1 事案の概要
(1) 本件は、暴力団員である被告人が、共犯者らと共謀の上、暴力団員であることを申告せずにゴルフ場を利用したとして、2項詐欺罪に問われた事案である。
公訴事実の要旨は、「被告人は、①Dと共謀の上、宮崎市内のB倶楽部において、同倶楽部は、そのゴルフ場利用細則等により暴力団員の利用を禁止しているにもかかわらず、被告人及びDが暴力団員であるのにそれを秘し、同倶楽部の従業員に対し、Dにおいて『D』と署名した『ビジター受付表』を、被告人において『A』と署名した『ビジター受付表』を、それぞれ提出して被告人及びDによる施設利用を申し込み、従業員をして、被告人及びDが暴力団員でないと誤信させ、よって、被告人及びDと同倶楽部との間でゴルフ場利用契約を成立させた上、被告人及びDにおいて、同倶楽部の施設を利用し、②Eと共謀の上、同市内のCクラブにおいて、同クラブは、そのゴルフ場利用約款等により暴力団員の利用を禁止しているにもかかわらず、真実は、被告人が暴力団員であるのにそれを秘し、被告人において、同クラブの従業員に対し、『A』と署名した『ビジター控え』を提出して被告人による施設利用を申し込み、従業員をして、被告人が暴力団員ではないと誤信させ、よって、被告人と同クラブとの間にゴルフ場利用契約を成立させた上、被告人において、同クラブの施設を利用し、もって、それぞれ人を欺いて財産上不法の利益を得た」というものである。
(2) 本件の事実関係は、判文に説示されているとおりであるが、重要と思われる点を挙げると、次のとおりである。すなわち、本件各事実において、①被告人は、ビジター利用客として、備付けの「ビジター受付表」又は「ビジター控え」に氏名等を偽りなく記入して提出したこと、②両ゴルフ場とも、ゴルフ場利用約款等で暴力団関係者の施設利用を拒絶する旨規定し、クラブハウス出入口に「暴力団関係者の立入りプレーはお断りします」などと記載された立看板を設置するなどしていたものの、「ビジター受付表」又は「ビジター控え」に暴力団関係者であるか否かを確認する欄はなく、その他暴力団関係者でないことを誓約させる措置を講じていなかった上、暴力団関係者でないかを従業員が確認したり、被告人自ら暴力団関係者でない旨虚偽の申出をしたりすることもなかったこと、③被告人は、施設利用後、利用料金等を支払っていることである。
他方、両ゴルフ場で異なる点としては、B倶楽部は、会員制のゴルフ場であるが、会員又はその同伴者、紹介者に限定することなく、ビジター利用客のみによる施設利用も認めていたため、被告人らも全員ビジター利用客として施設利用をしたのに対し、Cクラブは、原則として、会員又はその同伴者、紹介者に限り、施設利用を認めていたため、被告人も会員である共犯者Eの予約を前提に同伴者として施設利用をしたものである。
2 争点と審理の経過
(1) 被告人は、客観的な事実関係については認めていたが、①上記のとおり、ゴルフ場で施設利用を申し込む際、積極的に自らが暴力団員でないと虚偽を告げたわけではないし、ゴルフ場従業員から暴力団員でないか確認されてもいないため、単に暴力団員であることを申告せずに施設利用を申し込む行為が、黙示的に暴力団員でないことまで表しているといえるか(挙動による欺罔行為性)、被告人は本名で施設利用を申し込み、自ら施設を通常の方法で利用した後、利用料金等を支払っているため、利用客が暴力団員であるか否かということがゴルフ場側において施設利用の許否を判断する際の基礎となる重要な事項といえるか(欺罔内容の重要事項性)、などが争われた。
(2) 第1審判決は、要旨、暴力団員であることを秘してした施設利用申込み行為自体が、挙動による欺罔行為として、申込者が暴力団関係者でないとの積極的な意思表示を伴うものと評価でき、各ゴルフ場の利便提供の許否判断の基礎となる重要な事項を偽るものであって、詐欺罪にいう人を欺く行為に当たるとし、2項詐欺罪の成立を認めた。これに対し、被告人が事実誤認を理由に控訴した。
