経産省、中企庁、平成30年度における下請取引の適正化に向けた取組等のまとめ
岩田合同法律事務所
弁護士 大久保 直 輝
1 平成30年度における下請取引の適正化に向けた取組等
中小企業庁は、令和元年8月16日、平成30年度における下請取引の適正化に向けた取組等(本取組み)を取りまとめて公表した。本取組みは、中小企業庁が平成28年9月に発表した「未来志向型の取引慣行に向けて」(世耕プラン)[1]のもと、下請代金支払遅延等防止法(下請法)の調査及び検査の重点化に対応したものであって、次表のとおり調査及び立入検査等が行われた。
調査・指導等の内容 | 実施件数等 |
書面調査 | 親事業者約4万5千社・下請事業者約20万社 |
下請かけこみ寺事業の相談 | 8,381件(平成29年度は6,838件) |
下請中小企業の訪問・ヒアリング | 4,571件 |
立入検査等 | 親事業者830社 |
減額代金の返還指導等 | 親事業者195社(総額約2億8,500万円) |
世耕プランにおいては、産業界に対する「自主行動計画の策定と着実な実行」が要請されており、今後も引き続き、親事業者においては、下請法違反の発見・予防について自主的な取組みが求められるといえよう。本稿では、かかる取組みの一助となるよう、下請法の基本的な規定内容について、改めて紹介する。
2 下請法の概要
⑴ 親事業者・下請事業者の定義
下請法の適用対象となる下請取引の範囲は、取引の内容及び取引当事者の資本金の区分によって定められるところ、概要は次表のとおりである。
取引内容:物品の製造委託、修理委託、情報成果物作成委託(プログラムの作成に限る)及び役務提供委託(運送、物品の倉庫における保管及び情報処理に限る。) | |
親事業者(法人事業者) | 下請事業者 |
資本金3億円超 | 資本金3億円以下の法人事業者(又は個人事業者) |
資本金1千万円超3億円以下 | 資本金1千万円以下の法人事業者(又は個人事業者) |
取引内容:情報成果物制作委託(プログラムの制作を除く。)及び役務提供委託(運送、物品の倉庫における保管及び情報処理を除く。) | |
親事業者(法人事業者) | 下請事業者 |
資本金5千万円超 | 資本金5千万円以下の法人事業者(又は個人事業者) |
資本金1千万円超5千万円以下 | 資本金1千万円以下の法人事業者(又は個人事業者) |
⑵ 禁止行為・義務行為
下請法は、次表のとおり親事業者の下請業者に対する禁止行為を規定している(4条各号)。禁止行為は下請事業者の了解を得ていても、これを行ってはならない。
また、義務行為として、下請事業者に対して親事業者が履行しなければならない必要記載事項をすべて記載した発注書面を交付すること(3条1項)、親事業者が下請取引の内容について記載した書類などを作成し、これを2年間保存しなければならないこと(5条)を規定する。義務行為に違反した親事業者の代表者、代理人、使用人その他の従業者には50万円以下の罰金が科せられる(10条各号)。
このほか、下請代金の支払が給付受領の日から60日を超えた場合には年14.6%[2]の遅延利息の支払義務を定められている(4条の2)。
禁止行為 | 概要 |
受領拒否の禁止 | 注文した物品等又は情報成果物の受領を拒むこと。 |
下請代金の支払遅延の禁止 | 物品等又は情報成果物を受領した日(役務提供委託の場合は、下請事業者が役務を提供した日)から起算して60 日以内に定められた支払期日までに下請代金を支払わないこと。 |
下請代金の減額の禁止 | あらかじめ定めた下請代金を減額すること。 |
返品の禁止 | 受け取った物を返品すること。 |
買いたたきの禁止 | 類似品等の価格又は市価に比べて著しく低い下請代金を不当に定めること。 |
購入・利用強制の禁止 | 親事業者が指定する物・役務を強制的に購入・利用させること。 |
報復措置の禁止 | 下請事業者が親事業者の不公正な行為を公正取引委員会又は中小企業庁に知らせたことを理由としてその下請事業者に対して、取引数量の削減・取引停止等の不利益な取扱いをすること。 |
