夫婦の一方が他方と不貞行為に及んだ第三者に対し離婚に伴う慰謝料を請求することの可否
夫婦の一方は、他方と不貞行為に及んだ第三者に対し、当該第三者が、単に不貞行為に及ぶにとどまらず、当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情がない限り、離婚に伴う慰謝料を請求することはできない。
民法709条、民法710条
平成29年(受)第1456号 最高裁平成31年2月19日第三小法廷判決 損害賠償請求事件 破棄自判
原 審:平成28年(ネ)第5842号 東京高裁平成29年4月27日判決
原々審:平成27年(ワ)第216号 水戸地裁龍ケ崎支部平成28年11月21日判決
1 事案の概要
本件は、Xが、Yに対し、YがXの妻であったAと不貞行為に及び、これにより離婚をやむなくされ精神的苦痛を被ったと主張して、不法行為に基づき、離婚に伴う慰謝料(以下「離婚慰謝料」という。)等の支払を求める事案である。
2 事実関係の概要
(1) XとAは、平成6年3月、婚姻の届出をし、その後、二子をもうけたが、平成20年12月以降は、性交渉がない状態になっていた。
(2) Yは、平成20年12月頃、Aと知り合い、平成21年6月以降、Aと不貞行為に及ぶようになった(以下「本件不貞行為」という。)。
(3) Xは、平成22年5月頃、YとAとの不貞関係を知った。Aは、その頃、Yとの不貞関係を解消し、Xとの同居を続けたが、約4年後の平成26年4月頃、Xと別居した。
(4) Xは、平成26年11月頃、家庭裁判所に、Aを相手方として夫婦関係調整の調停を申し立て、平成27年2月、Aとの間で離婚の調停が成立した。
3 訴訟の経過
原々審、原審においては、主として、本件不貞行為と離婚との間の相当因果関係の有無等が争点となり、原審は、本件不貞行為によりXとAとの婚姻関係が破綻して離婚するに至ったものであるから、Yは、両者を離婚させたことを理由とする不法行為責任を負い、Xは、Yに対し、離婚慰謝料を請求することができるなどとして、Xの請求を一部認容すべきものとした。Yが上告受理申立てをしたところ、最高裁第三小法廷は、判決要旨のとおり、夫婦の一方は、他方と不貞行為に及んだ第三者に対し、特段の事情がない限り、離婚慰謝料を請求することはできないとの判断を示した上で、特段の事情があったことがうかがわれない本件においては、離婚慰謝料を請求することができないとして、原判決を破棄し、Xの請求を棄却する自判をした。
4 説明
(1) 問題の所在等
不貞相手の不法行為責任については、学説上は否定ないし制限する説が有力であるが、最高裁は3度にわたって認める判断を示している(最一小判昭和34・11・26民集13巻12号1562頁、最二小判昭和41・4・1集民83号17頁、最二小判昭和54・3・30民集33巻2号303頁)。判例は、不貞相手に対し、不貞行為自体を理由とする慰謝料(以下「不貞慰謝料」という。)が請求された場合における被侵害利益について、「他方の配偶者の夫又は妻としての権利」であると判示しており(前掲最二小判昭和54・3・30)、一種の人格的利益であると捉えているものと解される(田中豊「判解」最判解民事篇(平成8年度)(上)247頁参照)。そして、不貞慰謝料の短期消滅時効について、最一小判平成6・1・20集民171号1頁は、不貞行為が継続的なものであっても、夫婦の一方が他方と第三者との不貞行為を知った時からそれまでの間の慰謝料請求権の消滅時効が進行する旨の判断を示している。
本件では、原審において認定されている最後の不貞行為は、平成22年4月末頃であり、Xは同年5月頃にはこのことを知ったとされているため、その頃から3年の経過により時効によって消滅したということになる。
他方で、離婚慰謝料の短期消滅時効の起算点は、最二小判昭和46・7・23民集25巻5号805頁において、離婚時であると判断されている。
このように、本件では不貞慰謝料が時効により消滅しているため、Xは、不貞慰謝料を請求することはせず、第三者たる不貞相手の不貞行為によって離婚をやむなくされたと主張して、離婚慰謝料を請求したものであって、不貞相手に対して離婚慰謝料を請求することができるか否かが争点となったものである。
(2) 離婚慰謝料について
離婚慰謝料という法概念の起源は戦前に遡る。すなわち、明治民法(明治31年施行)には財産分与の規定がなく、法律上離婚給付の制度がなかったところ、遅くとも昭和初期には、下級審の裁判例において、「離婚の止むなきに至った結果、精神的苦痛を被った」との表現のもとで、不法行為に基づく離婚慰謝料を認めるとの判断が積み重ねられるようになった。これらの裁判例において、離婚慰謝料の額は、有責性の程度のみならず、夫や妻の社会的地位、年齢、再婚可能性等も考慮されて決められていたとされ、離婚慰謝料は、明治民法下において唯一の離婚給付としての機能を営んでいたとされる(我妻榮『親族法』(有斐閣、1961)152頁、大津千明『離婚給付に関する実証的研究』司法研究報告書32輯1号(1981)6頁)。