原判決も、要旨、暴力団排除の取組が社会的に周知されていた上、「クラブハウス入口の立看板により、暴力団員の立ち入りを拒絶していることからすれば、クラブハウス内に立ち入り、受付において利用を申し込むことができる者は、暴力団員ではない者に限られる。そうすると、被告人が、前記掲示等がなされたゴルフ施設において、暴力団員であるという属性を秘して利用申込みをする行為は、自らがそのような属性を有しないものであることを示して申込みをしたものであり、挙動による欺罔行為といえる」、「本件各ゴルフ施設において暴力団員の立ち入りやプレーを禁ずることは、本件各ゴルフ施設の経営上重要な事項であり、利用申込者が暴力団員でないという属性は、本件各ゴルフ施設が利用者の申込みに応じて施設利用契約を締結するか否かの判断において重要な事項である」とし、第1審判決の認定を是認し控訴を棄却した。これに対し、被告人が上告した。
3 挙動による欺罔行為
(1) 刑法246条2項にいう「人を欺く」とは騙取の手段として人を錯誤に陥れるような行為をすることである。詐欺罪の欺罔行為といえるか否かは、①欺く行為といえるか(欺罔行為の態様)、②欺いた内容・対象が財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項か(欺罔行為の内容)の両面から検討されることとなる。
①の欺罔行為の態様について見ると、人を欺く手段・方法には制限がなく、言語によると動作(挙動)によると、直接的であると間接的であるとを問わず、また、作為によると不作為によるとにかかわらない(大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法〔第2版〕』第13巻(青林書院、2000)29~31頁[高橋省吾]、団藤重光編『注釈刑法(6)』(有斐閣、1966)184頁[福田平]、大塚仁『刑法概説[各論]〔第3版増補版〕』(有斐閣、2005)244頁等)。したがって、欺罔行為には、例えば言語によって積極的に事実を偽る場合だけでなく、挙動による欺罔行為、すなわち挙動の社会的意味の解釈によって事実を偽ったと認められる場合(積極的な欺罔行為はないが一定の言動によって事実を偽る場合)も含まれると解されている。判例上も、無銭飲食・無銭宿泊(大判大9・5・8録26輯348頁)、取込み詐欺(最二小決昭43・6・6刑集22巻6号434頁)、キセル乗車(大阪高判昭44・8・7刑月1巻8号795頁)、譲渡目的の通帳等詐欺(最三小決平19・7・17刑集61巻5号521頁)、他の者を搭乗させる意図を秘した搭乗券の購入(最一小決平22・7・29刑集64巻5号829頁)等の事案において挙動による欺罔行為を認めてきている。
(2) どのような場合に、事実の黙秘を伴う挙動が「挙動による欺罔行為」になるかについては、その挙動にどのような事実が黙示的に表示されていると解釈すべきか、という問題に帰着する。その挙動が黙示的に虚偽を表示していると解釈できる場合、すなわち、当事者間でそれが存在することが当然であると意識しており、いわば「言葉にする必要がない」状況にあれば、「挙動による欺罔行為」と認められることになろう(橋爪隆「詐欺罪成立の限界について」植村立郎判事退官記念論文集カ『現代刑事法の諸問題 第1巻』(立花書房、2011)194頁)。
一般的な基準を設けることは困難であるが、上記各判例の事案を整理すると、まずは挙動による意思表示の法律的解釈を基本とし、従前からの当事者間の取引関係・基本契約、契約の際の確認内容、さらには取引慣行、社会的理解等を総合的に考慮して、当該挙動が黙示的に表示する事項を解釈すべきことになろう。例えば、①有償契約の申込みの場合、意思表示の解釈として、当然に代金等の支払意思・能力(契約履行意思)を、②契約時に本人確認がされるなどした上、契約内容からして契約者本人が当該財物の利用や利益の享受をすることが求められている中でした申込みの場合、他人に譲渡等をせずに自ら利用又は利益享受する意思を、③反復的な取引関係等がある中での新規申込みの場合、従前の取引において当然の前提となっている事実関係を守る旨の意思を、④基本契約等を前提にした個別契約の申込みの場合、基本契約等で合意している事項を遵守する意思を、それぞれ表示しているといえよう。
