◇SH3632◇最三小判 令和2年10月13日 損害賠償等請求事件(林景一裁判長)

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 無期契約労働者に対して退職金を支給する一方で有期契約労働者に対してこれを支給しないという労働条件の相違が労働契約法(平成30年法律第71号による改正前のもの)20条にいう不合理と認められるものに当たらないとされた事例

 地下鉄の駅構内の売店における販売業務に従事する無期契約労働者に対して退職金を支給する一方で、同業務に従事する有期契約労働者に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、上記有期契約労働者が必ずしも短期雇用を前提としていたものとはいえないこと等をしんしゃくしても、次の(1)~(5)など判示の事情の下においては、労働契約法(平成30年法律第71号による改正前のもの)20条にいう不合理と認められるものに当たらない。

⑴ 上記売店を経営する会社は、退職する無期契約労働者に対し、一時金として退職金を支給する制度を設けており、退職金規程により、その支給対象者の範囲や支給基準、方法等を定めていたところ、上記退職金は、無期契約労働者の職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有し、無期契約労働者としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、様々な部署等で継続的に就労することが期待される無期契約労働者に対し支給することとされたものである。

⑵ 上記販売業務に従事する無期契約労働者と有期契約労働者の業務の内容はおおむね共通するものの、無期契約労働者は、休暇や欠勤で不在の販売員に代わって早番や遅番の業務を行う代務業務を担当していたほか、複数の売店を統括し、上記販売業務のトラブル処理等を行うエリアマネージャー業務に従事することがあったのに対し、有期契約労働者は、上記販売業務に専従していたものであり、両者の職務の内容に一定の相違があった。

⑶ 上記販売業務に従事する無期契約労働者は配置転換等を命ぜられる現実の可能性があったのに対し、同業務に従事する有期契約労働者は配置転換等を命ぜられることはなく、両者の職務の内容及び配置の変更の範囲に一定の相違があった。

⑷ 上記会社においては、全ての無期契約労働者が同一の雇用管理の区分に属するものとして同じ就業規則等により同一の労働条件の適用を受けていたが、上記販売業務に従事する無期契約労働者は、本社の各部署や事業所等に配置され配置転換等を命ぜられることがあった他の多数の無期契約労働者とは職務の内容並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲を異にしていたところ、関連会社等の再編成の経緯やその職務経験等に照らし、賃金水準を変更したり、他の部署に配置転換等をしたりすることが困難な事情があったことがうかがわれる。

⑸ 上記会社は、無期契約労働者へ段階的に職種を変更するための開かれた試験による登用制度を設け、相当数の有期契約労働者を無期契約労働者に登用していた。

(補足意見及び反対意見がある。)

 労働契約法(平成30年法律第71号による改正前のもの)20条

 令和元年(受)第1190号、第1191号 最高裁令和2年10月13日第三小法廷判決 損害賠償等請求事件 一部破棄自判、一部棄却 民集74巻7号1901頁

 原 審:平成29年(ネ)第1842号 東京高裁平成31年2月20日判決
 第1審:平成26年(ワ)第10806号 東京地裁平成29年3月23日判決

 

1 事案の概要等

  本件は、Y(株式会社メトロコマース)と期間の定めのある労働契約(以下「有期労働契約」という。)を締結して東京地下鉄株式会社の駅構内の直営売店における販売業務(以下「売店業務」という。)に従事していたX1及びX2(以下「Xら」という。)が、Yと期間の定めのない労働契約(以下「無期労働契約」という。)を締結している労働者のうち売店業務に従事している者とXらとの間で、退職金等に相違があったことは労働契約法20条(平成30年法律第71号による改正前のもの。以下同じ。)に違反するものであったなどと主張して、Yに対し、不法行為等に基づき、上記相違に係る退職金に相当する額等の損害賠償等を求めた事案である。

 Yにおける退職金について、無期契約労働者である正社員には、退職金規程により、本給に勤続年数に応じた支給月数を乗じた金額を支給するものと定められていたが、有期契約労働者である契約社員B(Xらが属する雇用形態の区分)には支給しないと定められていた。