終戦後、日本の民法にも財産分与の規定が設けられることとなったことから、明治民法下においていわば救済的に認められてきた離婚慰謝料という法概念を維持することができるかどうかが一つの解釈問題となり、最三小判昭和31・2・21民集10巻2号124頁は、財産分与と離婚慰謝料とは本質的に異なるとして、配偶者に対する離婚慰謝料の請求を認める判断を示した。同最判は、離婚慰謝料の性質については踏み込んだ判断を示していないが、「離婚するの止むなきに至つたことにつき、相手方に対して損害賠償を請求することを目的とするもの」と判示して戦前からの表現をほぼ踏襲し、不法行為に基づくものとしつつも「身体、自由、名誉を害せられた場合のみ」に限られないと判示しており、離婚原因となった個別の行為自体が独立の不法行為を構成することまでは必要ではないと解しているものと考えられる。
離婚慰謝料の中身については、①離婚原因となった有責行為それ自体による精神的苦痛に対する慰謝料(以下「離婚原因慰謝料」という。)と、②離婚という結果そのものから生ずる精神的苦痛に対する慰謝料(以下「離婚自体慰謝料」という。)の二つがあると解されているが、前記最高裁判決を受けて形成された一体説(実務上の通説とされる。大津・前掲65頁、島津一郎=阿部徹編『新版注釈民法(22) 親族(2)』(有斐閣、2008)197頁、231頁〔犬伏由子〕)は、相手方の有責行為から離婚までの一連の経過を1個の不法行為として捉え、離婚慰謝料には、離婚自体慰謝料だけではなく、離婚原因慰謝料も全体として含まれると解している。この立場からは、夫婦間における暴行・虐待、あるいは不貞などといった不法行為は、当該行為自体による通常の精神的苦痛(いわゆる個別慰謝料)と、離婚へと発展する契機となる精神的苦痛(離婚原因慰謝料)という双方の側面を有しており、後者の侵害が蓄積され離婚に至ったときに「配偶者たる地位の喪失」という新たな精神的苦痛(離婚自体慰謝料)が発生すると説明される。
そして、実務上、離婚原因となった個別有責行為については、日時・場所・態様が厳密に特定されることなく概括的に主張されるのが一般的であって、個別的にみると不法行為の要件を満たしているということはできないことが多い。さらに、その慰謝料額の算定においては、「離婚についての責任の有無・大小の他に、婚姻生活の長短、離婚後の財産取得能力、再婚可能性の有無なども考慮される」などともされる(我妻・前掲161頁)。
このように、離婚慰謝料は、その沿革からみても、また、今日においても、なお、配偶者間の離婚給付としての機能を有するものとして、実務上、認められてきたものであるということができる。そうすると、このように形成されてきた離婚慰謝料という法概念は、夫婦間においては妥当するといえるものの、純然たる第三者の不法行為の場面にそのまま当てはめるということについては、強い違和感を覚えるところである。
(3) 第三者に対する請求
第三者である不貞相手に対する離婚慰謝料の請求を認めた最高裁判例は見当たらないが、いわゆる「嫁いびり」の事案で、内縁関係を破綻させた第三者に対する慰謝料請求を認めた最高裁判例はこれまでに3件存在する(最三小判昭和37・10・23集民62号947頁、最二小判昭和38・2・1民集17巻1号160頁、最三小判昭和41・2・22集民82号453頁)。このうち、最二小判昭和38・2・1は、「内縁の当事者でない者であっても、内縁関係に不当な干渉をしてこれを破綻させたものが、不法行為者として損害賠償の責任を負うべきことは当然であ」るとするが、「生理的現象である被上告人X(妻)の悪阻による精神的肉体的変化を理解することなく、懶惰であるとか、家風に合わぬなど事を構えて婚家に居づらくし、里方に帰つたXに対しては恥をかかせたと称して婚家に入るを許さなかつた」という夫の父母の言動が原因となって内縁が解消されたという事案であり、しかも夫の実父がXの「追出にあたり主動的役割を演じた」という事実関係であることを踏まえ、夫の父母の行為につき、「社会観念上許容さるべき限度をこえた……不当な干渉」であると認め、不法行為責任があるとした原審を相当であると判断したものである。
下級審裁判例においても、不貞相手に対する離婚慰謝料の請求を認容した例は少なく、東京高判平成10・12・21判タ1023号242頁が、これを明示的に認めた初めての裁判例であると思われる。
