◇SH3007◇弁護士の就職と転職Q&A Q106「パートナーの中途採用にはポータブル・クライアントが必須なのか?」 西田 章(2020/02/17)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q106「パートナーの中途採用にはポータブル・クライアントが必須なのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 企業法務系事務所で働くアソシエイトにとっては、「いつ、どこの事務所でパートナーのタイトルを得ることができるか?」がキャリアにおける重大問題であり、そこにゴールを設定してしまいがちです。ただ、パートナーになって、初めて、下請けたる地位を卒業して、「自分のクライアントに対するリーガルサービスを提供する」という意識を持って仕事に取り組むことになります。弁護士という職業を選んだことの成否は、「パートナーとして、どうやって自分のやりたい仕事をやるか? やりたくない仕事をやらないで済ませるか?」によって計られるため、「今よりも望ましい環境があるのではないか?」という(潜在的な)転職意欲を秘めたまま仕事を続けるパートナークラスの弁護士も珍しくはありません。

 

1 問題の所在

 一般論としては、アソシエイトからパートナーに昇進したら、アソシエイト時代に培ったスキルとクライアントとの人間関係をそのまま用いて、自らのアカウントでリーガルサービスを提供できることがもっとも効率的です。ただ、アソシエイト時代に担当しているのは、「先輩パートナーのクライアント」ですから、当該クラアントへのリーガルサービスを、自らのアカウントで提供するためには、先輩パートナーからクライアントを承継してもらうことが必要となります。タイミング良く、先輩パートナーが定年等で引退してくれたら、クライアントの承継もスムースですが、先輩パートナーも現役を続ける以上は、案件で使っていたシニア・アソシエイトがパートナーに昇進する度に、クライアントを分けていたら、いつまで経っても、自分のビジネスを広げることができません。また、クライアントの側でも、手作業の多くをアソシエイトが担当しているとしても、それは、先輩パートナーによる監督の下で行われているが故に安心してサービスを受けていられるのであって、「シニア・アソシエイトがパートナーに昇格した」という所内人事によって、請求担当まで先輩パートナーから新人パートナーに移管してもらいたいと希望することを意味しません。むしろ、「担当アソシエイトがパートナーに昇格したので、パートナー複数名で案件を担当する(担当パートナー間で当該クライアントの売上げを分割する)」か、「請求パートナーを維持したままで、担当アソシエイトのほうを交代させる」というほうが自然です。この点、先輩パートナーが、継続して担当する案件の売上げを分割してくれるならば、新人パートナーとしても、「実質シニア・アソシエイト業務」を続けながら、少しずつ自己案件を開拓していくことができます。そうではなく、「パートナーになったら、それまで担当していた案件からすべて外される」ということになれば、事務所を移ったわけでもないのに、新人パートナーは、「クライアントなし」の状態から、弁護士業務を再出発しなければならない、という状況に陥ります。

 

2 対応指針

 パートナークラスを中途採用することの意義は、理屈上、収支を共同する事務所においては「売上げを増やしたい」という側面があり、経費のみ共同する事務所においては「経費負担者を増やしたい」という側面があります。

 「売上げを増やしたい」というニーズには、「昨年度の売上げ実績がこれだけありますので、コンフリクトがなければ、この金額をそのまま売上げを積み増すことができます」と主張できると、企画書上の一応の説得力はあります。ただ、今年度もそれを実現できるかどうかには不確定要素も伴うので、中途採用にシナジーが見込めるかどうかは、売上げ実績そのものよりも、クライアントリスト(潜在的なものを含めて)の顔ぶれに着目して、クロスセルの可能性を探るほうが効果的だという考え方もあります。

 「パートナー」という肩書にも関わらず、ポータブル・クライアントが見込めない、又は、その金額規模が受入れ先事務所の期待する水準に満たない場合でも「パートナー」の肩書を維持させるべきか、それとも、一旦は、「カウンセル/オフカウンセル」という肩書に引き下げるべきかは論点になります。

 

