弁護士の就職と転職Q&A
Q107「転職活動は『不要不急』の用件として控えるべきか?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
新型コロナウイルスの感染拡大防止の一環として、ビジネスの現場でも、在宅勤務や時差出勤と共に、「不要不急」の会議が延期・中止されています。2008年のリーマンショックや2011年の東日本大震災の時に、「一旦、すべてのディールが停まる」という経験をした世代には、この停滞ムードの長期化に対する危機感が高まっています。そして、転職活動中の弁護士の行動は、「コロナショックの影響が落ち着くまで様子見」派と、「業績悪化が確定する前に急いでオファーを獲得しておきたい」派に分かれてます。
1 問題の所在
リーマンショックが起きた2008年は、60期が新人弁護士だった年ですが、転職活動への行動様式にも、世代間での違いが感じられます。つまり、61期以降の若手の間では、「まもなく市場も回復するだろう」という楽観論に基づき「業務が正常化してから、仕切り直して転職活動をしよう」というのが主流であるのに対して、60期よりも上の期には「不況が深刻化すれば、人材市場は買い手市場に転じるから、良さそうなポストがあれば、早めにオファーを獲得しておきたい」という焦りを募らせる悲観論者が多く見られます。
昨年までを振り返ってみれば、経験弁護士の人材市場では、「売り手市場」が続いていました。企業も、法律事務所も、採用枠があるにもかかわらず、「本当に欲しいスペックの候補者からの応募を得ることが難しい」という認識が強くありました。そのため、「まぁ、この程度の弁護士でも確保しておくか」という「不要不急のオファー」が行われることもありました。そのムードは、今回のコロナショックで終わりを告げて、今後は、「買い手市場」に転換してくることが予想されます。需要面では、企業の業績の落ち込みが数字で現れてくれば、経費削減のため、管理/間接部門である法務部のヘッドカウントが縮小されるリスクも生じています(仕事量は増えるかもしれないにも関わらず)。また、供給面では、法律事務所の今年の売上げが前年度よりも減少することにより、ボーナス支給額が減り、パートナー昇進数も絞られることから、転職希望者が増えることが予想されます。
他方、不況時は、弁護士が、企業から「後ろ向き案件」対応のアドバイザーとしての知見とノウハウが求められる場面でもあります。「不要不急」とされたイベントの中止を巡っても、関係当事者間の費用負担の交渉が行われることになりますし、貸出先や取引先に債務不履行が生じれば、債権回収業務も発生します。ただ、仕事量が増えたからといって、「稼働時間に見合ったタイムチャージをきっちり請求できる」とは限りません。クライアント企業側は、リーガルフィーの予算枠を絞らなければならないことが増えてくるので、法律事務所側では、クライアント側の懐事情に応じた柔軟な料金設定(成功報酬型や顧問料内での対応)を求められることが増えて来ます。
2 対応指針
景気後退が深刻化すれば、人材市場におけるインハウスの採用枠を巡る競争倍率は、相対的に上がります。そのため、コロナショック前に、移籍を真剣に検討できる先の採用選考を進めていたならば、これを止めずに、オファー取得まで辿り着かせることをお勧めしています(仕切り直したら、チャンスが失われてしまうリスクが懸念されます)。
法律事務所の中では、トランザクションを得意とする事務所よりも、優良なクライアントを顧問先に抱えた事務所の人気が上がります。クライアント企業としては、顧問料の範囲内で気軽に相談でき、かつ、コンフリクトも少ないことから、紛争案件やトラブル対応を含めた相談をしやすいため、アソシエイトにとって、「不況時において求められるリーガルサービスを幅広く経験しやすい先」と位置付けられています。
昨年まで危機管理業務で繁盛していた事務所が、不況時にも業務を拡大し続けられるかどうかは定かではありません(「メディアが新型コロナウイルス関連の報道で多忙になれば、企業不祥事が取り上げられる機会が減ることで、企業における評判リスクへの感度が下がってしまう」という予測から、不祥事対応のニーズは根強くあるとしても、クライアント企業において、本業の業績が悪化すれば、不祥事対応の予算枠を絞らなければならない圧力が高まるとの懸念も強まっています)。
3 解説