学説においては、離婚について第三者の責任を無条件に肯定する見解は、近時はほぼみられなくなっているといえる。すなわち、第三者が、婚姻の解消について不法行為責任を負うか否かについては、権利侵害ないし違法性の要件との関係で問題となるところ、「最終的に離婚を決するのは夫婦自身であること」などから、「第三者が婚姻を破綻させることを意図し、かつ社会観念上不当と思われる程度の干渉行為を行った場合に限り違法性をおび、その不法行為責任を問いうるとみるべきであ」るなどとして限定する見解が有力である(岩志和一郎「家族関係と不法行為」山田卓生編代『新・現代損害賠償法講座 第2巻』(日本評論社、1998)161頁)、幾代通=徳本伸一(補訂)『不法行為法』(有斐閣、1993)87頁等)。
(4) 本判決の考え方
夫婦が離婚するに至るまでの経緯は当該夫婦の諸事情に応じて一様ではなく、当該夫婦という二人の人間の間の作用・反作用の無数の連鎖反応の過程の結果、離婚に至るものであると考えられる(川島武宣「離婚慰藉料と財産分与との関係」我妻榮先生還暦記念『損害賠償責任の研究(上)』(有斐閣、1957)271頁参照)。そして、当該夫婦からみると、部外者である第三者については、通常は、そのような無数の連鎖反応を観念することができず、第三者の行為について、その行為から離婚に至るまでの一連の経過を1個の不法行為として捉えるための前提を欠くように思われる。また、婚姻の解消は、本来的には夫婦の自由意思によって決定されるものであって、離婚慰謝料の被侵害利益である「配偶者たる地位」を喪失するに至るまでには、必ず配偶者の自由意思が介在することとなる。すなわち、部外者である第三者は、通常は、「配偶者たる地位」を直接的に侵害することはできないものと解される。
本判決は、このような理解のもと、不貞相手である第三者が、単に夫婦の一方との間で不貞行為に及ぶにとどまらず、当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情がない限り、当該第三者に対し、離婚慰謝料を請求することはできないとの判断を示したものと解される。
本判決は、不貞相手に対して離婚慰謝料を請求するためには、特段の事情を要するとするものであるが、本判決が「などして」という表現を用いていることからすると、「当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をする」との要件を満たさない場合であっても特段の事情が認められる余地はあると考えているようにも思われる(特段の事情を権利侵害ないし違法性の要件として位置付けるとすると、その余地は限定的とも解されるが、この点は今後に残された問題であろう。)。
ただし、本判決が「不貞行為に及ぶにとどまらず」と説示していることからすると、単なる不貞行為では足りず、客観的に何らかの付加的な行為(例えば、不貞関係をもった配偶者を騙し、脅迫するなどして離婚に追い込んだ。)があって初めて「離婚のやむなきに至らしめた」と評価されることになるものと解される。そして、この特段の事情の主張立証責任については、原告側が負うと考えられるから、実際上その主張立証が奏功する事案は限られるように思われる。
(5) 関連する問題
本件は、あくまでも不貞相手に対する離婚慰謝料について判断を示したものであるから、不貞慰謝料に関するこれまでの判例の考え方を変更するものではない。ただし、不貞慰謝料額の算定において、これまで下級審の裁判例では、不貞行為の結果、婚姻関係が破綻し、離婚するに至った場合においては、そのことを考慮することが多かったといえるところ、本判決の考え方からすると、単純に損害として離婚自体慰謝料を上乗せすることは許されないものと考えられる。他方で、不貞行為の結果、婚姻が破綻し、離婚するに至った場合には、不貞慰謝料の被侵害利益である「夫又は妻としての権利」という人格的利益に対する侵害も大きかったものと評価することができるであろう。したがって、前記のような事情について、慰謝料の増額要素として考慮すること自体は許されるものと解される。
なお、不貞相手に対して請求された不貞慰謝料に係る債務と、配偶者が負っていた離婚慰謝料に係る債務は、不真正連帯債務になるものと解される(最一小判平成6・11・24集民173号431頁参照)が、両者は、被侵害利益が異なり、慰謝料の中身が異なる(不貞慰謝料には、離婚自体によって発生する慰謝料を含まない。)ため、このことを考慮して損害額を算定する必要があり、通常は、損害額が異なることとなる(不貞以外の事情が認められない場合は、離婚慰謝料の方が多額になる。)ものと解される。
5 本判決の意義
本判決は、不貞相手の不法行為責任について、これまでの判例の考え方を変更するものではないが、不貞相手である第三者に対し、離婚慰謝料を請求することができるかという、これまで最高裁が明示的に示していなかった法律問題について、初めて判断を示したものであり、実務的にも理論的にも重要な意義を有するものと考えられる。