◇SH2800◇弁護士の就職と転職Q&A Q93「若手世代とのキャリア価値観のギャップを埋められるか?」 西田 章(2019/09/30)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q93「若手世代とのキャリア価値観のギャップを埋められるか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 企業法務系法律事務所におけるアソシエイト採用は、これまで「10~20年前の自分たちと同じように優秀で勤勉な若手」を獲得することに主眼が置かれていました。そこでは、「他にも選択肢がある優秀な候補者」を勧誘するためには、彼・彼女らに「10~20年後に自分たちのような一人前の弁護士になりたい」という目標を設定してもらわなければなりません。でも、それが、時間軸でも、経済面でも、人生の満足度でも、魅力を感じさせにくくなっています。

 

1 問題の所在

 この20年間、法律事務所における優秀な候補者の勧誘は、「自分も、君ぐらいの年次では、同じように悩んだけど、今の道を選んで成功した。悔いはない」という自らのストーリーを語れば十分でした。勧誘する側とされる側との間に、問題意識とキャリア成功モデルに共通の基盤がありました。

 学生時代に「サラリーマンとして組織に就職すること」に魅力を感じることができずに、「個人」で出来る職業を模索する。理系で医者になるわけでなければ、文系では法曹という道がある。法曹では、裁判官、検察官、弁護士がある。自ら主体的に依頼者を選び活動領域を選べる(&転勤がない)職業は弁護士だけである。弁護士の職域でも、個人を依頼者とするよりも、企業を依頼者とするほうが、それも、国内案件だけでなく、クロスボーダー案件も扱える方が、知的好奇心を満たすことができる。そしてビジネス弁護士として成功すれば、サラリーマンの何倍もの年収を得ることができる。適性がないと判明したら、その時点で、一般民事に転向すれば(東京に限らず)食っていくことができる。企業法務できちんとした経験を積んでいれば、それは、地方でも、個人依頼者相手でも質の高いリーガルサービスを提供することに役立つ。

 そのようなストーリーを大枠で納得してくれる候補者に対しては、あとは、「類似するサービスを提供する法律事務所」との比較において、「うちの事務所はこの法分野に強い」と言ってみたり、「うちは売上げに応じて分配も大きくなる」と経済的魅力を訴えたり、「うちは多様なライフスタイルを尊重するので、必ずしもパートナーにならなくとも、カウンセルとして長く働ける」とワークライフバランスをアピールする勧誘が行われてきました。

 しかし、現在は、もはや「サラリーマンか? 個人事業主か?」という二者択一的な対立軸でキャリアを分類することはできなくなりました。一方では、バリバリと活躍したい若者には、「起業するか?」という選択肢が存在します。キャリアのアップサイドを見比べても、「10年経って、法律事務所のパートナーになる」というよりも、「5年で会社を上場させる」というシナリオのほうが、時間軸も短く、経済的なアップサイドも期待できます。他方、プライベート重視の若手にとっては、働き方改革は、フリーランス的に自由度の高いサラリーマンのキャリアの可能性が広がっています。そんな中で、「10~20年前の自分たちのように優秀で勤勉な若手を採用したい」という方針は維持できるのでしょうか。

 

2 対応指針

 70期代の若手弁護士を、「10年後に法律事務所でジュニア・パートナーになったら、1億円の売上げを立てて、3000万円の収入を得る」というキャリア・シナリオで惹き付けることは次第に困難になりつつあります。野心的な若手にとっては、「10年かけて年収3000万円」は魅力的ではありませんし、プライベート重視の若手は、「時間単価4万円で年間2500時間をタイムチャージで請求して売上げ1億円」を数値目標とする競技に参加を見送ります。

 採用側としては、「70期代の若手は、自分たち世代とは置かれている状況が異なる」ことを前提に(自分たちとは異なる価値観を持つことを許容した上で)、一方では、「より短期間(3年程度)で成長を実感させられるキャリアプラン」を示すと共に、他方では「より緩やかな働き方でも長期的に働けるキャリアプラン」を示す工夫が求められているように思われます。

 

3 解説

(1) 成功モデル

 50期代までの弁護士は、「キャリアの理想像」に、同業者たる先輩弁護士を思い浮かべるのが通例でした。官僚にも、大企業のサラリーマンにもならなかった若手エリートにとっては、「個人」で活躍する(研究者ではなく)「実務家」と言えば、ベテラン弁護士がその典型であり、ベテラン弁護士は、その名声と共に、高額納税者開示制度(いわゆる長者番付)に名を連ねるような経済的成功もついてくる、というイメージがありました(長者番付は2006年に廃止されましたが)。

