◇SH2073◇インハウスと外部弁護士④・完 『昇進したがらない女子』時代を振り返って 西田 章(2018/09/06)

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インハウスと外部弁護士④・完
『昇進したがらない女子』時代を振り返って

GEジャパン General Counsel
弁護士 大 島 葉 子

Vanguard Lawyers Tokyo
弁護士 山 川 亜紀子

(司会)西 田   章

 

 前回(第3回)は、大島葉子弁護士から、ご自身の経験を踏まえた採用側視点として、「法分野を問わず、法律事務所で精度の高い仕事をしてきた経験」を重視されていることや、インハウスの役割として、ビジネスリーダーに何を判断してもらいたいかを意識した上で情報を取捨選択したコミュニケーションが求められることなどをお伺いしました。

 最終回となる今回(第4回)は、山川亜紀子弁護士に、Vanguard Tokyo法律事務所での採用ニーズをお伺いした後に、「女性としてのキャリアの壁」を打ち破って、General Counsel又はパートナーとしての立場からの風景も見て来られた両弁護士が、後輩の女性弁護士に贈るメッセージを紹介させていただきます。

 

 それでは、次に、山川さんに、Vanguard Tokyo法律事務所を題材に、法律事務所の中途採用で求められる資質や経験をお尋ねしたいと思います。
 Vanguard Tokyo法律事務所で、いま、募集されている弁護士のイメージをお聞かせ下さい。
 中堅の訴訟弁護士に来てもらいたいと思っています。英語ができて、基本的に、訴訟をひとりで回せる弁護士を想定しています。
 英語は必須ですか。
 訴訟弁護士については、中堅を探しているので、英語ができる人がいいと思っています。
 英語は、ジュニア時代から高いレベルを求められてしまうのでしょうか。年次が若い弁護士を採用する場合には、「これから勉強したい」という人でも対象になりうるでしょうか。
 今、募集しているのは、シニアなポストなので、留学帰りを想定しています。
 若い人については、常にいい人がいたら来てほしいと考えているので、ジュニアについては、「英語はこれから勉強したい」ということでも構いません。
 シニアなポストでは、どの程度の訴訟経験が求められているのですか。
 複雑な事件であれば、チームを組んで対応しますが、単純な事件であれば、ひとりですべて対応できます、というぐらいの方に来てもらいたいですね。
 フレッシュフィールズからのスピンオフとすれば、事務所の仕組みとしては、欧州型なのでしょうか。一般に、「米国型は、Eat What You Kill」で、報酬の分配は基本的に各弁護士の売上に応じて行われ、「欧州型は、Lockstep」で、報酬は個人の売り上げに連動せず、年功序列的要素も加味した経営がなされていると聞きますが。
 パートナーの間で報酬の分配はLockstepです。つまり、事務所全体の売り上げを頭分けするので、報酬は各人の売り上げに連動していません。このため、弁護士が自分のお客さんを囲い込むようなことはありません。アソシエイトを含め、個人事件は認めておらず、すべて事務所事件として扱っています。
 とすれば、給与も、売上に応じた歩合給というよりも、固定給に近いのでしょうか。
 はい、アソシエイトの給与は固定給です。経営状況によっては、ボーナスを支払うことはあるかもしれませんが、事務所が昨年できたばかりなので、実績はこれからです。
 アソシエイトの採用も、「将来のパートナー候補」という位置付けでなされているのでしょうか。
 はい、将来、Vanguard Tokyoでパートナーになりたい、という人を募集しています。結果的に、違う道を歩むことがあってもいいと思いますが、できれば、長く居てくれる人がいいですね。
 応募者から、「こいつは訴訟弁護士として優秀だ」とか「伸びそう」と思えるポイントはどこでしょうか。先ほど「好戦的」という話もありましたが(笑)。
 喧嘩が好きな人がいいですよね。喧嘩とまでは言わなくとも、議論が好きじゃないと。そうでないと、訴訟代理人業務を楽しんでやることができないと思うので。
 他にはどのような力をチェックされているのでしょうか。訴訟でも、準備書面を書くのは重要だと思いますが、起案力は重視されますか。
