴ 全社運動VOICEプロジェクト運動
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信頼回復と販売基盤再整備のための運動、お客様の声を聴きそれを基に社内の仕組みを変え、自らを変え、新生雪印を築く運動。⇒再建に向けて売場の早期回復を図る。
事務局は、本社企画室 活動はお客様との関係修復とコミュニケーション強化(お詫び、サンプリング、試飲・試食、工場見学等) - ⑵ 新生雪印の企業理念、ビジョン、ブランドメッセージの制定⇒雪印21世紀コンセプトブック「新しい雪印をめざして」作成
- ⑶ 雪印企業行動憲章2001・雪印企業行動指針の制定
- ⑷ 経営諮問委員会の設置
- 企業風土の刷新を目的に外部有識者の客観的意見を聞く⇒提言を活かして、経営理念、ビジョン再構築、組織改訂、危機管理の考え方、風土改革等に反映するとした。
表. 牛肉偽装事件前の雪印乳業の主な対策
対策 | 内容 |
1. 企業風土改革 | 企業行動憲章、行動指針制定 |
2. 商品安全監査室設置 | 社長直轄で工場の直接監査、社外有識者2名招聘 |
3. 工場の衛生教育 | 食品衛生、HACCP教育、地元保健所から講師(一部) |
4. 検査体制の充実・強化 | 黄色ブドウ球菌検査実施対象拡大、自社33工場・分析センター関連会社7社でエンテロトキシン検査機器導入 |
5. 要改善ラインへの設備投資 | 監査により改善指摘されたラインの設備改善 |
6. 品質管理要員の強化 | 工場品質管理室25名増員 |
7. コミュニケーションセンター | フリーダイヤル365日対応 |
8. 異常品発生時の連絡体制 | 緊急品質委員会、危機対策本部等、経営トップへの連絡 |
9. 食品衛生研究所設立 | 食中毒研究、衛生教育、研修 |
10. お客様ケアセンター設置 | 食中毒患者への継続対応 |
2. 牛肉偽装事件後の主な施策
- ⑴ 信頼回復プロジェクト
- 雪印の体質を会社を挙げて変えるために、社内の有志が立ち上がり「雪印の体質を変革する会」を組織した。年齢肩書を超えて、自主的に行動する、体質改革につながる手法や制度も提案する。会社は、これを公式な運動と位置づけ、事務局を経営企画室に置いた。広告、広報、ホームページで情報発信を行った。
- ⑵ 社外取締役に日和佐信子前消団連事務局長を招聘
- ⑶ 交流会・対話会の実施とお客様モニター制度の実施
- ⑷ 工場開放デ―の実施
- ⑸ 企業倫理室を総務部から独立
- ⑹ 新生雪印乳業「企業理念、行動基準」の制定
- ⑺ 企業倫理委員会と専門部会(消費者部会、表示部会、品質部会)の設置
- ⑻ ホットラインの設置(社内と社外)
- ⑼ 事件を風化させない活動の実施⇒雪印メグミルク(株)の「食の責任を強く認識し果たしていくことを誓う日の活動-雪印の事件を風化させない」に継承
- ⑽ 宣誓書の提出⇒全役員・従業員対象
- ⑾ 米国倫理学会での報告
- ⑿ 雪印乳業行動指針の改訂(環境対策、雪印グループCSRの制定・実践等)
- ⒀ 雪印乳業行動基準浸透・定着に向けた役員・社員アンケートの実施
- ⒁ お客様モニター制度の実施
- ⒂ 活動報告書の発刊(平成17年~)
- ⒃ 平成19年に雪印グループCSR方針を制定し、平成20年よりCSR委員会を制定した。
雪印事件のまとめの最後に、雪印乳業創業者の黒澤酉蔵が『雪印乳業史第1巻』の発刊に寄せた言葉を以下に紹介する。
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「一貫した理想、信念に生きる民族は永遠に繁栄する。同様に団体や個人も真理に基づく理想、信念が生き生きとして脈打つ時代には必ず隆々たる発展を来たすものである。若しその理想、信念が漸次薄れていくならば、如何に強大な国家も団体も、遠からず崩れ去るのは歴史の厳粛な事実である。
雪印乳業のバックボーンは何か。それは前身である酪連の創業の精神に帰一する(後略)」