国際シンポジウム:テクノロジーの進化とリーガルイノベーション
第2部 テクノロジーの進化に対する工学×経営学×法学のアプローチ④・完
パネリスト ケンブリッジ大学法学部教授 Simon Deakin ケンブリッジ大学法学部教授 Felix Steffek 学習院大学法学部教授 小塚荘一郎 産業技術総合研究所人間拡張研究センター生活機能ロボティックス研究チーム主任研究員 梶谷 勇
一橋大学大学院経営管理研究科准教授 野間幹晴 ファシリテーター 一橋大学大学院法学研究科教授 角田美穂子 電気通信大学大学院情報理工学研究科准教授 工藤俊亮 株式会社レア共同代表 大本 綾 |
第2部 テクノロジーの進化に対する工学×経営学×法学のアプローチ④・完
● 中国フィンテックの光と影
Deakin:
中国のフィンテックは急速に伸びてきています。そして、ある意味、最も色々な動きがあって、そしてまた世界のフィンテックの業界の中でも急速に伸びている業界であることは確かです。例えばプラットフォームレンディング、これは中国では急速に伸びていて、特に、2013年、2014年以降、その伸びは顕著です。2000以上のプラットフォームがクラウドファンディングをしていますし、一部は銀行のような役割までも果たしています。預金を取って、それを資金に貸し出しをしたり、また他のところはP2Pレンディングをしているところもあります。そしてまた、大きな中国のテックジャイアント、アリババやテンセントといったところがありますが、そういったところが経済の規模を活用しています。
中国市場というのは、アメリカの巨大テック企業がなかなか中国でビジネスができるという環境ではありません。ですので、そのような規制環境のもとで、中国の振興のテック企業が中国モデルという形態をとりながら急速に伸びたということです。そして、中国のフィンテックは、長きにわたって、国家レベル、そして省レベルでも、法規制はほとんどなかったわけです。EUの一般データ保護原則(GDPR)や電気通信プライバシー法(Electronic Communications Privacy Act)のようなものは、中国には存在していません。ですので、中国でデータ市場があるというのは何故かと言いますと、その規制のコントロールが弱かったという過去があったからです。
しかしながら、最近の展開として、非常に急速な伸びが起こった一方、フィンテックセクターで大きなスキャンダルが起きています。Ezubaoのようなプラットフォームが失速し、何千という投資家、またはその貸し手が資金を失ったのです。その直接的な原因は、プラットフォーマーが破綻したことです。そしてP2Pレンディングですが、そのやり方が詐欺まがいであったこともありました。そして2015年に規制が導入されてから2018年までの間にプラットフォーマーの数は急激に落ち込んでいます。これは、破綻したり、または取引をやめたりとしたためです。新しい規制を遵守することができなかったからです。トレーディングが詐欺まがいであったり、または銀行のような貸し出しをしていたのですが、本来であれば預金が取れないにも関わらずやっていたということで、そういった動きが不活発になりました。
このように、中国は急速に伸びたのですが、それは何故かというと、規制の空白地帯だったからだということがあります。そしてその後、政府としては、その状態であればフィンテックセクターであまりにも急速に伸びている中でリスクが高いと考えたわけです。そして、フィンテックのP2Pレンディングへの信頼が急落しました。ですから、今やこの業界というのは、過去とはずいぶん様相が変わったと思います。過去に比べてより安全になりましたし、そして銀行やまたは保険からのサポートというものを得るようになりました。
ただ、中国の概要を見ていきますと、非常に強い政府のサポートがあります。電子決済のところ、そしてまたデータ収集のところもです。それはそのコマーシャルクレジットだけではなくてソーシャルクレジットでもそうです。個人の情報を収集し、それは銀行ローンを出すためだけではなく、市民としての社会的な保証も提供するためにということでデータの収集が行われるようになっています。
しかし、これは私たちからみると非常に疑問を呈すべきものです。というのも、今現在、中国のコンテクストの中での監視というのは、これは国と企業の間での協力しての監視になっています。今現在、中国では、民間の大きなところと政府がそのサーベイランス、監督をしているわけです。このモデルの特徴はやはり認識しておかなければいけないと思います。そして、よりよく理解しなくてはなりません。というのも、おそらくその権利といったところで大きな影響が出るからです。人権に対して大きなストレスがかかっているという話がありましたが、政府がデータの収集に直接関わっているケースも多いです。それが中国のケースということでご紹介しておきたいと思います。
私もこの研究を長きにわたってやっています。私としては中国のコンテクストでどれだけ進捗したのかということにも驚いておりますし、そしてまたそれと同時にリスクも非常に大きいということに驚いております。
角田:
そういたしますと、日本企業にとって中国のフィンテック企業が行なっていることというのは、モデルにはならないというのがDeakin先生のアドバイスのようなのですが、では、我々はどのようにしていったらいいのでしょうかということで、悩ましいところだと思います。
中国はモデルにならないとして、ヨーロッパの方で何か示唆に富むようなアドバイスをいただけないでしょうかということで、先ほど社内での問題解決も法律家が担っていて、社内におられる法曹資格を持っている方というのが非常に少ないというお話をいただきましたが、そういう社内で色々な裁判の予測にテクノロジーを導入していくという分野でご活躍のSteffek先生、何かアドバイスがありましたらお話しいただけるとありがたいのですが、いかがでしょうか。
● 企業における紛争解決・予防へのテクノロジー活用
Steffek:
はい、ありがとうございます。紛争解決は法律が担う機能のなかでもコアといってよいと思いますが、果たしてテクノロジーによって紛争解決の質を向上させることができるでしょうか。この問題の最適解を探究することはとても重要で、私は可能だと考えています。