 起案力は必須ですよね。ただ、別に文章が上手い下手、というよりも、起案の前提として、「どういうストーリーを組み立てて、どこをどう突いて主張するべきか」をわかっているかどうかですよね。それが出来ていれば、あとは、文章に落とすだけなので、要は考え方の問題だと思います。美しい文章で、的外れなことを書かれても困ってしまうので(笑)。
 証人尋問のスキル、センスはいかがでしょうか。
 それは、証人尋問もできるほうがもちろんいいけど、これは、けっこう、生まれつきの才能にも関わるので、「向いてないかも」という人はそれでいいんじゃないか、それでも訴訟代理人業務は務まるのではないか、と私自身は思っています。つまり、「だったら、難しい証人の尋問は得意な人がやれば良い」と思います。
 なるほど。証人尋問よりも、ストーリーを立てて、しっかり準備書面を起案できる能力のほうが不可欠、ということですね。
 はい。戦術を立てる能力、それに基づいて起案をする能力があれば、訴訟弁護士として活躍の場はあると思います。
 そういう資質は、採用選考の場で、どうやって見分けるのでしょうか。
 今でも、目利きは難しいなぁと感じています。それがわからないから、偶に、応募してきてくれた弁護士に筆記テストを受けてもらうこともあります。圧倒的にダメな人、考え方が整理できておらずに、文章に出来ない人は、書かせてみたらわかりますよね。ただ、それ以上のことは、いくら慎重に選考してみてもわからないので、入ってもらって、実際に仕事をしてもらうしかないですね。
 どんな筆記テストをするのですか。
 過去には、内容証明を起案してみてください、とか。英語の翻訳のテストをしたこともあります。
 そうなると、選考にも手間がかかりますよね。まずは、書類選考をするかと思いますが、学歴は重視されますか。
 学歴はまったく気にしません。今いるアソシエイトについて「どこの大学出身?」と尋ねられても、すぐには答えられないです。大学で選んでいるわけではないので。
 司法試験の順位は確認されますよね。
 そうですね、新卒採用の場合は司法試験の順位は教えてもらいます。起案力を推認するものでもあると思うので。ただ、中途採用はあまり関係ないかなぁ。
 中途採用の場面では、「どの事務所で修行を積んだか」は重視する事務所も多いと思いますが、この点はいかがですか。
 自分だって、最初にいた事務所をすぐにやめているので、どこの事務所かを重視するわけではありません。要は、よい経験を積んでいるかどうか、経験値と賢さが大事だと思います。
 でも、評判の悪い事務所に長くいられたら、ちょっと困りますよね。
 う〜ん、なんでそんな事務所に長くいるのか、と思うかもしれないけど、別にだからダメ、ということもないかな。事務所は有名でなくとも、いい人がいることもあるので。
 いい人かどうかを見極めるのも難しいですよね。面接は、何回ぐらいするのでしょうか。
 いまは、事務所が小さいので、全弁護士に会ってもらっています。そして、ひとりでも「この人の採用には反対」という意見が出たら、採用は見送ることになります。
 理由を問わずに、ですか。生理的に嫌い、でも。
 はい、理由は問いません。弁護士が6人しかいないので、全員に拒否権を与えています。ただ、それは、アソシエイトレベルの採用の話です。パートナーを採用するときには、パートナーだけで決めざるを得ません。
 小さい事務所だと、仕事ができるかどうかの問題とは別に、相性の問題は大きいですよね。
 もっと事務所が大きくなれば、もっと採用でも冒険をしてみたいです。ちょっと性格的に変わっている人が来てくれるのも「あり」だと思っています。そうでないと、「同じような弁護士ばっかりで集まる」というのもよくないので。
 今度は、雇用条件についてお尋ねしたいと思います。一般に、中小規模の事務所は、大規模な事務所に比べれば、給与が低い傾向があると思いますが、その点はいかがでしょうか。
 基本的に、国内大手法律事務所に遜色がない水準の給料を出そう、と考えています。仕事的にも、大手事務所と競合して、同水準のレートでクライアントにも弁護士報酬を請求しているので、アソシエイトの給料を下げる理由はないと思っています。
 留学制度もあるのでしょうか。
 自分もフレッシュフィールズから留学をさせてもらったおかげで視野も広がったし、ジュニア・アソシエイトには、英語力も磨いてもらいたいので、アソシエイトにはみんな留学に行ってもらいたいと思っています。
 ワークライフバランスについてもお尋ねしたいのですが、アソシエイトの休暇は、どうでしょうか。
