◇SH2220◇コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(121)雪印乳業㈱グループの事件を組織論的に考察する㉛岩倉秀雄(2018/11/30)

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コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(121)

―雪印乳業(株)グループの事件を組織論的に考察する㉛―

経営倫理実践研究センターフェロー

岩 倉 秀 雄

 

 前回は、雪印食品牛肉偽装事件後の雪印乳業(株)の経営再建策について述べた。

 2002年3月28日、雪印乳業(株)は業績予想を下方修正するとともに、6月の定時株主総会で西社長以下現経営陣の退任と以下の新再建計画の骨子「新生雪印に向けた取組みについて」を発表した。

  1. 1. 全農(筆頭株主)、伊藤忠商事(株)、農林中央金庫等と資本提携を行う。
  2. 2. 雪印乳業(株)は乳食品・原料乳製品に経営資源を集中し、他の事業は、全農、全酪連、ロッテ(株)、イーエヌ大塚製薬(株)、伊藤忠商事(株)、ネスレジャパンホールディング(株)等、他組織との連携を検討する。
  3. 3. 現経営陣の退陣と併せ金融支援を要請し減資、増資を実施、主要金融機関から債務免除を得るとともに、デット・エクイテイ・スワップ等を行い、有利子負債を圧縮、2003年度は黒字化に転換し2005年度は未処理損失を一掃、2006年度から復配を目指す。
  4. 4. 企業体質の改善のために、(1)資本提携による変革、(2)社外取締役の選任、(3)社外の専門家が参画する倫理・品質委員会の設置・充実、(4)社員による変革運動と女性アドバイザーの招聘による社内意識改革、(5)お客様モニター制度により、お客様の意見を企業経営に反映する。
  5. 5. 1,300名規模の雇用調整の実施

 今回は、その新再建計画の実際の進捗結果について考察する。

 

【雪印乳業(株)グループの事件を組織論的に考察する㉚:牛肉偽装事件後の経営再建②】(『雪印乳業史 第7巻』447頁~453頁)

【業務提携と事業分割】

1. 市乳事業

 食中毒事件後、牛肉偽装事件が発覚するまで、雪印乳業㈱は全農の乳業子会社である全国農協直販(株)と全農、雪印の3者で、①相互製造受委託、②製品の共同配送、③原材料の共同購入等を内容とする覚書を締結し、それを順調に実施していた。

 しかし、牛肉偽装事件発覚後は雪印乳業㈱の市乳事業の売上げが急落し自主再建が困難となったことから、雪印乳業(株)は、3月18日、「市乳事業が抱える低収益性、過剰設備、物流費負担の増加といった構造的問題に対応し、国内酪農基盤の維持・強化と市場競争力強化を図ることを目的として、全農及び全酪連と事業統合も視野に入れた検討を開始する」ことをリリースした。

 そして、3月28日には、西社長が記者会見で新再建計画の骨子を発表、5月23日には、決算短信を開示し市乳事業について全農、全酪連と2003年1月の新会社設立に向け、6月の基本合意を目指して協議中であることを発表した。

 6月5日、雪印乳業(株)、全農、全酪連、全国農協直販(株)、ジャパンミルクネット(株)(全酪連の乳業子会社)は、基本合意書を締結、各社代表者による市乳統合会社設立準備委員会を設立[1]した。

 なお、筆者は、基本合意書作成のための準備段階から全酪連側代表としてプロジェクトに参加し、設立準備委員会設置の際には、全酪連乳業統合準備室長兼市乳統合会社設立準備委員会事務局次長に就任した。

 8月22日、共同新設分割(雪印乳業(株)の市乳部門、ジャパンミルクネット(株)の市乳部門、全国農協直販(株)全社)により市乳統合会社を設立する共同会社分割計画書に調印し、社名を日本ミルクコミュニティ(株)とし、資本金150億円(全農40%、雪印30%、全酪連20%、農林中金10%)、従業員2,110名(予定)、初年度売り上げ目標2,450億円とし、社長は全農常務の杉谷信一が就任することになった。

 なお、日本ミルクコミュニティ(株)の設立・運営にあたっては、様々な問題が発生したが、それについては後述する。

2. 冷凍食品事業

 冷凍食品事業は、食中毒事件後から他社との提携を模索しており、伊藤忠商事(株)とその子会社のヤヨイ食品(株)との3社で、冷凍食品事業に関する業務提携に合意していた。

 2001年10月、雪印乳業(株)は冷凍食品事業を分社化して100%子会社の雪印冷凍食品(株)を設立し、その後、伊藤忠商事(株)と合弁会社(株)アクリを設立し、雪印冷凍食品(株)とヤヨイ食品(株)を(株)アクリに営業移転する予定にしていたが、牛肉偽装事件により延期(後に解消)になり、2002年10月1日、雪印冷凍食品(株)を(株)アグリフーズに社名変更してブランドイメージの回復を図った。

 その後、農林中金の仲介でニチロ(現マルハニチロ(株))に株式を全て売却した。

3. 医薬品事業

 医薬品事業は、開発に多くの資金と時間が必要であり、食中毒事件後の雪印乳業㈱には負担が大きかったことから、治療用医薬品事業は撤退を決断、2001年度中に事業パートナーの第一製薬㈱に営業譲渡することが決まっていた。

 一方、経腸栄養事業は、「ツインライン」や「ラコール」を商品化しており、売り上げ・利益とも順調だったので食中毒事件後も継続する予定だったが、牛肉偽装事件後は、取扱い病院の打ち切りが相次ぎ、今後の事業展開が危惧されたので、事業提携先の大塚製薬(株)と協議し、両社で新会社イーエヌ大塚製薬(株)(雪印の出資比率40%)を3月26日に設立し事業を移管、2002年6月から営業を開始した。

4. アイスクリーム事業

 アイスクリーム事業は、食中毒事件前から赤字が続き2つの事件により事業の自立が難しくなっていたことから、提携先を探していた。

 そこで、既に物流・原材料の調達等で協力関係にあった(株)ロッテと、2002年7月にロッテスノー(株)を設立[2](出資比率はロッテ80%、、雪印20%)して事業を移管、更に2008年、全持ち株を(株)ロッテに売却した。

 次回は、育児品事業、金融支援、有力子会社の売却等について考察する。



[1] 市乳統合会社の設立については、当時、酪農・乳業の国際競争激化に備えて、国内中小乳業プラントの統合を進めようとしていた国の政策(乳業再編)と雪印乳業(株)が崩壊すれば国内酪農基盤に大きな影響を与えるのではないかとの懸念とがマッチし、行政は積極的にバックアップしていた。

[2] 2004年には、雪印乳業元社長の西紘平が3代目社長に就任した。

 

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