  第1審は、上記退職金に係る労働条件の相違は不合理と認められるものに当たらないとした。これに対し、原審は、Xらの締結した契約が原則として更新され、実際にXらは10年前後の長期間にわたって勤務したこと等を考慮すれば、少なくとも長年の勤務に対する功労報償の性格を有する部分に係る退職金、具体的には正社員と同一の基準に基づいて算定した額の4分の1に相当する額すら一切支給しないことは不合理であるとし、Xらのような長期間勤務を継続した契約社員Bに全く退職金の支給を認めない点において、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるとして、退職金に関する不法行為に基づく損害賠償請求の一部を認容した。

  本判決は、退職金に関する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がないから棄却すべきであると判断した。

 

2 説明

  労働契約法20条は、有期労働契約を締結している労働者(有期契約労働者)の労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と無期労働契約を締結している労働者(無期契約労働者)の労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、①労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(職務の内容)、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲、③その他の事情(以下、①~③を併せて「職務の内容等」という。)を考慮して、不合理と認められるものであってはならない旨を定めている。同条は、有期契約労働者と無期契約労働者との相違に応じた均衡のとれた処遇を求める規定であると解されている(最二小判平成30・6・1民集72巻2号88頁(以下「ハマキョウレックス事件最判」という。))。

 そして、ハマキョウレックス事件最判及び最二小判平成30・6・1民集72巻2号202頁(以下「長澤運輸事件最判」という。)は、労働契約法20条に違反するか否かに係る判断枠組みについて、以下のとおりの判断を示している。

  労働契約法20条にいう「期間の定めがあることにより」とは、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることをいう。

  労働契約法20条にいう「不合理と認められるもの」とは、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいう。

  有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるか否かを判断するに当たっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきである。

 本判決においては、退職金に係る労働条件の相違が労働契約法20条にいう「期間の定めがあることにより」生じたものであること(上記ア)を前提に、Yにおける退職金の趣旨を個別に考慮した上で(上記ウ)、職務の内容等を考慮して、無期契約労働者とXらとの各労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであるか(上記イ)が判断されたものである。

 なお、本判決は、有期契約労働者と無期契約労働者の間の労働条件の相違が退職金の支給に係るものであったとしても、それが労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得る旨を述べている。これは、上記のとおり、同条に違反するか否かに係る判断枠組みが、個々の賃金項目の趣旨を個別に考慮し、また、職務の内容等を考慮するものであることからすれば、検討の対象となる労働条件の相違に係る個別の事情のいかんを問わずに一律に不合理性を判断し得るものでなく、事案によっては退職金に係る労働条件の相違が不合理と認められる場合に当たることもあることを指摘するものと考えられる。

 ⑵ ア 本判決は、Yにおける退職金につき、正社員に対する退職一時金制度によるものであること、退職金規程により支給基準等が定められ、本給に勤続年数に応じた支給月数を乗じた金額を支給するものとされていること、支給対象となる正社員は、Yの本社の各部署や事業本部が所管する事業所等に配置され、業務の必要により配置転換等を命ぜられることもあったこと、退職金の算定基礎となる本給は、年齢によって定められる部分と職務遂行能力に応じた資格及び号俸により定められる職能給の性質を有する部分から成るものとされていたことを挙げて、上記退職金は、労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものであり、Yは、正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することとしたものといえるとした。

 このように、本判決は、Yにおける退職金の趣旨(性質や目的)につき、一般的な、あるいは通常の退職金に見受けられる性質や目的とおおむね異ならないものであると判断したといい得るが、Yにおける退職金の支給要件、支給基準等の個別の事情を踏まえた検討がされた上で、上記の判断に至ったものと解される。

  有期契約労働者と無期契約労働者の間のある労働条件の相違が問題となる場合において、その労働条件には無期契約労働者に対して「長期雇用に対するインセンティブを付与して有為な人材の確保・定着を図る」目的があるなどとして、当該労働条件の相違の不合理性を否定する事情とみること(「長期雇用のインセンティブ論」などと呼ばれるもの)については、労働契約の形態の上で長期間働くことが予定されている者である無期契約労働者に対し、そのことのみを理由として手厚く処遇することを是認しかねず、労働契約法20条の趣旨を没却するものとならないかが問題となる。

 使用者が支給する賃金等の性質は様々であり、これらについて一律に長期雇用のインセンティブ論の妥当性を論ずることが相当であるかは議論の余地があるものの、賞与や退職金といった複合的な性質を有する賃金については、使用者において長期雇用に対するインセンティブを付与する趣旨が及ぶものとして制度設計をすることが少なくないものと考えられ、使用者においてこれらの賃金項目につき無期契約労働者のみに支給することは、一概に合理性のないものとまではいい難いものと考えられる。