 アソシエイトには、年次休暇22日を全部消化してください、と言ってます。夏休みと正月休みは、それぞれ2週間は休むよう強く勧めています。私自身も休んでいます。それぐらい休んでおかないと、年間22日は消化できないので(笑)。若い人は強く言わないとなぜか休んでくれないので、「有給ハラスメント」だなと自分で思いながらも、しつこく休むようにと言っています。
 大手事務所や他の渉外事務所よりもずっと多そうですね。自宅勤務とか、リモートワークについてはどうでしょうか。
 システム上、家からも仕事ができるように整備しています。いまは、オフィスに来て仕事をしている弁護士が多いですが、今後、例えば子育てや介護と両立したいとかいう場合には使ってもらいたいですし、「通勤が面倒」などの理由でも全然かまいません。
 みなさん、毎朝、何時ぐらいにオフィスに来て、何時頃まで仕事をされているのでしょうか。勤務時間は定まっているのでしょうか。
 一応、9時~18時を勤務時間としているのですが、朝9時に来ているのは多くの場合私だけ(笑)。夜は、やはり、アソシエイトは、18時には帰っていなくて、22時頃までオフィスに残っていることが多いですね。将来的には、19時ぐらいまでにはみんなオフィスからいなくなっているようにしたいですね。
 週末にも出勤されているのでしょうか。
 週末に出勤している弁護士は、アソシエイトを含め、ほとんどいないと思います。
 仕事の流入をコントロールする権限はアソシエイトにはないので、そこは、パートナーのところで受任する仕事をセーブされているのですね。
 お客さんと仕事の納期を交渉することは重要なので、「ちょっとそのタイミングでは無理です」「もうちょっと期限を延ばしてください」と、きちんと伝えることも、パートナーの仕事だと思っています。
 若手弁護士は、Vanguard Tokyoに入所してからのキャリアパスを、どのように描けばいいでしょうか。パートナーを目指す、というのが本筋だと思いますが。
 しかるべき年次になったら、みんなパートナーになってもらいたいと思っています。
 パートナーとなるための要件としては、何を備えればいいでしょうか。
 まだ内部で昇進した事例はないのですが・・・、ただ、Lockstepなので、基本的には、パートナーはある程度の売上げを達成してもらう必要があります。Eat What You Kill型だと本人が干上がるだけだけど、うちの事務所だと、売上げを立てられないパートナーがいると、全員の収入が薄まることになってしまいます。
 なるほど、経費だけ負担していれば、何をしていてもいい、という事務所とは違いますね。求められる売上げというのは、パートナー1年目から大きなものがあるのでしょうか。
 いえ、売上が必須といっても、Lockstepになるので、1年目の点数は低いです。営業力は求められるけど、段階的に成長してくれたら十分です。
 パートナーにならずに、辞めていく人、というのが出て来たら、どうしますか。
 辞めていく人が出てくることも自然なことだと思います。「インハウスになりたい」という人も出てくるかもしれないし、違うことをやりたくなってしまったら、それはしょうがないので。
 山川さんは、独立して、まだわずか1年弱で、事務所のシステムを作って、業務の拡大と事務所の存続に向けた次のステップを考えているのは、すごいと感心しました。
 そういう大島さんも、社内弁護士として、着実に昇進して、仕事の幅も権限も拡大されていますよね。
 会社に入った当初は、「ポジションなんて別に要らない。」「自分は、与えられた仕事をきちんと楽しく出来ていれば十分」と思っていました。でも、インハウスを10年続けたあたりから、「この仕事は自分ができます」と言えるものがある、というのは、ありがたいと思うようになってきました。
 名誉欲、昇進欲を満たすということではなく、良い仕事を続けていくためにも、「昇進」は重要な要素なのですね。
 ポジションがあると、仕事をするにも自由と裁量の幅が広がります。自分のチームのメンバーに対して「成長の機会を与えてあげたい」と思った時、自分の権限・裁量が大きければ、それだけ選択肢が広がります。また、マネジメントだからこそ入ってくる情報もあり、色々な部門のリーダーと接する日々から刺激を受けられます。同じ仕事をした場合の発信力、受け止められ方も違ってくると思います。