4 本判決の意義及び位置付け
(1) 本判決の多数意見は、「上記の事実関係の下においては、暴力団関係者であるビジター利用客が暴力団関係者であることを申告せずに、一般の利用客と同様に、氏名を含む所定事項を偽りなく記入した『ビジター受付表』等をフロント係の従業員に提出して施設利用を申し込む行為自体は、申込者が当該ゴルフ場の施設を通常の方法で利用し、利用後に所定の料金を支払う旨の意思を表すものではあるが、それ以上に申込者が当然に暴力団関係者でないことまで表しているとは認められない。そうすると、本件における被告人及びDによる本件各ゴルフ場の各施設利用申込み行為は、詐欺罪にいう人を欺く行為には当たらないというべきである」と判示し、挙動による欺罔行為性を否定した。
本判決の多数意見は、ゴルフ場が看板、約款、利用細則等で暴力団関係者の施設利用を拒絶する旨表示していたとしても、ビジター利用客が施設利用を申し込む行為の意思解釈として、原則的に、その本人が当該ゴルフ場の施設を通常の利用方法(ゴルフのプレーによるコース利用、練習場での練習、食堂での飲食、プレー後の入浴等)で利用し、プレー後は料金を支払う旨の意思を表示するものであって、それ以上に申込者が暴力団関係者でないことを誓約する旨の意思まで黙示的に表示しているとは認められないと判断したものと解される。その前提として、被告人が施設利用を申し込む際に、フロント係の従業員から、暴力団関係者でない旨や、暴力団関係者の施設利用を拒絶するとの約款、利用細則等を遵守する旨を改めて確認された事実はないこと、被告人はビジター利用客として自ら本件各ゴルフ場を利用したものであって、従前からの基本契約関係(入会契約、会員契約)が存在していたわけではないこと、さらに、周辺のゴルフ場において、本件各ゴルフ場と同様に暴力団関係者の施設利用を拒絶する旨の立看板等を設置し暴力団排除活動を推進しながらも、実際には暴力団関係者の施設利用を許可又は黙認する例が複数あり、ゴルフ場の利用客は当然に暴力団関係者でないといえる状況になかったことなどが重視されたものと思われる。
なお、本判決には、小貫裁判官の反対意見が付されている。同意見は、B倶楽部の事件については、多数意見(挙動による欺罔行為性を否定して無罪)と同じであるが、Cクラブの事件については、「同クラブは、ビジターのゴルフ場施設利用申込みにつき会員による紹介・同伴を原則としており、会員の人物保証によって暴力団排除を実効性あるものにしようとしていた。このような措置を講じているゴルフ場における会員の紹介・同伴によるビジターの施設利用申込みは、フロントにおいて申込みの実行行為をした者が会員であるかビジターであるかにかかわらず、紹介・同伴された者が暴力団関係者でないことを会員によって保証された申込みと評価することができるのであり、このような申込みは偽る行為に当たる」とし、挙動による欺罔行為性を肯定している。
(2) このように、本判決は、欺罔行為の内容(財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項か否か)、財産上の損害の有無を判断することなく、挙動による欺罔行為性という観点から、詐欺罪の成立範囲につき一定の限界を示した事例であって、重要な意義を有する。近時、いわゆる法益関係的錯誤説等の立場から、詐欺罪の成立範囲の拡大傾向に懸念が示されており(佐伯仁志「詐欺罪(1)」法教372号(2011)115頁、橋爪隆「詐欺罪(下)」法教294号(2005)95頁、西田典之『刑法各論〔第6版〕』(弘文堂、2012)209頁等)、本判決は、そのような学会での議論状況にも沿うものと評価することができる。
なお、今後、ゴルフ場としては、暴力団関係者の施設利用を真に拒絶する方針であれば、近時、銀行で口座開設の際に申込書等で暴力団関係者でないことを誓約させているのと同様、受付表等に暴力団関係者でない旨の誓約文言を記載しておき、それに署名を求めるなどして受付時に確認する措置を講じることが考えられ、そうすれば、暴力団排除活動に支障を来すこともないように思われる。