(1) 転職市場の供給サイド
いわゆる「アベノミクス景気」は、一流の大規模事務所に所属する経験弁護士に対して、「企業で給料を貰う安定したポストよりも、法律事務所でバリバリ働くほうが経済的アップサイドが大きい」という環境を提供していました。自らのアカウントで売上げを立てられるパートナーに限らず、これを下請けて番頭役として回すジュニア・パートナーやシニア・アソシエイトも、歩合給的な経済的利益を享受していました。しかし、法律事務所の業績が悪化すれば、パートナー審査においても、「パートナーという肩書きを与えることで、新規開拓をして売上げを立ててくれる期待を抱けるかどうか?」という観点からのチェックが強まります。
そのため、シニア・アソシエイト以上の世代において「案件を回すスキルはあっても、自らのクライアントを獲得できる自信がない」という層からは、インハウスへの転向を検討する者が増えてきます。ジュニア・アソシエイト世代が「将来のためのキャリア投資として、自分が本当にやりたい業務の経験を積みたい」という志向が強いのに対して、シニア・アソシエイト以上の世代になると(扶養家族だけでなく、住宅ローンを抱えていると特に)「自分の経験をもっとも高く評価してくれる(初年度年俸の提示額が高い)先はどこか?」という現実的ニーズを優先した転職活動が行われがちです。
(2) 顧問契約の重要性の再認識
好景気時における法律事務所では、トランザクションにおけるアドバイザリー業務の受任を優先するために、継続的な顧問契約が軽視されがちです(顧問契約の存在がコンフリクトを生じさせて案件受任の障害となるリスクのほうが意識されます)。
そして、景気が後退し、トランザクションも停止した後になると、今度は、「やはり、継続的なクライアントとの関係が重要である」ということを改めて認識させられます。毎月の固定費(事務所家賃や人件費等)を賄うための顧問料を稼ぐことができるだけでなく、継続的な顧問業務の中から、「次の仕事(債権回収や紛争案件等)につながる初期段階での相談」を受ける可能性も広がります(初回相談からタイムチャージベースでの依頼をしなければならない先よりも、早期に案件に関与する機会が与えられます)。
転職市場においては、優良企業を顧問先に持っている中規模法律事務所への応募が増える傾向があります。ただ、既に、生え抜きで優秀なジュニア・パートナーやシニア・アソシエイトが育っている先においては、「敢えて、中途採用でカルチャーの異なる弁護士を受け入れる必要があるのか?」という採用選考のバーは、年次が上がるほどに高くなっていくことにも留意しなければなりません(第二新卒的なジュニア・アソシエイトの場合には、入所後の仕事を通じて「うちの事務所の仕事のやり方」を学んでくれること(事務所の色に染まってくれること)が期待できますが、シニア・アソシエイト以上の年次の弁護士の受け入れることは、M&Aにおけるポストマージャーインテグレーションの課題を伴うことになります)。
(3) 危機管理業務への影響
大規模な法律事務所においては、トランザクションと共に、企業におきた不祥事の調査対応業務が大きな柱として育って来ました。コロナショックによるトランザクションの小休止を受けて、ジュニア・アソシエイトにだぶつき感が生まれてしまいましたが、余剰人員を調査案件に動員してタイムチャージのメーターを回すことができれば、固定経費たる人件費(アソシエイトの固定給部分)を回収することができる、という代替シナリオが存在します。
しかし、そのような代替シナリオに対しては、「これまで企業が不祥事対応に要する費用を、ディスカウントすることなく支払うことができたのは、本業の業績が堅調であることが大前提である。」として、その実現可能性に懐疑的な声も聞かれます。さらに言えば、「全国紙の新聞社の社会部記者が、新型コロナウイルス関連の話題を追い続けている間は、それよりもニュースバリューの劣る企業不祥事は記事として扱われる機会が減るため、企業側もレピュテーションリスクの感度が下がってしまうかもしれない。」という悲観論まで示されることがあります。
コンプライアンスを軽視する価値観を容認することはできませんが、企業の側でも、不祥事調査に際して、「不要不急の広範囲な調査」を避けて、必要性・緊急性の高い点にポイントを絞って、合理的な費用の範囲内で受注してくれる法律事務所を探す動きも強まって来そうです。
以上