 ところが、現在の若手の優秀層は、別に、「弁護士業界内」のみに、キャリアモデルを求めているわけではありません。彼・彼女らの同世代には、20歳代で起業する者が現れており、その中には、上場まで果たしている成功者がいます。もはや、「個人の名前で社会的インパクトのある仕事をできるのは、弁護士だけ」という固定観念は通用せずに、ベンチャー/スタートアップ企業は、テクノロジーを駆使することで、社会的課題の解決に挑んでいます。上場まで辿り着かなくとも、サービス又はプロダクトを軌道に乗せるところまで成長させることができれば、事業を売却してEXITすることで、売却代金を手にして、「次のプロジェクト」に取り組むことができます。

 「時代の変化に応じて、その時々の社会課題を解決するために事業を興して、事業を発展させる葛藤を通じて経験値と人脈を培っていく」という当事者意識の強いキャリアモデルを志向した場合には、もはや、「職人として弁護士業務の技を、一生、磨き続けていく」という代理人型キャリアモデルの魅力を語られても耳に入らなくなってしまいます。

(2) プロセス/時間軸

 企業法務の弁護士には、「一人前になるまでの修行期間」を要します。一流の事務所であれば、パートナー昇進のために、最短でも「実働7年以上」の経験要件を設けています。ただ、「7年以上も先の世界」は、起業を夢見る若者にとってみれば、ベストシナリオで言えば、「もう上場を実現した時点」です。(留学や出向を省いても)「7年以上経って、ようやく、新人パートナー」というのは、「同世代間でトップを走りたい」という若手優秀層にとってみれば、スピード感のある成長ではありませんし、また、「そんな先のことまで予測できるのか?」という不確定な未来です(更に言えば、その「将来の弁護士業界の不確定さ」は、70期代にとっては前向きな変化ではなく、より生存競争を厳しくする方向での変化ばかりが思い浮かびます)。

 企業も、中期経営計画を作るとしても、その期間は3年や5年という時間軸で策定するのが通例です。それを考えれば、「10年後にパートナーを目指してくれ」という長期計画ではなく、「向こう3年間でこういう成長を遂げて、キャリア選択肢の幅は広がっているはず」「その先のキャリアは、3年後の状況に即して改めて考えてくれたら良い」と言えることが(他にもキャリア選択肢のある若手を採用し、維持するために)重要になってくると思います。

(3) リスク/代替シナリオ

 40期代までの渉外弁護士は、「渉外事務所でパートナーになれなかったら、地方で一般民事を開業しよう」というのをキャリア代替案として置いていました。それが、(司法制度改革による弁護士人口の増員も受けて)50期代になると、「インハウスに転向して会社の法務部員として過ごそう」というのが、頭に思い描く代替案の典型例となりました(実際にそれが実現可能かどうかはさておいて、本人の主観として)。

 これらは、取り扱う法分野又は所属形態を変えても、「弁護士=法律専門家」としての自覚を拠り所としている点では、キャリアの軸足は動いていません。だからこそ、「企業法務又は渉外法務に勤勉に取り組んでおくことが、パートナーになれなかった場合の生存率を高めるための修行も兼ねている」という説得が有効でした。

 しかし、起業を考えた場合には、サービス又はプロダクトの市場の把握と予測、計数管理、人のマネジメント等に軸足を動かす必要があります(もちろん、サービス又はプロダクトに課される法規制の理解がなければ事業は立ち上がりませんが、それは前提条件に過ぎず、そこから先に発展させることがビジネスの勝負となります)。そして、「法務ではなく、事業の世界で生きていく」という覚悟を決めた若手にとってみれば、「もし、この起業がうまく行かなければ、その失敗体験を次の起業に生かそう(自らオーナー経営者となれなければ、他社のベンチャー/スタートアップに参画して)」というのがキャリアの代替シナリオになります。そのような若手候補者を法律事務所に獲得又は維持していくためには、「法律事務所で外部アドバイザーとしての経験を積み、数多くの企業とその事業について知ることが、将来の起業にも役立つ」という説得方法を考えてみる必要がありそうです。

以上

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