 本判決は、Yにおいて退職金を無期契約労働者のみに支給することが、使用者の経営・人事制度上の施策として一定の合理性があることを含意しているものと考えられるが、有期契約労働者と無期契約労働者の間の労働条件の相違について、長期雇用のインセンティブ論をもってその不合理性を否定する事情とみることを一般的に肯定しているものではなく、個別の事情を踏まえて判断された退職金の趣旨に照らし、上記のような制度設計をすること自体が合理性を欠くものとはいい難いものと評価したものと解される。

 ⑶ ア 本判決は、Yにおける退職金の趣旨を踏まえて、売店業務に従事する正社員と契約社員Bの職務の内容等を考慮し、両者の間に退職金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは、不合理であるとまで評価することができるものとはいえないとした。その検討に当たっては、労働契約法20条所定の職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲につき、売店業務に従事する正社員と契約社員Bとの間に一定の相違があったことが否定できないとされた上、同条所定の「その他の事情」として、売店業務に従事する正社員と他の多数の正社員との間に職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲について相違があることや、売店業務に従事する正社員は、過去に行われた関連会社等の再編成によりYに採用されることとなった者と契約社員Bから登用された者がほぼ全体を占めるなど、その採用の経緯や職務経験等に照らし、賃金水準を変更したり、他の部署に配置転換等をしたりすることが困難な事情があったことが指摘されたほか、Yにおいて契約社員が正社員へ段階的に職種を変更するための試験による登用制度が設けられていたという事情も指摘され、これらが総合的に考慮されたものである。

  ところで、労働契約法20条に違反するか否かが争われる事案において、職務の内容等の相違を考慮するに当たり、比較の対象となる無期契約労働者をどのように設定すべきか、具体的には、同条違反を主張する有期契約労働者が指定する無期契約労働者とすべきか、それ以外(例えば、当該使用者における無期契約労働者全体や、同じ雇用管理区分に属する無期契約労働者全体)とすべきかが争点とされることがある。

 本判決は、Xらにより比較の対象とされた無期契約労働者とXら(が属する雇用形態の区分)についての職務の内容等を考慮している。これは、労働契約法20条には比較対照すべき無期契約労働者についての定めがなく、同条違反を理由とする損害賠償請求訴訟において原告が請求原因事実として特定した無期契約労働者を比較の対象として判断してはならない根拠は見当たらないことから、比較の難易等はおくとしても、Xらによる指定を前提にすれば足りるものとされたことによるものと考えられる。

 もっとも、使用者は、労働条件を設定する際には、同一の労働条件を設定しようとする労働者全体の職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲を考慮することが通常であるものと考えられる。そうすると、比較の対象を有期契約労働者と同様の業務に従事する無期契約労働者のみに限定するとしても、当該無期契約労働者が、同じ労働条件の適用を受ける無期契約労働者全体においてどのように位置付けられるのかについては、労働契約法20条所定の「その他の事情」として考慮することができるものと考えられる。

 本判決は、以上のような観点を踏まえて、労働契約法20条所定の「その他の事情」として考慮するのが適切と考えられる事情を取り上げたものと解される。

  「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」(平成30年法律第71号)は、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(以下「短時間・有期雇用労働法」という。)8条に短時間労働者及び有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇について通常の労働者の待遇との間の不合理な相違を設けることを禁止する旨の定めを置くこと、労働契約法20条を削除すること等を定めている(これらの各改正は令和2年4月1日に施行。ただし、中小事業主については令和3年3月31日までの経過措置が定められた。)。

 短時間・有期雇用労働法8条は、有期契約労働者について無期契約労働者との労働条件の不合理な相違を設けることを禁じた労働契約法20条と、短時間労働者について通常の労働者との労働条件の不合理な相違を設けることを禁じた上記の改正前の短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条とをいわば一本化したものであり、本判決は、ハマキョウレックス事件最判及び長澤運輸事件最判と共に、短時間・有期雇用労働法8条の下においても参考となるものと解される。

  本判決は、ハマキョウレックス事件最判及び長澤運輸事件最判の判断枠組みを踏襲しつつ、一般に複合的な性質を有するものとされる退職金に係る労働条件の相違の不合理性についての判断の在り方を示したものとして、事例判断ではあるものの、理論的にも実務的にも重要な意義を有するものと思われる。

 

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