マレーシア:贈賄防止に係る企業責任導入と予防用ガイドライン
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 長谷川 良 和
1 はじめに
昨年、マレーシアは贈賄防止強化の観点から企業による贈賄防止懈怠を新たな犯罪類型として導入する汚職防止委員会法の改正(「改正法」)を成立させ、今般、改正法に基づいて企業の防衛手段として企業責任の免責を可能とする十分な措置に係るガイドライン(「本ガイドライン」)が出されるに至った。また、企業による贈賄防止懈怠罪は、2020年6月1日から施行される見込みとなった。そこで、以下では、贈賄防止懈怠罪の概要及び本ガイドラインの基本原則について解説する。
2 贈賄防止懈怠罪と十分措置ガイドライン
(1) 処罰対象行為と罰則
マレーシアの贈賄防止懈怠罪は、贈賄に関して新たに企業責任の考え方を導入するものであり、処罰対象行為及び罰則について、概要以下のとおり定めている。
処罰対象行為 | 罰 則 |
企業の関係者が自己又は他者のために、当該企業のための事業を獲得若しくは維持する意図をもって、又は当該企業のための事業過程における便益を獲得若しくは維持する意図をもって、他者に不正に利益を供与し、供与することに合意し、約束し、又は申し入れた場合、当該企業が処罰対象となる。 | 当該犯罪の対象利益額の10倍以上(算定可能な場合)若しくは100万リンギットのいずれか高い額の罰金、若しくは20年以下の禁錮、又はその併科。 |
上記行為主体としての「企業の関係者」は、広く定義されており、企業の取締役、パートナー若しくは従業員に加え、企業のために若しくはその便益のために役務提供する者は、「企業の関係者」とされている。
また、上記要件を満たす限り、企業のトップマネジメントや代表者が関係者による贈賄行為を実際に認識していたか否かに関わらず、企業が処罰対象とされる可能性がある点は、留意する必要がある。
(2) 企業の防衛手段としての十分措置
仮に、企業が贈賄防止懈怠罪を理由として訴追された場合でも、企業が関係者によって当該行為が行われることを抑止する十分な措置を講じていたことを立証できれば、当該企業は当該刑事責任を負わないものとされている。当該措置の内容について、今般、改正法に基づいて本ガイドラインが出されるに至った。本ガイドラインの基本原理は、「T.R.U.S.T」として以下のとおり示されている。
T |
トップレベルコミットメント(Top Level Commitment) |
R |
リスク精査(Risk Assessment) |
U |
コントロール措置の実施(Undertake Control Measures) |
S |
組織的なレビュー、モニタリング及び実行(Systematic Review, Monitoring and Enforcement) |
T |
研修及びコミュニケーション(Training and Communication) |
個々の基本原理に関する詳細は本紙では割愛するが、企業としては本ガイドラインを踏まえて関係者による犯罪抑止のための十分な措置を講じることが重要となる。
(3) 企業役職員らの責任
更に、企業が上述の贈賄防止懈怠罪を犯した場合、当該行為発生時の当該企業の取締役、役員ら又は経営関与者は、(i)自らの同意又は共謀なく処罰対象行為が実行されたこと、及び、(ii)当該者の立場における役割の性格及び状況を考慮して当該者が行うべきであった当該犯罪発生防止のための相当な注意を払ったことを証明しない限り、当該犯罪を犯したとみなされる。
3 終わりに
贈賄防止懈怠罪は、2020年6月1日施行予定とされており、それまでの期間は企業が改正法に耐えうる体制構築を行うためのいわば準備期間と位置付けられる。本ガイドラインも踏まえ、企業関係者による犯罪抑止のための十分な措置が講じられているか、適切な検証を行うことが実務上重要であろう。