3 解説

(1) ポータブル・ビジネスの金額規模

 アソシエイトの人材市場においては、「どのような案件を扱ってきたか?」というスキル・経験面が重視されるのに対して、パートナーの人材市場における価値は、理屈上、「年間いくら分のビジネスを生み出すことができるか?」によってランク分けされます。これは、顧問契約型の弁護士業務を行っている場合には、相当程度の信憑性があります(コンフリクトがなく、顧問契約を承継できれば、合理的に売上げを予測することができます)。

 これに対して、トランザクションや不正調査を担当しているパートナーについては、昨年度の実績は、同じ事務所にいた場合でも参考値にしかすぎません。そこに事務所の移籍という事情変更が加われば、不確定の度合いはさらに高まります。ただ、この不確定さは、下振れのリスクだけでなく、上振れへの期待も含まれます。受入れ事務所側が移籍者の売上げを保守的に見積もり、移籍者は楽観的な将来予測を主張することによって生じる隔たりは、報酬形態による調整が模索されます(固定給部分を保守的な見積もりで設定した上で、移籍者が主張する上振れ分を歩合給的ボーナスで還元したり、半年・1年の実績を踏まえて、翌年の報酬見直しに反映させる等の措置が講じられます)。

(2) クロスセル

 一定以上の信頼を得ている企業法務系の事務所であれば、安易に「売上げさえ増えるのであれば、どのようなパートナーでも中途で受け入れる」ということはありません。売上げよりも先に、「うちのクライアントの前に出しても恥ずかしくないだけの一人前のスキルを備えているか?」という点を重視します。逆に言えば、「確かなスキルさえ持っている弁護士ならば、昨年までの売上げはまだ少なくとも、うちのクライアントを囲い込むためにも手伝ってもらいたい」という期待を抱くことのほうが多いと言えます。その点、移籍者のクライアントリストは、「金額」以上に、「このパートナーが提供するリーガルサービスのクオリティは、どれだけリテラシーの高いクライアントにも満足される水準なのか?」という視点からレビューされることになります。

 一般論として、パートナーの移籍は、「自分と同じ専門分野のパートナーが不在の(又は手薄な)事務所のほうが狙い目」と言えます(同一専門分野の先住パートナーとしては、同分野の専門家が増えることに「所内の紹介案件で下請け先として競合するおそれ」を感じることが多く見られます)。また、成長途中にある事務所で、営業力に自信があるパートナーからは「市場でうちの事務所がこの分野に強いことを認知させたい」という理由で、同一法分野に複数のパートナーを迎え入れることに積極的な反応が示されることがあります。

(3)「パートナー」又は「カウンセル/オフカウンセル」

 「パートナー」という肩書を獲得した弁護士にとって、その「パートナー」のタイトルに固執するべきかどうかは、一つの論点です。受入れ側事務所にとっても、最初から「パートナー」という肩書を与えたほうが、営業上のメリットがあるために経済合理的であるという考え方もあります。

 ただ、受入れ側の事務所において、生え抜きの弁護士が切磋琢磨して所内競争を勝ち残った上でパートナータイトルを入手する、という慣行が存在している場合には、「他の事務所から来た外様が簡単にパートナーとして横滑りしてくる」という印象を与えてしまうことには、アソシエイトの勤労意欲を下げてしまうリスクも孕んでいます。そこで、中途採用で「いきなりパートナー」として迎え入れられるのは、「うちの事務所よりも客観的に同等以上と評価できるロー・ファームのパートナー」を迎え入れる場合か、「うちの事務所においてもパートナーとして認められるだけの十分な売上げ」が期待できる場合に限られる、という考え方が有力です。

 そのため、前事務所でパートナーのタイトルを取得していた場合であっても、「移籍先の事務所から見て、前事務所を格下と評価されてしまう場合」であり、「ポータブル・ビジネスから見て、初年度には、移籍先事務所のパートナーとして十分な売上げを立てる自信がない場合」には、移籍先事務所において、一旦は、カウンセル又はオフカウンセルという肩書に置いた上で、1年を通じた実績を踏まえて、その能力及び売上げ可能性において、移籍先事務所のパートナーとしての要件を満たすことを確認してもらった上でパートナーに返り咲く、という取扱いも実務的には行われています。

以上

タイトルとURLをコピーしました