有償支給原材料等の対価の早期決済の禁止 | 有償で支給した原材料等の対価を、当該原材料等を用いた給付に係る下請代金の支払期日より早い時期に相殺したり支払わせたりすること。 |
割引困難な手形の交付の禁止 | 一般の金融機関で割引を受けることが困難であると認められる手形を交付すること。 |
不当な経済上の利益の提供要請の禁止 | 下請事業者から金銭、労務の提供等をさせること。 |
不当な給付内容の変更及び不当なやり直しの禁止 | 費用を負担せずに注文内容を変更し、又は受領後にやり直しをさせること。 |
3 下請法の運用
⑴ 調査
調査は、公正取引委員会、中小企業庁長官及び親事業者又は下請事業者の営む事業を所管する主務大臣の、①親事業者又は下請事業者に対する報告徴取、及び②職員による事務所や事業所への立入・帳簿書類等の物件の検査によって行われる(詳細は下請法9条を参照されたい。)。報告の不履行若しくは虚偽の報告又は検査の拒否、妨害若しくは忌避に対しては、50万円以下の罰金が科せられる。罰金の対象は、これらの調査妨害等を行った者(個人)のほか、当該行為者を代表者、代理人、従業者等とする事業者たる法人又は個人とされる。
これらの規定による調査のほか、相手方の任意の協力による調査も行われており、法定の権限に基づく調査は、特に権限行使の必要がある場合に限って行われている。
⑵ 勧告・指導
違反事実に対しては、違反事実の内容に応じ、公正取引委員会により、減額した代金の返還等、必要な措置を講ずるよう求める勧告が行われる(下請法7条)。なお、公正取引員会が当該違反行為に係る調査に着手する前に、親事業者から自発的な申し出が行われた場合には、一定の要件の下、勧告を行わない方針が公表されている。
実際の運用においては、上記勧告は違反行為により下請事業者が受ける不利益が重大と認められるものや過去に繰り返し違反行為を行っている親事業者に対するもの等について行われ、それ以外の違反行為については、行政指導が行われている。当該指導は、適用法条等を明記した書面の交付によって行われる。
4 今後の下請法の運用について
平成30年度における取組等の結果のとりまとめにおいては、平成31年4月から大企業に時間外労働の上限規制が適用されることに伴い、下請等中小企業に対して適正なコスト負担を伴わない短納期発注等を行わないよう要請文[3]が発出されたことが指摘されており、上記観点からの調査・指導の強化が予想される。また、世耕プランを具体化する一つのアクションプランとして、平成29年7月24日には、「型管理の適正化に向けたアクションプラン」[4]が公表されているところ、平成30年度の取組等の結果として「型管理の適正化」が今後の改善に向けた課題とされており、同アクションプランに基づいた調査・指導の強化も予想される。
下請法の運用は上記のとおり、任意の調査及び行政指導を中心として行われているものの、親事業者においては、サプライチェーン全体での取引適正化等の観点から、自主的な改善・適切な協力が求められるといえよう。
以上
[1] https://www.meti.go.jp/press/2016/09/20160915002/20160915002.html
なお、平成28年9月15日に実施された経済産業省と日本経済団体連合会及び日本自動車工業会との懇談会において世耕弘成経済産業大臣によって発表されたプランである。
[2] 下請代金支払遅延等防止法第4条の2の規定による遅延利息の率を定める規則
[3] 厚生労働省労働基準局長、雇用環境・均等局長、経済産業省経済産業政策局長及び中小企業庁長官の連名による「働き方改革関連法の施行に向けた取引上の配慮について」(下記政府広報オンラインを参照)
https://www.gov-online.go.jp/cam/hatarakikata/hacchusya/
[4] https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/sokeizai/katakanritekiseika.html
鋳造、鍛造、金属プレス等に必要となる金型等について、下請事業者による無償保管、保管に伴うメンテナンスの発生等が不当な経済上の利益の提供要請に該当する可能性があるとして問題となっている。