例えばAIについて考えてみますと、AIは過去のデータを学習しています。人間のデータ、ヒューマンデータであり、過去に人間が過ちを犯したとすれば、その過ちはその人の未来にも影響を及ぼすこともあるでしょう。
一方でAIがもたらすチャンスもあるでしょう。AIを使って過去の過ちを発見することも可能だからです。例えば、ある法廷の判断、あるいはオンブズマンサービスの判断が偏っていたかも知れない。そうであれば、それは自然言語プロセスなどを使ってその過ちを特定することができるかも知れません。もしかしたら法廷で正義がなされていなかったというケースもあるかも知れません。ですので、AIにはふた通りの役割があるのだと思います。法律がその便益を最大化し、そしてリスクを最小化する役割を果たすとすれば、それはそれで法律は目的を達成したということができるのではないでしょうか。
紛争解決という局面において、AIもブロックチェーンも二つの役割を果たすことができると思います。一つは組織内での役割、もう一つは他者との関わりにおいてです。その紛争解決の予測をすることで、このプロセスを早めることができます。後でプレゼンテーションの中でもお話をしたいと思います。それに関する研究を紹介したいと思います。しかし、社内でもAIは内部での紛争解決、特に大手の企業の場合、例えば消費者とも法廷を通さずに解決をしていくことができると思います。そしてビッグデータ、紛争解決、近代の紛争解決においては、そして紛争予防、もともとそういった問題が起こらないようにするためのデータ分析にこれが使えると思います。紛争解決という観点からいいますと、これは法律の中核にあるものだと思います。もし紛争がなければ法律はいらないと思います。ですので、まずこれはきちんとみておかなければなりません。まだまだやるべきことも残されていると思います。しかし、近代の技術というのは非常にプラスに働いてはいると思います。
角田:
ありがとうございます。色々な形で法律の期待というのがあり、その中で国によって色々なルールがある。ビジネスとして上手くいっている、例えば中国が、我々日本にとってどういうインプリケーションを持つかというのは、これは非常に注意深く観察しなければならないところでもある。しかし、テクノロジーがもたらすものというのは、これはある程度国境を越えて色々なインプリケーションをもたらすことができることではないかと思います。
では、この後、コーヒーブレイクを挟んで、将来、我々がイノベーションを起こしていくためにどういう人材が必要かということを話していきたいと思うのですが、ここで、グラフィックレコーディングをしてくださっていた大本様に、このセッションの議論の総括をしていただきたいと思います。
カオティックな議論を総括!
大本:
隣でずっと絵を描いておりました。
こちらのグラフィックレコーディングの構図には意図がありまして、上が工学側の意見、下が法律側の意見ということで、二つに分けています。今日は議論としては、下の方、つまり法律側の皆さんの考えであったり、工学側への期待感であったり思考であったりというところが多くなっています。あともう一つ、リーガルイノベーションが今回のテーマということで、そちらに向かって両方が歩んでいるところも表現していまして、最初に法律を設計するであったり、技術を設計する段階に、どういうことを考えておくべきかというのを左の方にまとめて、真ん中の方にいきますと実際に技術を社会の中で実験する時に考えておくことなど、最後右の方では、社会で技術を実装するという段階で実際に湧き上がってくる疑問であったり出来事のようなところをまとめました。
最初の方(左の方)では、法律側の皆さんから、そもそもの法律を立てるときの理念であったり、人間中心の考え方であったり、例えば生活支援のロボットにしても、どういうものを人が望んでいるのかということを考える重要性、また新しい技術を作っていく段階においてリスクをどのように取るのかどうかということを、マルチステークホルダーの方たちと一緒に議論していくことが大事だという話がありました。どこまでルール化するという議論を色々なステークホルダーの人たちが、政府であったり、企業の方たちと話していくことで、例えば中国のフィンテックのケースのように、急激なテクノロジーの進化のようなところに繋がっていくことがあるということでした。サンドボックスの事例もありましたが、実際に実験する段階でこういった機会があることで、金融であったり医療であったり、そこの発展に貢献するという先進的な事例もありました。また、この社会実験をしていく中で、技術への信頼というのを社会の中でどのように作っていくのかが大事なポイントだというお話がありました。最後に法律側の皆さんの中でも、やはりそもそも何のためにこういったリーガルイノベーションをやっていくのかということで、紛争の解決ですとか、何か共通のゴールをもつことが大切だという意見がありました。共通のゴールがあれば、それを基盤に新しい技術が開発され、社会実装される可能性が生まれます。そして、そうした新しい技術の社会実装で問題が起きると、法律家はどのように起きた問題を解釈すべきかと考えます。そこで、また最初に立てた共通のゴールに立ち戻ることができるのです。一方で、技術側の方としては、新しい技術を作っていく時にガイドラインや指針、規制はあるものの、社会で実装する段階において前例がなかったりします。そのため、事故が起きた時に、そもそも納得できる事故の理由、エラーの理由を、どのように最初の設計段階から考えることができるのか、という点が大切になります。また、こちらもそもそも論のところでもともとの理念であったり、思想であったり、リスクをどこまで取るのかということがやはり重要になってくるので、今後、リーガルイノベーションをやっていくにあたって、少しこういう、本日は法律の皆さんの方が多かったので色々な期待であったり思いというのがあったのですが、工学側も少しそういった期待を受けながら、また一緒に対話を深めてベストな形のリーガルイノベーションが進むといいのではないかなということで、私からの議論の解釈を共有させていただきました。
第2部・完
(第3部につづく)