 どうせ仕事をしていくのだったら、自分だけでなく、チームのメンバーにいろんなチャンスを与えられるポジションに就いて仕事をすることが大事なんだな、ということを会社で働いていく中で学びました。
 私もそう思います。「管理職になりたがらない女子」って、いっぱい居るじゃないですか。それって、完全に間違ってる、ということを強く言いたいです。
 だって、すごい「ダメな男子」がいっぱい管理職になっているんだから、「ふつうの女子」でも管理職になっていいんですよ。それなのに、「管理職になるのは特殊な能力を持った女子だけ」と思い込んじゃって、「自分は管理職に向かないんです」と平気で言ってしまうのがよくないと思います。
 「控えめのほうが望ましい」という発想がどこかに残っている部分もあるのでしょうかね。そういう外圧を感じたことはありますか。
 「女子は控えめでなければならない」っていうのは、私は、外部からの圧力を感じたことは一度もないです。振り返ってみると、自分自身で「パートナー昇進なんて目指さないほうがいい」って勝手に思い込んじゃっていました。「パートナーになりたい女子なんて、アグレッシブ過ぎるよね。それじゃモテないよね。」とか「パートナーには、リーダーシップが求められるけど、私にはそういう資質はないよね」とか、自分で決め付けてたと思います。
 男子で「リーダーシップがないパートナー」がいても、全然珍しくないのに(笑)。
 そう。男子は、きっと、「オレにはパートナーになる資質があるのかどうか」なんて悩まないと思うんですよね。それなのに、自分は、周囲の人からそう言われたわけでもないのに、自分で勝手に「女子は控えめなほうがいい」「パートナーなんて目指さないほうがいい」って思い込んじゃってた。
 でも、そうなると、フレッシュフィールズ時代、山川さんの意思を無視してでも、岡田和樹先生にパートナー選考を進めてもらってよかったですね。
 岡田は、すごく偉い先輩弁護士だなぁ、と思います。そういう風に、女子のキャリアを引き上げてくれる男性が周りに居てくれたことは、本当に大きかったと思います。
 大島さんは、今の話から、何か感じることはありますか。
 私も、山川さんと同じく、「女性だから」ということで、周囲の人から不当な扱いを受けたことはありません。自分で「私なんて出しゃばるべきじゃない」と思い込んでしまっていたのも同じです。尤も、弁護士という専門職はその点では恵まれていて、他の部署の女性社員から関連の相談を受けることはあります。話を戻しますと、実際過去に「新しく人を取る場合、上司と部下どちらになる人を採ってもらいたい?」と聞かれ、「未熟な自分よりも、リーダーに向いた素晴らしい人がいると思うので、自分はそういう人の部下でいたい」と答えてしまったこともあります。意識がまだついていっていなかったのでしょう。
 責任あるポストを任せてもらってから振り返ってみると、消極的だった自分に対して「機会を与えてもらえるなら、挑戦してみようよ」「適性があるかなんて、挑戦してみてから、考えればいい」と言ってあげたいですね。経験年数も関係あるのかもしれませんが、今の方が仕事を楽しめていますし、やりがいを感じます。
 そうそう。やってみて、それでも向いていないと思ったら、辞めればいいんですよ。
 それは、大島さんであれば、General Counselというポジションに、山川さんであれば、インターナショナルな法律事務所のパートナーというポジションに、実際に就任してみたら、考えが変わった、ということですね。昇進した後で「出過ぎたことをした」「控えめにしておけばよかった」と後悔したこと、ってありますか。
 パートナーになって失敗した、と思ったことは何一つ無いですね。
 私も特に思い当たりません。General Counselとして、強いガバナンス体制維持、戦略的分析と質問力、強いチーム作りと人の育成、そして社員が生き生きと働いて最大限のアウトプットを出せる環境作りを自分のプライオリティにしています。自分に足りないところは、同僚でも部下でもその分野に強い人に相談すればいいわけじゃないですか。頼れる優秀な人がたくさんいる会社になれば自分も楽になりますし(笑)。
 センスがない上司の的外れな指示に従って仕事させられるよりも、自分で裁量をもって信頼できるメンバーを集めて仕事をするほうがずっといい仕事ができますよね(笑)。
 まったくその通り。
 はい!
 今日はどうもありがとうございました。

(おわり)

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